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第6話 《ゴブリンロード》

 小さく消え入るような女性の声を背にしながら、二人はクエストマーカーに沿って全力疾走。全く息が乱れる気配の無い仮想空間の強靭な肉体に感謝しながら、ジェイドは転ばないよう時折前方に視線を飛ばしつつ、器用に素早くメニューイングして様々な情報を確認。


「なーに見てんだ、ジェイドちゃん?」


 まるで難癖を付ける不良のように訊いてくるガーネットに、ジェイドは「うむ」と答える。


「さっきの戦いで、結局スキルを使ってなかったからな。今の内に色々確かめてる」

「あー……そういや使い方すら調べてねぇな。存在を忘れてたわ」

「俺もだ。スキルも魔法も無いエリブラ浴に浸かり過ぎた……ええと、【スキルは任意のタイミングで発動する『アクティブスキル』と常時効果を発揮する『パッシブスキル』に大別され、『アクティブスキル』の発動方法は基本的に『音声認識』と『予備動作』の二種類です。】」


 音声認識とはその名の通り、スキルの名称を発声することだそうだ。


 ジェイドは《蛮族(バーバリアン)》の習得スキルツリーを開き、初期習得のスキル名を確認。


「《野蛮な一撃(サエヴァ・ビート)》」


 ――発動しない。「発動しないな」「な」とジェイドは顎を摘まむ。


 そしてよくヘルプを読んでみると、暴発を避けるために武器を構えている時にしか発動しないという安全装置が設けられているらしい。「ほう」とジェイドは武器を取り出す。


「《野蛮な一撃(サエヴァ・ビート)》」


 瞬間、野蛮な石器の斧にエネルギーが宿ったのが分かった。赤く光る粒子を纏う。


 手を離したらすっ飛んでいきそうな運動エネルギー。遠心力を宿した斧が暴走しないよう奥歯を噛んでぐっと構えたジェイドは、任意の軌道を沿わせるように近くの木へ横殴りで石器を叩きつける。極太の木が、凄絶な衝撃によって半ばから圧し折れた。


野蛮な一撃(サエヴァ・ビート)》――飾り気のない武骨な横一閃。


「これは……中々爽快感があるな! やってみろ、凄いぞ!」


 演出や動きそのものは他ゲーと大差ないのだが、使用感はまるで違う。


 思わず感嘆の声を上げるジェイドに、ガーネットは「へぇえ」と少し好奇心を擽られる。


 そわそわとメニューを開いた彼は、今度は『予備動作』の方を試すことにしたらしい。


 どうやらショートカットキーのようなものらしく、任意の構えに任意のスキルをセットするような構造になっていた。ガーネットは走りながらたどたどしい手付きでスキルを装着し終えると、「へっへっへ」と笑いながらジェイドの方を向いて片手剣をすらりと鞘から抜く。


「カマン」――ニヤリと笑ったジェイドがクイクイと指を曲げると、彼は切っ先をこちらの喉元に向けたまま、脇を締めて持ち手を引いた――次の瞬間。剣に緑に輝く粒子が集う。


不意打ち(バックスタブ)》――スキルアシストにより加速効果を得た、高速の突進+刺突。


 大抵のゲームでは相手を背後から仕留める際に使われるが、確実に仕留めきるには速度が必須で、速度を備えているということは即ち、正面から発動しても強力なのだ。


 スキルが発動したと知覚した瞬間にはガーネットが眼前に。その剣先が首に。そして、切っ先の角度から攻撃箇所を読み切っていたジェイドは辛うじて回避。


 チッと薄皮が剥ける感触と共に背後へ抜けた切っ先を見て、興奮の目をガーネットに返す。彼もまた、感動に目を輝かせながら、噛み締めるように剣を腰に収めた。


 そして、興奮に突き動かされるように駆ける足を速めた。


「すげぇ、凄いなこのゲームは! 完成度が今までのどのゲームと比べても段違いだぜ! なんつーか、こう……動かせる! 身体を!」


 まるで新作ゲームを自慢する子供のような語彙で破顔するガーネット。彼にレビューなんかは向いていないだろうな、と、彼の興奮を笑って眺めつつ、しかしジェイドも高揚をどうにか冷静さで覆い隠した声で肯定。


「単純なグラフィックやAIに目が行きがちだが――フルダイブの『自由』とゲームの『システム』の合わせ方が絶妙だよな。『スキルとしてこう動かしてほしい』を武器の動きで伝えてくれるのに、プレイヤーの動きを検出したら、しっかりと線を引き直してくれる感覚だ」


