模倣者
最初に気づいたのは、手癖だった。
路地の角。
薄暗い倉庫の裏。
どこにでもある場所。
だが、切り口が同じだ。
(……真似てる)
俺は立ち止まり、壁に残った痕を見た。
刃の入れ方。
角度。
力の逃がし方。
見覚えがある。
嫌になるほど。
だが、決定的に違う。
(浅い)
刃が迷っている。
必要以上に入っている。
切らなくていいところまで、切っている。
(形だけだ)
刃の使い方を、覚えていない。
順番だけをなぞっている。
足音が聞こえた。
隠れる気配はない。
慌ててもいない。
曲がり角の向こうから、男が出てきた。
若くもない。
熟練とも言えない。
どこにでもいる顔。
「……あんたか」
俺が言うと、男は一瞬だけ眉を動かした。
「前例の人?」
その呼び方に、胸の奥が少しだけ冷える。
「誰に聞いた」
「皆、そう呼んでる」
誇りでも、恐れでもない。
ただの事実みたいな口調。
「この切り方、教わったのか」
「いいや」
男は首を振る。
「書類にあった」
(……書類、ね)
「順番が書いてある。
ここを切って、次はここ。
失敗したら、事故で処理」
淡々とした説明。
「誰からの指示だ」
「指示? ないよ」
男は不思議そうに言う。
「基準があるだけだ」
その言葉で、分かった。
(こいつは“敵”じゃない)
ただの末端だ。
流れの中の一人。
「何人いる」
「さあ」
男は肩をすくめる。
「俺だけじゃないのは確か」
俺は、息を吐いた。
(捕まえても、意味がない)
この男を切っても、
別の誰かが、同じ順番をなぞる。
刃の持ち方を知らなくても、
順番さえあれば、仕事になる。
「失敗したら?」
俺が聞く。
「事故になる」
「成功したら?」
「前例が増える」
簡単な答え。
簡単すぎる。
「迷わないのか」
男は一瞬、考えた。
「迷うと、遅れる」
「遅れると?」
「怒られる」
それだけだった。
(……構造だ)
個人の問題じゃない。
腕の問題でもない。
迷わないほうが得をする仕組み。
俺は男から目を離し、周囲を見渡す。
ここだけじゃない。
同じ形が、街のあちこちにある。
俺が作ったのは、
刃じゃない。
刃を使わなくていい“順番”だ。
「もう一つ聞く」
俺は男を見る。
「これ、誰の仕事だと思ってる」
男は即答した。
「あんたの」
躊躇はなかった。
その一言で、全てが揃う。
本人がいなくても、
名前がなくても、
前例があれば、責任は集まる。
(……なるほど)
俺は、軽く手を上げた。
「今日は、帰れ」
「え?」
「ここから先は、前例にならない」
男は戸惑いながらも、後ずさる。
「いいのか?」
「いい」
理由は言わない。
言っても、意味がない。
男はしばらく俺を見てから、
背を向けて去っていった。
足音が遠ざかる。
俺は、路地に残った痕を見下ろす。
(敵は、誰だ)
答えはもう出ている。
誰でもない。
だが同時に、
全員だ。
前例。
基準。
書類。
それらが揃えば、
人は模倣者になる。
(……切る相手を、間違えるところだった)
人を切っても、構造は残る。
構造を切らなければ、
模倣者は減らない。
俺は、踵を返す。
切るべき相手が、
はっきりした。
刃じゃない。
腕でもない。
順番だ。
その順番を、
誰も真似できない形にする。
それが、
俺のやるべき仕事だった。




