第8話 運命の寵児
「クイズ番組の最終問題かよ⁉」「これ考えた奴ァ馬鹿だ!」
瞠目して叫んだジェイドとガーネットの声を切り裂くような速度で、二体が急接近。
土を蹴った次の瞬間には目の前に肉薄していた二体は次の瞬間、予備動作を完全に省略したスキルが発動。ガーネットは持ち前の反応速度で《不意打ち》にジャストパリィを取るが、ジェイドは《野蛮な一撃》の処理に一手遅れ、得物を弾かれる。
【武器 《蛮族の手斧》の耐久値が危険域に達しました】
【使用を継続して全損した場合、修復不可能となります】
エラーメッセージがけたたましい音量でブザーを鳴らして集中を散らし、次の瞬間、無法の回転率と取り回しを誇る《野蛮な一撃》ががら空きのジェイドの腹部に命中。
「ジェイドッ!」
【胴体防具 《薄汚れた外套》の耐久値が危険域に達しました】
【使用を継続して全損した場合、修復不可能となります】
真っ赤なポリゴンのダメージエフェクトが飛び散りながら身体が大きなノックバックを受け、数メートルほど跳んで着地。靴底が森の土を抉り取る感触と、胸部に鈍い感覚。鋭い不快感を証明するようにHPバーが一気に九割削れて、こちらも危険域に突入。視界の端に赤い靄。だが――踏みとどまった。一撃死ではないらしい。
「いいから前見てろ! ようやく面白くなってきたんだ!」
心配したガーネットの目を敵へと向けさせるべく叫びながら、ジェイドは苦境だというのに笑みに歪んでいく唇を懸命に隠す。楽しい。ゾクゾクと背中に妙な快感が走った。そしてそれは、ガーネットも同じなのだろう。形だけでも仲間を心配した彼は、無事を確認すると、ワクワクを隠しきれない顔で二体の影を見詰め、そして深く身を沈めて臨戦態勢。一触即発。
次の瞬間、二体の影はガーネットに向かって全速力で駆け出した。
ジェイドは少し遅れてカバーに入るが、当然ながらステータスの差は歴然。
ガーネットは自身の影が繰り出した《不意打ち》を完璧なタイミングでジャストパリィするも、巧みな連携で硬直に差し込まれた《野蛮な一撃》が胴体にクリーンヒット。
「無事か! ガーネット!」
吹っ飛んできたガーネットを片腕で受け止めたジェイドは、後隙も無く差し込まれる二発目の高速刺突技と化した《不意打ち》を手斧の柄で完全なタイミングで弾き返す。そして、その影の陰から身を踊り出したジェイドの影が、物理的に対処不可能なタイミングで《兜割り》。しかし、ジェイドの片腕に抱き止められたガーネットが、ジェイドの頭越しに腕を伸ばして《不意打ち》を励起。辛うじて攻撃を弾き、武器耐久値を大量に削って火花を散らした。
「何とかなァ! こりゃ中々、楽しいボスになってくれたもんだ!」
そう嬉しそうに叫ぶ彼の残HPは一割程度。当然、ポーションを使う余裕は無い。
「あと一撃でも掠ったら終わりだ! 気張れよ!」
どうにかガーネットを下ろし、圧倒的なステータス差から繰り出される隙間の無いスキルの連撃を、二人は卓越した反応速度とプレイヤースキルだけで捌き続ける。
しかし、ジャストパリィで隙を作り出したところで、完全に同タイミングで仕掛けることのないよう学習した相方がその隙を埋めるように立ち回り、攻撃の瞬間が無い。影達はお互いがお互いを補える場所で戦い続け、囲むように立ち回っても後ろに目があるかのように支え合う。対して、まだパーティを結束して日も浅い二人は連携で大きく劣る。
ジャストパリィとは、攻撃を完璧に弾き返すことで相手に硬直を与えるシステムだ。裏を返すと、攻撃してこない相手には仕掛けられない。
そして、どれだけ単純なAIから繰り出される攻撃でも、数回に一回はジャストパリィを外し、既に危険域に突入している武器耐久値が、徐々に、徐々にその命の灯を小さくさせていく。
恐らくダメージ値に応じて武器損耗度も増える設定なのだろう。一撃でHPの大半消し飛ばす一撃を何度も雑に受け止めれば、これもやむなし。勿論、大事に使いたいような武器ではないが、代わりになるような武器で《蛮族》が装備できるようなものは無い。
これから全ての攻撃をジャストパリィできれば関係ないのだが、どこかの戦闘狂ならともかく、ジェイドにそれは難しい。だが、他に装備できる武器など――そう思いながら隙を見てインベントリを開き、覗き見ると、そこには他のジョブで使用している最下級武器が並んでいるばかりで、そのどれもが装備不可を示すように暗転。代用できる武器は無いらしい。