 例えばフルダイブVR黎明期のゲームでは、スキルやアビリティを発動すると、システムに沿うことこそが正義であるとばかりに、手が武器に引っ張られた。スキルは確実に命中するが、命中箇所はランダムという始末。反対に、最近のゲームではその辺りの不満を汲んでユーザーの自由に攻撃の軌道を決められるようになった。代わりに、スキルの使い勝手が近接職ならどれも大差ない、故にCT(クールタイム)と火力で算出されたDPS(秒間ダメージ)が最も高いスキルを詰めるだけという、VR以前のMMORPGと似たような構成になりがちだ。


 だからこそ、アナザーワールドの『スキル毎の特徴を維持したまま』『プレイヤーの要求を汲みとる』技術は今までにない革新的なスタイルであると断言できる。


「シナリオの薄さからも察していたが――物語じゃなくて世界を楽しめと言われてる気分だ」


 ジェイドの高揚を隠せずに弾んだ言葉を裏付けるのは、二人が足を踏み入れた、森の中の木々を切り倒して開けた空間の中央で咆哮を上げる巨躯の怪物。


「ブォオオオオ!」


 角笛と錯覚するような、腹の底に響く重低音の叫び声を上げるのは《ゴブリンロード》。


 名前の上には二つ名『交易品で肥えしゴブリンの王』。


 薄緑色の体表は幾度も浴びた血によるものか浅黒い赤に染まって、その図体はおよそ四メートルはあるだろうか。当然、そんな巨躯の武器を鍛造する技術は無いらしい。得物は長い丸太を削り出し、そこに殺した冒険者の得物を突き刺したトゲバットのような趣だ。不躾に彼の住処に踏み込んできた二匹の害虫に怒り狂った彼は、得物を地面に突き刺して吠えている。


 ビリビリと空気が震えるような気配に、ジェイドとガーネットは口角を吊り上げる。


 森の中の木々を幾本も切り倒して、四方五十メートル近い空間が広がっていた。


 中央には焚火とゴブリンロード。それを取り囲むように十匹のゴブリン。


 なるほど、途中で戦闘訓練をしていなければ、中々歯応えのある集団戦になりそうだ。


 ――そして、ゴブリンロードの大きな図体の向こう側に、馬の亡骸や襲われた行商の荷物を見たジェイドは、少しだけ気分を害して目を細めると、小さな口で静かに囁いた。


「捻りの無いストーリーだ。アイツを殺せばいいらしい」

「みてーだな。探索もギミックもなし――分かりやすいくらいチュートリアルボスだ」

「多分コイツが一章のボスだろう。事実上の初戦だ、戦えるか?」

「誰に物を言ってやがる。どこかのアポチュジョジョン星人に比べれば、余程、温い」


 同感だ。どこかのメタリゴナファ星人に比べれば、威圧感は欠片も無い。


 すっと二人で武器を抜く。木漏れ日を浴びて殺意を輝かせる白銀の斥候用片手剣の《訓練用直剣》。ただ、生命を危ぶませるのに必要なのは純粋な暴力、即ち運動エネルギーであることを煮詰めて、遠心力で石器を叩きつけるのに特化した片手斧の《蛮族の手斧》。


 その武器を認めたゴブリンロードは、高らかな咆哮と共に地に突き刺した武器を抜く。


「来るぞ」とジェイドが身を深くして囁くと、同時に十匹のゴブリンが一斉に駆け出す。そして、緩慢な仕草で巨剣を構えたゴブリンロードが、数秒遅れて突進した。


 ――瞬間。二人の姿は同じ極の磁石の如く、反発するように左右に消えた。


 次の瞬間、最前列のゴブリンの懐に肉薄して無音のスキルモーション。


 暴発抑止と最短発動の限界ギリギリの中間地点を抉り出すような完璧なタイミングでスキルが励起し、赤と緑のパーティクルをそれぞれの武器が纏う。


野蛮な一撃(サエヴァ・ビート)》――純粋に通常攻撃よりも強力なだけの横殴りの一撃がゴブリンの頭部にクリティカルヒット。身構える余裕もなかったその個体の頭部を一撃で粉砕し、恐らくボス戦ように調整されているだろうそのHPはただの一撃で吹き飛ばされた。


