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生まれ変わってもスラムでした  作者: 灰原ノア
無所属編

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事故の一文

 人通りの少ない裏道で、ミラは俺を見つけた。


 正確には、俺が先に気づいた。

 歩き方が、商会の連中と違う。

 音を立てないくせに、存在感だけが残る。


(……来たか)


 声をかける前に、彼女のほうが口を開いた。


「これ、もう切るって決まってる?」


 挨拶代わりにしては、随分と重い一言だった。


 俺は足を止める。

 路地の壁は近く、空は細い。


「決まってるのは、紙の上だけだ」


 そう答えると、ミラは少しだけ眉を動かした。

 肯定でも否定でもない。

 “だと思った”という顔。


「同じ案件?」


「ああ」


 それ以上、説明は要らなかった。


 説明する前に、紙がある。

 俺は懐から折り畳まれた書類を一枚取り出し、彼女に渡す。


 ミラは受け取らなかった。

 そのまま、覗き込む。


「……これ」


 彼女の指が、ある一文で止まる。


「事故処理、って書いてある」


「書いてあるな」


 事実だ。

 死因欄の横に、小さく、簡潔に。


 事故。


「事故で済ませるには、整いすぎてる」


 ミラの声は低い。

 帳簿を見るときの声だ。


「現場、行った?」


「行ってない」


「じゃあ、誰も行ってない」


 即断だった。


 俺は書類から視線を外し、路地の先を見る。

 濡れた石畳。

 乾ききらない血の跡。


(ああ、そうだろうな)


「事故って言葉は便利だ」


 俺は言った。


「切った理由を考えなくていい」


「責任も、いらない」


 ミラが続ける。


 一瞬、沈黙が落ちる。


 俺は、書類の端を指で叩いた。


「ここだ」


 ミラも同時に同じ箇所を見る。


 備考欄。

 小さく、雑に書かれた一文。


 前例に基づく。


「……前例?」


 ミラが呟く。


「前例があるなら、番号があるはず」


「ある」


 俺は頷く。


「だが、名前がない」


 ミラの目が細くなる。


「名前を消して、事故にして、前例に押し込む」


「そうすれば、誰も“切った”とは言われない」


 ミラは、ゆっくりと息を吐いた。


「これ、あなたのやり方を真似てる」


「知ってる」


 正確には、真似た“形”だけだ。

 刃の使い方は、理解していない。


「切る前に、考えてない」


 ミラが言う。


「切った後に、紙を整えてる」


「逆だな」


 俺は書類を折り直し、懐に戻す。


「だから事故になる」


 ミラは一歩、俺に近づいた。


「止める?」


「止める」


 即答だった。


 迷う余地はない。

 紙が先に来るなら、紙を止めるしかない。


「でも、表からは無理」


「分かってる」


 商会は、もうこの処理を“終わったこと”にしている。


 覆せば、責任の所在が浮かび上がる。

 それを嫌う連中が、動く。


「裏から行く」


 俺が言うと、ミラは小さく頷いた。


「じゃあ、同じ案件ね」


「ああ」


 ミラは踵を返し、歩き出す。


「現場、押さえる」


「俺は紙を追う」


「逆じゃない?」


 彼女が振り返る。


「俺は、切るやつだ」


 そう言うと、ミラは少しだけ笑った。


 懐かしい笑い方だった。

 短くて、油断のない笑い。


「じゃあ、私は」


 一拍置いて、彼女は続ける。


「切られたあとを拾う」


 路地の出口で、二人の進路は分かれた。


 だが、案件は一つ。

 紙と血が、同じ場所を指している。


(事故、ね)


 俺は歩きながら思う。


 事故で済むなら、

 こんなに綺麗な紙は要らない。


 切った刃は、まだどこかにある。

 俺の名前を使って。


 それを折るか、奪うか。

 選ぶのは、これからだ。


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