しかし、それを見たジェイドはあるアイデアを思い浮かぶ。
そして、メニューを開いたまま《蛮族の手斧》を握り直し、構える。
「どうするジェイド! このままじゃジリ貧だ!」
ガーネットが状況を楽しみつつも、しかし自分だけで切れる手札では状況を打破できないと客観的に分析し、ジェイドへ視線を送り――ジェイドは一度、状況を整理する。
一対一なら充分に勝算はある。如何にステータスが上がろうとも、学習元から大きく逸脱しないよう設計されている都合上か、攻撃が単調だ。ジャストパリィを取ることができる。そして、どれだけスキル発動の後隙やCTを削減しようとも、ジャストパリィを取った時点で、何があろうとも硬直の差は取られた側が圧倒的に多い。
しかし、大幅バフを受けた後の影は僅かに立ち回りが変わった。
具体的には、片方が攻めている時にはもう片方が徹底してフォローをしている。
これにより、ジャストパリィを取った相手に対して攻撃を差し込むチャンスが限られてしまっている。加えて、ジャストパリィによる優位性の奪取とは、相手が近接攻撃をしてきた場合にのみ狙えるものである点も苦しい。相手がカウンターに徹すると、もう片方の硬直が解かれる前に攻め切らなければいけないという焦りを生み、攻撃を鈍らせる。
自身の影と剣戟を交わしながら思考を回転させるジェイド――その沈黙に何を思ったか。
ガーネットは自分の影と切り結びながら、悔しそうに牙を剥いて笑う。
「策があるなら聞かせてくれ。恥を忍んで告白すると、流石に厳しいと思ってるんだ」
目を見張る――実を言うと、この男がこんな風に言うとは、という驚きがあった。
確かに『エイリアン・ブラザーズ』における戦闘は僅差だったが、単純な戦闘能力の差は彼我で大きく隔たっているだろうというのがジェイドの認識だ。勿論、劣るのはジェイドだ。例えば影との戦闘が始まった時、自身のカバーに入ったガーネットに対して、ジェイドはガーネットをカバーできなかった。このバフが発生した時も、先に被弾をしたのはジェイド。これは戦闘の場数もそうだが、純粋な反応速度によるものだろうと思っていた。
それだけの差が彼我にあることは認めていた。
故に彼に対しては無敗のプレイヤーという認識を抱いていたし、それについて絶対的な、事実に裏打ちされた自信を持っていると思っていた。だからこそ、その言葉に驚いた。
そして、その言葉を受けた以上――相棒として、責務を果たすべきなんだろうと思った。
「――確かに状況は厳しいな。現状、俺達よりもこいつ等の方が強い」
気付けば、ジェイドの頭の中にはリスト形式で攻略手順が紡がれ始めていた。
男の弱音を聞いて発破がかけられるなど、橋田桜子に惚れ込んだ人間として何とも認めがたい事実だが、ガーネットと稼ぐと決めた。その事実を基に、ジェイドは笑う。分析を聞いて苦々しい笑みを見せるガーネットへ、不敵に、分けられた仕事の領分で横柄に笑った。
「だが、コイツより俺の方が強いし、ソイツよりお前の方が強い」
言いたいことは分かるな?
笑みに細められた視線でそう尋ねると――徐々に、ガーネットの顔に笑みが滲んでいく。そして、さっきよりも幾分か活気の宿った剣筋で自身の影と切り結びながら、
「いいねぇ、攻略ライター! 勿体ぶるな! 俺はどうすればいい!」
「説明している時間が惜しい! いいか、俺を信じろ! 要求は一つ!」
そこでジェイドは大きく後退して影から距離を置き、一瞬、ガーネットと視線を交錯。
「――六秒、一人で耐えろ」
「……その程度かよ? 算数ドリルで褒められてる気分だぜ」
直後、ジェイドは背を向けて全速力でその場から離れ出す。一秒。
二秒。戸惑った影達が視線をガーネットに戻し、二体で同時に襲い掛かる。
三秒。まるで人間かの如く勝負を急いだ二体を嗤い、ガーネットがスキルを発動。
「好機ほど焦るな、間抜けが!」
四秒。誤差コンマ数秒以内で発動された二つのスキルを、ジェイドの《飾り気のない十字》が纏めてジャストパリィ。動揺が見て取れる様子で二体が硬直。
五秒。《スキルチェイン》――《飾り気のない十字》の終わり際にどうにか身体を二体の横へと滑らせたガーネットは、身を翻すようにして極彩色の閃光と火花を剣に纏う。
六秒。《不意打ち》が二体の首を纏めて貫き、一気に五パーセントのHPを削る。
成し遂げた。相棒は、二個のジャストパリィと一つのスキルチェイン、そして二体同時に一つの攻撃スキルを命中させるという、四つの高難度技術を連続で成功させた。