 反対の戦場では、ガーネットが《不意打ち(バックスタブ)》を正面から繰り出し、目にも止まらない神速の刺突をゴブリンの左胸に突き刺していた。切っ先がどす黒い血を纏いながら向こう側に顔を覗かせている。ゴブリンには肋骨がある。肋骨があるということは大抵の場合、胴体に臓器を持っていて、かつ、それが傷付けられると致命的(クリティカル)ということであり――故に、このゲームのクリティカル攻撃は、的確な箇所へ攻撃を当てた場合に自動的に発生するものと考えるべきだろう。


「残り八匹」


 上手に隠せてはいるが、ゴブリンよりもよっぽど獰猛で攻撃的で野蛮なガーネットは、唇を舌で濡らして目を輝かせる。ジェイドは報復とばかりに残る数匹のゴブリンから繰り出された愚直な攻撃を、敢えて前ステップで回避して、身を翻しながら勢いを乗せた手斧の先端を、一番近くに居たゴブリンの顔面へと叩きつける。


 一気にHPが七割ほど吹き飛び、その図体がガーネットの方に吹き飛んだ。


 そして、ガーネットは目の前のゴブリン諸共、その個体を串刺し。


「残り、六匹」


 爆散するように青白いパーティクルを撒き散らす自分の配下。その姿に怒り狂ったようなゴブリンロードが、地響きと同時に得物を地面に叩き付ける。そして、バットに突き刺した無数の武器をポロポロと落としながら、ゴリゴリと地面を削りつつそれを横薙ぎに振った。


 当たったら森の外まで吹き飛ばされそうな一撃を、しかしジェイドは跳んで、ガーネットは持ち手側に肉薄して潜ることで危なげなく回避。直後、間合いの外に対比していたゴブリンの一匹が跳躍しながらジェイドに突進攻撃。また、着地点にも武器を構える二匹のゴブリン。


 だが――そんな危機的状況を前にしても、ガーネットは救助の気配など見せず、寧ろ、あろうことかゴブリンロードの強烈で緩慢な攻撃を体捌きだけで躱しながら、ジェイドがどう捌くのかを気にするように、一匹のゴブリンの首を撥ねながら輝かせた瞳をこちらに向けていた。


 やれやれ――苦笑したジェイドは、まず跳んで肉薄したゴブリンの一撃を手斧で弾く。


 ジャストパリィとシステムが叫ぶ様に、空間に歪むエフェクトが走る。


 そして大きく体勢を崩したゴブリンの肩を掴むと、真下で武器を持って構える二匹のゴブリンの片割れに投げつける。「ぐぎゃ!」「ぎゃご!」と呻きながら倒れる二匹を無視。


 最後の一匹は落下するジェイドに武器を構えて回避不能の一撃を繰り出そうとするが、大きく目を見開いて視界に入る全ての情報を処理しきったジェイドは、思考ではなく反射。肉体が導き出した最適な行動を再現するように、手斧の側面を剣の側面に添え、逸らす。


 身を回転させながら武器を避けて着地したジェイドは、追撃の刺突を首を捻って回避。そして、相手には回避を禁ずるようにその足を踏みつけると、大股を踏み出してもう片方の足で腹部を蹴り、体躯を押し倒し、悲痛に顔を歪めたゴブリンの顔を三度ほど叩いた。


「残り――」


 戦況を確認するジェイド。ニヤリと言葉を継ぐガーネット。


「――二匹、と。ボス一匹。無視され過ぎて怒り心頭なご様子だぜ」


 いつの間にか自分の持ち分を全て血祭りに上げていたガーネットは、まるで死神のように指先で剣の血を拭い、ようやく身を起こした二匹のゴブリンと、彼らと共にジェイドから始末しようと血管の浮き出るような怒り狂った顔でこちらに突進するゴブリンロードを眺めている。


 最初に来たのは二匹の連携と呼ぶにはお粗末な波状攻撃。


 一匹目の細剣を手斧の柄で弾き、二匹目の短剣は持ち手を先端で殴打して止める。


 そしてそれとほぼ同時に背後に突風。武器が迫る感覚。無数の剣が突き刺さったゴブリンロードのトゲバットが、ジェイドという白球を場外ホームランさせようとしていた。それは問題なく回避できるチュートリアル用の速度だったが、初めてVRMMO(フルダイブ)を経験する人間からすれば畏怖による硬直を誘うのに充分な威圧感を孕んでいる。無論、ジェイドからすれば流れ作業のように回避できる程度の速度でしか無いが――敢えて、ぐっとその場に踏みとどまる。


「ジェイド⁉」


 流石に目を疑ったガーネットが驚きの声を発するが、ジェイドは好奇心を止められない。


 武器の形状は大きな丸太に幾つもの武器を突き刺したもの。当然、パリィを狙うのは難しい。突き刺さっている武器の方を狙えば、それは本体の丸太を止めてはくれない。逆に、本体を止めようとすれば突き刺さっている武器が邪魔をする。だが、不可能ではない。


