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生まれ変わってもスラムでした  作者: 灰原ノア
無所属編

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事故処理担当者

 私は、事故を起こしたことがない。


 少なくとも、そう思っている。


 机の上に並ぶ書類を、決められた順に処理し、

 必要な箇所に印を押し、

 次へ回す。


 それが仕事だった。


 書類は、軽い。


 重いのは、処理が滞ることだ。

 止まること。

 考え込むこと。


(詰まらせるほうが、よほど罪だ)


 私はそう教えられてきた。


 事故処理担当

 正式な部署名ではない。

 だが皆、そう呼ぶ。


 何かが起きたとき、

 「事故」と書く役。


 それだけで、多くの問題が解決する。


 死因が曖昧でもいい。

 経緯が不明でもいい。

 名前がなくてもいい。


 事故、と書けば、

 責任の矢印が消える。


 私は今日も、

 帳簿を一冊開いた。


 対象番号。

 処理結果。

 理由。


 前例に基づく。

 迅速対応。

 再確認不要。


(問題なし)


 迷う理由はなかった。


 前例がある。

 基準がある。

 承認印も揃っている。


 私が判断する余地はない。


(むしろ、判断しないのが仕事だ)


 考え始めると、

 止まる。


 止まると、

 溜まる。


 溜まると、

 怒られる。


 だから、考えない。


 それが一番、安全だった。


「……次」


 小さく呟き、次の書類へ。


 内容は、ほぼ同じ。


 対象番号が違うだけ。

 理由欄も、同じ文言。


(楽になったな)


 以前は、違った。


 理由を考え、

 文言を選び、

 上に確認を取る。


 時間がかかった。


 だが今は、

 前例がある。


 前例が増えれば、

 処理は早くなる。


 それは、良いことだ。


(誰も困っていない)


 少なくとも、

 私の机の上では。


 途中で、書類が一枚、差し戻された。


 赤い印。


 私は眉をひそめる。


(珍しい)


 理由を見る。


 現場確認不足。


 私は、肩をすくめた。


(現場、ね)


 現場に行くのは、

 現場の人間の仕事だ。


 書類の仕事じゃない。


 彼はペンを取り、

 備考欄に一行、書き足す。


 前例に基づくため、再確認不要。


 それで、戻す。


 赤い印は消えた。


(ほら、通った)


 私は、安堵した。


 詰まらなかった。

 止まらなかった。


 仕事が、前に進んだ。


 それが、正しい。


 私は、誰かを切った覚えはない。


 誰かを選んだ覚えもない。


 ただ、流しただけだ。


 だが


 机の端に、

 一枚の書類が残っている。


 担当者欄が、空白。


 私は一瞬、迷った。


(……書く?)


 いや、書かない。


 書かないほうが、

 後で困らない。


 空白でも、通る。

 前例があるから。


 私は、そのまま印を押した。


 紙が擦れる音が、

 静かな部屋に響く。


 どこかで、

 誰かが困るかもしれない。


 だがそれは、

 私の仕事じゃない。


 私の仕事は、

 事故を事故として処理すること。


 止めないこと。

 考えないこと。


 そして今日も、

 事故は、問題なく処理された。


 書類の上では。


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