盗賊に目をつけられる
最初に気づいたのは、足音だった。
路地裏では珍しくない。
だが、その音は揃っている。
不規則に聞こえるのに、距離が縮まる感覚だけが、妙に正確だった。
(……追われてる)
俺とミラは、裏市場からの帰り道を急いでいた。
空気が、重い。
風が止み、腐臭が濃くなる。
ミラが、俺の袖を引いた。
「走らない」
「わかった」
(走る=獲物、だよな)
足音は、三つ。
いや、四つか。
(逃げ切れない。路地も狭い)
曲がり角の影に入った瞬間、声が落ちてきた。
「止まれ」
低い。
遊びのない声。
前に二人、後ろに一人。
退路はない。
(包囲、完成)
近づいてきた男は、皮鎧を着ていた。
刃こぼれした短剣が、腰で揺れる。
「最近、裏で動いてるガキがいるって聞いてな」
視線が、俺に刺さる。
(来たか)
「誰の許可で稼いでる?」
ミラが一歩、前に出た。
「稼いでない。拾ってるだけ」
男は、鼻で笑った。
「同じだ」
(ですよね)
男の指が、俺の布包みを示す。
「見せろ」
拒否は、死。
俺は包みを差し出す。
男は中を見て、満足そうに頷いた。
「悪くない」
(評価されても嬉しくねぇ)
「ルールを教えてやる」
男がしゃがみ、目線を合わせてくる。
酒と汗の匂いが、鼻を刺す。
「裏で稼ぐなら、上に納めろ」
「……どれくらい?」
口が勝手に動いた。
(聞くなって)
男は、にやりと笑った。
「全部だ」
(あ、無理)
沈黙。
ミラの肩が、僅かに動く。
「断るなら?」
「腕、一本」
(選択肢、ひどい)
俺は、息を吸う。
(今は、逆らう場面じゃないな)
「……今日は、何もない」
「嘘つくな」
男が、俺の頬を掴む。
力が強い。視界が歪む。
(くそ、痛ぇ)
そのとき、ミラが言った。
「この子は、使える」
空気が、止まった。
「拾う。分ける。継続する。
殺したら、得る物は何もない」
(ミラ、売り込み始めたぞ)
男は、ミラを見る。
「お前は?」
「修理ができる」
ミラは、自分の袖を引き、縫い目を見せた。
沈黙。
男は、舌打ちした。
「……ガキにしては、度胸あるな」
(俺もそう思った)
「次は納めろ。分かるな」
「割合は?」
俺が聞くと、男は笑った。
「三割」
(……現実的だな)
男たちは、去っていく。
足音が消えるまで、俺は動けなかった。
路地裏に、静寂が戻る。
ミラが、ぽつりと言った。
「次は、やられる」
「だろうな」
(フラグ立てるな)
俺は、拳を握る。
(奪われる前提の稼ぎ……)
裏市場は、確かに入口だった。
だが、その先に待っていたのは
牙だった。
スラムで生きるということは、
奪うか、奪われるか。
俺は、ようやく本当の意味で理解した。




