第11話「悪役令嬢、華麗なるざまぁを披露する」
卒業パーティーでの劇的な婚約破棄から数日後。社交界は、一条院家のスキャンダルで持ちきりだった。
あの夜、すべてを暴露された一条院蓮は、父親によって勘当され、コンツェルンのすべての役職を解かれた。彼の不正によって会社が被った損害は計り知れず、一条院コンツェルンは、創業以来、最大の危機を迎えていた。
もちろん、公条院家は、この好機を逃さなかった。
父は、かねてより準備していた計画を実行に移した。一条院家の弱体化に乗じて、敵対的買収を仕掛けたのだ。株価が暴落した一条院コンツェルンに、もはや抵抗する力は残っていなかった。
結果、国内最大だったコンツェルンは、その主要な部門を公条院グループに吸収される形で、事実上、解体された。一条院家は、その社会的地位も、財産のほとんども失い、没落の一途をたどることになった。
これ以上ないほどの、完璧な結末。まさに「ざまぁ」と呼ぶにふさわしい。
「お父様、お見事ですわ」
父の書斎で報告を聞きながら、私は感嘆の声を上げた。
「ははは、すべては玲奈、お前のおかげだよ。まさか、あの蓮くんが、あそこまで愚かだったとはな」
父は心底愉快そうに笑っている。
私も、満足感で胸がいっぱいだった。ゲームのシナリオでは、没落するのは公条院家の方だったのだ。それが、今や立場は完全に逆転した。この爽快感は、何物にも代えがたい。
そして、もう一人の主役、桜井ひかり。彼女がどうなったのかも、気になるところだ。
私が尋ねる前に、隼人がそっと報告書を差し出してきた。さすが、仕事が早い。
「桜井ひかりの件です」
報告書によると、彼女は一条院家の後ろ盾を失い、共犯者として社交界から完全に追放された。彼女を特待生として受け入れていた学園も、今回の騒動を問題視し、彼女の卒業を取り消したらしい。
さらに、蓮の不正に加担していたことへの慰謝料として、彼女の家族が住んでいた家や土地も、すべて差し押さえられたという。彼女は今、家族と共に、都会の片隅にある小さなアパートで、日々の生活にも困窮するほどの、貧しい暮らしを送っているらしかった。
報告書の最後には、一枚の写真が添えられていた。
そこに写っていたのは、高級スーパーのゴミ箱をあさる、変わり果てたひかりの姿だった。かつての可憐な面影はなく、その目には、何の光も宿っていなかった。
『……自業自得、よね』
少しの同情も、湧いてはこなかった。彼女は、自分の欲望のために、他人を陥れようとした。その結果が、これなのだ。
私は報告書を閉じると、隼人に向き直った。
「ご苦労様、隼人。もう、彼女たちのことは、気にする必要はないわね」
「はい。お嬢様のお心を煩わせる者は、この世からすべて消し去りますので」
さらりと言ってのける彼の言葉に、私は苦笑するしかなかった。
彼の手にかかれば、物理的に消し去ることすら、やってのけかねない。
すべての後始末が終わり、私の人生は、ようやく本当の平穏を手に入れた。
もう、破滅に怯える必要はない。悪役令嬢を演じる必要もない。私は、ただの『私』として、生きていくことができる。
大学に進学し、父の会社を継ぐための勉強を始める。忙しいながらも、充実した毎日だ。
そして、そんな私の隣には、いつも隼人がいた。
彼は、護衛として、世話係として、そして、時々、私の唯一の理解者として、片時もそばを離れなかった。
彼の私への執着は、相変わらずだ。私の部屋には、いつの間にか盗聴器が仕掛けられていたし、私のスマートフォンの通信履歴も、すべて彼に監視されているようだった。
普通に考えれば、恐ろしいことだ。でも、私はもう、そのすべてを受け入れていた。
彼の歪んだ愛情は、私を束縛する鎖であると同時に、私をあらゆるものから守ってくれる、最強の盾でもあったから。
ある晴れた午後、私は屋敷の庭園で、隼人が淹れてくれた紅茶を飲んでいた。
穏やかな時間が流れる。
「隼人」
「はい、お嬢様」
「もし、私が、ただの小鳥遊栞っていう、どこにでもいる普通の女だったとしても、あなたはそばにいてくれたかしら」
ふと、そんなありえないもしもが、口をついて出た。
彼は少しだけ驚いたように目を見開いたが、すぐに、深く、優しい笑みを浮かべた。
「もちろんです。たとえ、あなた様が何者であろうとも。私が愛しているのは、公条院玲奈という名前や立場ではありません。あなたの、その魂そのものですから」
彼の言葉に、私は胸がいっぱいになった。
ああ、この人は、本当に、私という人間そのものを、見てくれているんだ。
「……ありがとう、隼人」
私は、彼の胸に、そっと顔をうずめた。
彼は、優しく、私の背中に腕を回した。
ざまぁは、終わった。復讐も、終わった。
ここから始まるのは、悪役令嬢でも、転生者でもない、ただの私と、私だけを愛してくれる、忠実な騎士との、甘くて、少しだけ歪な、愛の物語だ。
空はどこまでも青く、澄み渡っていた。