 何度も地面に付き付けて、幾本かの武器は落ちている。――隙間がある。


 見付けた瞬間、獰猛に唇の端を吊り上げたジェイドは、髪や衣類をひらりとはためかせて身を屈める。鋭く地面を蹴ってその隙間に身を躍らせたジェイドは《蛮族》の初期スキル――


兜割り(ガレア・ルプトル)》――大きく振りかぶった姿勢から、薪割りの如き動作で繰り出される一撃。


 それを真下の安全箇所から丸太本体へ思い切り叩き付けた瞬間、それはシステムが想定し得る『完全なタイミング』だったらしく、ジャストパリィが発生。空間が歪み、凄絶な音と共に丸太の軌道が大きく外側に延長され、二体のゴブリンを巻き込んだ。


 クリーンヒット。その矮躯は鋭く吹き飛び、森の木々にぶつかってパーティクルと化した。


 ゲーマーというのは大体のジャンルで、自分のスーパープレイを思い返して心躍らせるものであり。流石に今の一連の動きがそう呼ばれるに値するものであると自負したジェイドは、大きくゴブリンロードから距離を取って、ガーネットの脇に立つ。そして、隠しきれない笑みをすまし顔に滲ませながら、片目を瞑ってガーネットに指を立ててやった。


「たった一つの冴えたやり方、だ」

「カッコつけやがって」

「カッコ良かっただろ」

「正直俺もやりたいなと思いました」

「素直だな。お前の反射神経なら俺より簡単にできるよ」

「試してみても?」


 配下を全員始末され、あろうことかその最中、まるで相手にもされなかったゴブリンの王。


 屈辱という火は彼の血液を沸騰させるには十分な火力を秘めていたらしい。その赤みを帯びた肌のあちこちでミミズが這うように血管が浮き上がり、吠える。そして、グッと身を縮ませてこちらに駆け出す姿勢を見せた上での、ガーネットの不敵な問い掛け。


「どうぞご自由に。待つ気はないけどな」


 ジェイドは悪友にマウントを取れる材料はいつまでも大事に握り締める人間だ。止めはしないが推奨もしない。寧ろ一刻も早くアイツを殺してやろうという意気込みをにやりと曲げた口角で示しながら、《蛮族の手斧》を握り締めて対峙。「んの野郎」とガーネットは楽しそうだ。


 ――突如、ゴブリンロードが飛翔と見紛うほどの速度で急接近。


 髪が舞うほどの突風を撒き散らしながら肉薄する先はガーネット。舌打ちはジェイドから。嬉々とした顔ですらりと音を立てて剣を抜いたガーネットは、ペロリと集中を研磨して尖らせていくように唇を濡らす。持ち手を引き、切っ先をゴブリンロードへと向ける。


 影が迫り、そしてガーネットを覆う場所で大きく膨れ上がる。地響きと共に跳躍。


 トゲバットを大きく振りかぶったゴブリンロードは、有り余る助走と有り余る巨躯から来る勢いを乗せた全身全霊の一撃を、鋭く垂直に振り下ろす。瞬間、《不意打ち(バックスタブ)》が励起。


 半秒後。お互いの間合いの中間地点で得物と得物とぶつかり合い、突風が雑草を平伏。


 鋭い衝突音を響かせた次の瞬間、低い重低音。空間の歪み。ジャストパリィが示される。そして、鋭いガーネットの刺突を受けたトゲバットは勢いを失い、そのまま無造作なガーネットの剣捌きによって地面へと受け流され、地響きを立てて突き刺さった剣が折れ、沈む。


「はいヨユー!」

「俺はそれプラスゴブリン二匹だったけどな!」


 そして架かった得物と腕の橋を渡って、ジェイドは四メートルの巨躯の顔面へ肉薄。肩に靴を置くと、ようやく自身の危険を察知したゴブリンロードが暴れた。しかし、ゲームステータスには反映されないバランス感覚とゲーム的体幹により危なげなく踏ん張ったジェイドは、そのまま暴れるゴブリンロードの顔面へ向けて、大きく《蛮族の手斧》を引っ張る。


 瞬間、赤いパーティクルを帯びた《野蛮な一撃(サエヴァ・ビート)》が炸裂。ここに至って初めてゴブリンロードのHPバーがまともに削れ、一気に一割、消し飛んだ。


 当然、ゴブリンロードにとっての脅威(ヘイト)はジェイドに対して向けられ、地面にめり込んだトゲバットを引っ張るようにして、彼は肩から降りたジェイドを切り上げようとする。


