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生まれ変わってもスラムでした  作者: 灰原ノア
無所属編

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噂の正体

 噂は、いつも現場から生まれる。


 そう思われている。


 血を見た誰かが言い、

 逃げ延びた誰かが盛り、

 聞いただけの誰かが広める。


 それが噂だと。


 だが今回は、違った。


 ミラは、裏通りの酒場で腰を下ろしていた。

 昼間から開いている店だ。

 客の大半は、仕事の合間に立ち寄る連中。


 情報が、酒と一緒に流れる場所。


「聞いた?」


 隣の卓から、そんな声が聞こえる。


「また事故だってさ」


「最近多いな」


「仕方ないだろ。ああいう仕事だ」


 ミラは杯を持ったまま、動かない。


(……“ああいう仕事”?)


 誰も、具体的な話をしていない。

 場所も、時間も、名前も出ない。


 あるのは、

 「事故があった」という結論だけ。


「裏のほうで、切ってる奴がいるんだろ?」


「前からだよ。前例がある」


「再確認はいらないって話だ」


 その言葉に、ミラの指がわずかに止まる。


(再確認不要)


 帳簿で見た文言。

 書類の中の言葉。


 それが、ここにある。


 ミラは、静かに杯を置いた。


(噂が先じゃない)


(紙が先だ)


 噂は、説明になっている。

 起きたことの理由付け。


 すでに決まっている結論を、

 人の口がなぞっているだけ。


 別の席でも、同じ話が出る。


「事故だってよ」


「処理済み?」


「もう終わってるらしい」


 終わっている。

 現場を見ていなくても、終わっている。


 ミラは立ち上がり、

 店の外に出た。


 外の空気は、生ぬるい。

 人の声が交差する。


 噂は、ここにもある。


「名前は?」


「知らねえ」


「誰が切った?」


「前例のやつだろ」


 前例。


 それは、人の名前じゃない。

 役職でもない。


 ただの言葉だ。


(……責任の代わり)


 ミラは歩きながら、頭の中で流れを組み立てる。


 書類が先に走る。

 事故と書かれる。

 前例に基づく、と添えられる。


 それを見た誰かが、

 「ああ、事故なんだ」と納得する。


 その納得が、噂になる。


 噂が広がることで、

 書類は正しかったことになる。


(逆だ)


 噂が事実を作っているんじゃない。

 書類が噂を作っている。


 そして噂が、

 次の書類を通しやすくする。


 循環だ。


 最悪の形で、回っている。


 路地の角で、ミラは立ち止まった。


 壁に貼られた、古い張り紙。

 剥がれかけた端に、処理番号が書き込まれている。


(……同じ番号)


 帳簿で見た番号だ。


 誰かが、意図的に書いたわけじゃない。

 ただ、伝言代わりに残しただけ。


 だがそれが、噂を補強する。


「番号がある=本当だ」


 そう思わせるには、十分だった。


(噂は、証拠になってる)


 本来は逆なのに。


 ミラは、深く息を吸った。


 これは、止まらない。

 現場を押さえても、

 事故を否定しても。


 噂はもう、

 紙の側に立っている。


「……やっぱり」


 小さく、呟く。


 間に入らなければならない。


 書類と噂の間。

 数字と人の間。


 そして

 前例と、本人の間。


 ミラは踵を返す。


 向かう先は一つだ。


 噂を作った紙。

 紙を通した場所。


 事故が「説明」になる前に、

 事故を「問題」に戻さなければならない。


 そうしなければ、

 次の噂は、もっと軽くなる。


 次の事故は、

 もっと簡単に処理される。


(……間に合ううちに)


 その言葉を、

 胸の中で繰り返しながら。


 ミラは、歩き出した。


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