――次は、俺の番だな。
弓を構えたジェイドが、離れた木の上から弦を引き絞った。
「上出来だ」
目を疑うガーネット。それは、間違っても手斧を片手に戦う蛮族の姿ではなかったからだ。
《狩人》ジョブの初期スキル《狙い撃ち》。
赤いパーティクルを帯びた弓がギリリと弦を引き絞り、そして、風を切り裂いて放たれる。瞬間、弾丸のような矢がジェイドの影の側頭部に命中し、鋭いノックバックと共にHPが僅か一パーセントほど削り取られた。
スキルチェンジ――それはメニューのジョブ画面からボタン一つで実行可能だ。
【戦闘中のジョブ変更により十秒間、全ステータス・スキル倍率にペナルティを科します】
視界の片隅に表示されるアラート。
だが、元々レベル5の武器が壊れかけていた《蛮族》。減少量は、誤差だ。
「お前もしや武器全部使えんのか⁉」
「攻略ライターを嘗めるな! 常識的な武器くらい嫌になるほど触ってる!」
大抵の武器には当然ながらシステムのアシストが付与されているが、それでも遠距離武器は当てるのは勿論、構えるまでにもある程度の知識と慣れが要る。近距離武器なら間合いの管理や長所の押し付け方等々。当然、ジェイドの頭には大抵の武器の使い方が入っている。
さて、戦闘が再開。だが、状況は一気にこちらが優勢になった。
一対一ならまず負けないだろうと豪語するジェイドとガーネット。そんな二人が二対二で追い詰められていたのは、相手の連携が巧みであった部分が大きい。だが、その連携を成立させているのは、絶大なステータス差だ。具体的には、もしも片方がジャストパリィを取られても、その隙を補えるようにもう片方が、高ステータスで防御に徹していたのが大きい。
攻撃を仕掛けなければ、ジャストパリィによる優位性の変動は起きない。
そうなれば、スキル後硬直の無い向こうの一方的な攻撃を捌き続けることになる。
相手がそれを理解して、その強みを押し付けていた。
だが、ジェイドが遠距離で弓を構えたことでそれが逆転した。
この場において、最もリスクから外れて一方的に攻撃に集中できるのはジェイドだけ。当然、影達は目の前に居るガーネットの処理を焦るが、防御に徹することの強さは生憎と、今しがた、彼らが証明したばかり。ジェイドは楽しくて仕方が無さそうな顔で攻撃を捨てて距離を置き、逃げの構えを見せ、そして近付いてきた一撃を危なげなく弾いて時間稼ぎ。
その間にジェイドはスキルを織り交ぜて射撃を繰り返す――つまり、一方的な戦いだ。
「はっはっは! やっぱりパーティってのは遠距離職を一人は入れるもんだなァ!」
適当に攻撃を捌いていくだけで二発に一発の精度で矢がHPを削っていく光景を、ガーネットは可笑しくて仕方がないという表情で眺めている。
「はぁ⁉ 嫌だからな! 俺が弓を握るのは今回限りだ!」
そもそもこれだけ理不尽なステータス差が無ければ、近接職の方が早く片付いた。
要するに単なる相性であり、そもそも、一対一なら負けていない。
さて、当然ながらこの状況で影に勝ち目はない。そうなると、対策は二つだ。
二体でガーネットに背を向けてジェイドを狙うか、片方をジェイドに向かわせるか。
一瞬の葛藤。そして、次の瞬間にはジェイドの影だけがジェイドへと走り出す。
それを見た瞬間、ジェイドは枝を蹴って根っこに辺りに着地。その瞬間にはジョブを【剣士】に変更し、初期装備の《訓練用直剣》を握ってガーネットと一緒に嫌な笑みを咲かせる。
「あーあ……」
「そりゃ愚策だろ。何のためにお前ら、必死に連携を取ってたんだ?」
一対一ならまず負けない。連携が只々、苦しかっただけ。
当然、この場で最悪の回答が、一体だけをジェイドに向かわせること。
敗因はただ一つ、最後の最後までその強みを押し付けられなかったこと。
【戦闘中のジョブ変更により十秒間、全ステータス・スキル倍率にペナルティを科します】
再びのペナルティメッセージ。ずしりと剣が重く、身体の動きは鈍い。だが、何度も剣を交えた相手の、フェイントの掛け方も知らない武骨な手斧の一撃を相手に、これくらいはハンデにもならない。駆け迫るジェイドの影と、スキルを構えるガーネットの影。
対して、気負いもなく二人は得物を構え、空間を歪ませながらジャストパリィを取る。
徐に得物を構え、剣士初期スキル、垂直一刀 《一閃》。
そして斥候初期スキルの《不意打ち》を、殆ど同時にそれぞれの影へと叩き付ける。
クリティカルヒット――二体のHPが遂に全損した。




