ボウフラ人間観察
今日もアイツに視られているのか……
私が決まった時間に出るから?アイツは私の行動を読んでるのか?
私を視ているアイツの前を横切る時、決まって顔を首がつるくらい反対に向けて、足早に通りすぎる。
そして少し離れてから振り向くとアイツはもういない──
朝の地下鉄はいつも混んでいる、私の駅は都会から遠い、いわゆる終点の田舎──私は都会の学校まで毎日この田舎者(私含め)と一緒に電車に揺られるのだ。
こんな田舎に家を買った親を恨む訳でないが、もう少し便利な町でもよかったにと、好きな小説を読みながら約一時間半虚無の中、学校に通っている。
小説は好きなのだけれど、十分も読むと飽きる、私の集中力はすぐに尽きるのだ。
そして、私は瞳を閉じて深層の宇宙に身を委ねるのである。
委ねるというと、ふわふわと当てもなく漂うように感じる人もいるかもしれないけど、私の委ねるは少し自己主張の癖が強いのだ。
それはまるでスーパーの半額惣菜を漁る、雑多のなかの喧騒の波を掻き分けるオカンのようなのだ。
そして私の空想はこの空間まで支配する。
空気がやや硬くなる──ややとは表面が硬化し少しでも力を加えるとひびが入ってしまう繊細なようなもの、そして中心部へと進み更に硬くなる。
だらしなく空いた、かさついた唇から粘った体液が垂れる───
小説が誘引してきた眠りが脳をも小康状態に染める。
びくんと体幹が痙攣しスーパーからオカンが帰ってきた。半額惣菜を高々に掲げて、大漁旗のように振っている。
と、同時に私の熱き燃え上がった血流は、小高く布を隆起させ、唇から垂れた雫がその布に湿り気を帯びさせた、あらゆる誤解も受け付けない常態に導く……
若き血潮がその後を追って、更なる湿り気が交わる。
この時ほど私は生きていると存在を確認できる術を持ち合わせていなかった。
私は左手に嵌めている安くて丈夫な電波時計にチラッっと視線を向けた。
まだ半分も過ぎちゃいないことが分かってはいるが、なんせ真っ暗の景色が続く──徐々に都会に近づくと、いつの間にか雑多の乗客が湧いて増えたボウフラのように鬼気に動く、そこから放たれた有象無象の鼻の奥くまで吸い込むとむせ返る、澱みきった濃度高めな、新鮮じゃない空気をさっきから我慢して鼻に運ぶ私は、バレないように隆起が収まった布の中に湿りながら収まるポジションを平らに均す。
私はこの退屈で"しょうがない時間"を埋めるためにまた、小説に指をかけ開ける。
そして今度は真剣に読みふける──
ハッと気がつくとボウフラが成虫に孵化したのだろう、皆同じ方向を向いて慣性の法則が終わるのを、思い思いの状況で待っている。
そういう私も右側に微かに傾いていた。
鼻腔が麻痺していたのはこの強烈に匂う、女性の香りのせいだと今さら気づく──
苛々させたいのかこの電車の扉が焦らし、ゆっくり開き成虫が規則正しく飛び立った。
私は観察を終えてから、一番最後に降りた。
そして朝に視たアイツの視線を委ね漂わせた、深層の宇宙から同期させた。
おわり