 しかし、ジェイドは冷徹にも見えるほど集中した目でその軌道を見下ろすと、今度はスキルすら使用せずに身を翻してトゲバットに突き刺さる得物の隙間に身を潜らせ、足蹴にして回避。ブン、と空を切ってがら空きになった胴体は、歴戦のプレイヤーにとっては的だ。


 タン、と三つ編みを揺らしながら着地したジェイドとその隣で剣を引くガーネット。


 次の瞬間、蛮族の初期スキル中最高火力の《野蛮な一撃(サエヴァ・ビート)》と、同様に斥候初期スキルの最高火力、純粋な十字二連撃の《飾り気のない十字クルクス・シンプレクス》がその胴体に命中。血液を示すような赤ポリゴンが間欠泉の如く吹き出す中、仰け反って隙を見せたその身体に、CTが完了している《兜割り(ガレア・ルプトル)》と《不意打ち(バックスタブ)》を追撃で叩き込むと、合計でHPバーが二割削れる。


 当然、その敵の名前は《ゴブリンロード》であって《カカシ》ではない。


 直後、怒りに任せたゴブリンロードの一撃が過去最高の速度で死角の頭上から叩き込まれるが――それを握るのが腕である以上、肩、ひいては胸筋の動きが連動する。


『アナザーワールド』がそこまで作り込んでいる規格外のゲームだからこそ、可笑しくなりながらも攻撃を予知して左右に跳び、一撃を回避。


 飛び散った雑草と土くれの中、ジェイドは心底楽しそうなガーネットに手を伸ばし、指を鳴らすような仕草で親指と人差し指の位置を入れ替える。――意味は伝わったらしい。


 ジェイドは正面、ガーネットは背面に位置取りをして戦闘続行。


 両方に敵意(ヘイト)を向け、纏めて攻撃などと物ぐさな真似をさせるつもりは毛頭ない。どちらかに攻撃を繰り出せばどちらかが完全に自由。久しくパーティなど組んでいなかったから忘れていたが、ここまで彼の攻撃を手玉に取れるパートナーと一緒なら、残りはもう、これだけでいい。


 ゴブリンロードはまさしく一章のボスとして、この世界の戦い方をプレイヤーに明示するために作られた、ステータスが高いだけの巨漢だ。直撃すれば大量のHPを削る緩慢な一撃は、ジャストパリィや回避といった対処法を学習させるためのもの。裏を返すと、基礎を問題なく押さえているプレイヤーであれば、或いは小回りの利く雑兵よりも易い相手だ。ゴブリンロードは何度も位置取りを直して二人と向き合える場所を探そうとするが、こちらは前後を挟む形を徹底し続けるだけで、ただそれだけで、五分後には――


【ボス:ゴブリンロードを撃破しました】


 ズンと地響きを起こしながら、散々自分が掘り返した地面に倒れ沈むゴブリンロード。まさしく墓穴を掘るというやつだ――そう眺めていると、その巨躯がガラスの割れる音を響かせながら無数のパーティクルと置き換えられ、大量の経験値とドロップアイテムを獲得。


 流石にあの規格外のトゲバットは手に入らなかったが、どうやらそれに突き刺さっていた武器はドロップするらしい。蛮族スキルがもう少し伸びればあらゆる武器種を装備可能になるパッシブの《手段を問わず(オムニ・モド)》を習得して装備できるのだが、今は倉庫の肥やしだ。


「一章ボスには負けられねぇとはいえ――流石に肩透かしだな」


 ゲームとしては真新しい体験を楽しく思う反面、その楽しさは慣れると飽きる。


 既に手強い相手を求め始める戦闘狂は肩を揉みながら回して首を鳴らす。やれやれと苦笑交じりの視線を飛ばしつつ、しかし胸中では『退屈させてくれるなよ』と同意を示す。


「何はともあれ、これで一章のメインクエストは進行だな。完了までいくかどうか」


 バトルリザルトのウィンドウから視線を左上に向けると、戦闘中は隠れていたクエストメニューがオーバーレイ表示される。【第一章:冒険者ギルドへようこそ】というのがチャプターで、その中のセクションが【第四節:ギルドに帰還して報告しろ】。元凶を潰せという命令は完了した訳なのだから当然であり、後はテレポートをして戻るだけ。そう思った時だった。




 ――ピコン、と軽快な電子音が鳴る。

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