裏市場の入口
裏市場は、音で分かる。
表通りより静かで、路地裏より騒がしい。
金属が擦れる音、低い声、硬貨の触れ合う乾いた響き。
生きている金の匂いが、空気に混じっていた。
(ここが……)
俺とミラは、路地の影に身を潜めて様子を窺っていた。
表から見れば、ただの崩れた倉庫跡。
だが、人の出入りだけは妙に多い。
「近づきすぎ」
ミラが、俺の袖を軽く引いた。
視線は動かさず、口だけ動かす。
(手慣れてんな……)
「誰が仕切ってる?」
「今日は、あの男」
ミラが顎で示した先。
片目に傷のある中年が、出入りする人間を見ている。
(門番か)
「子供は?」
「使い道があれば、通る」
(条件付き入場。厳しい)
ゴミ山で拾った布包みを、俺は抱え直す。
今日は量が多い。
金属片に、革、修理できそうな小道具。
(失敗したら、全部奪われるな)
ミラが、小さく息を吸った。
「私が先に行く」
「了解」
(即役割分担。助かる)
ミラは一人で歩き出し、門番の前で立ち止まる。
「縫い物。修理」
短い言葉。
門番は、彼女の手を見る。指先の針跡。
「証拠は?」
ミラは、服の裾をめくる。
丁寧な補修跡。
(自己プレゼン、完璧)
「……通れ」
俺の番だ。
視線が突き刺さる。
「ガキ。何だ」
「素材」
布包みを開く。
金属が鈍く光る。
門番の目が、ほんの少し変わった。
「量は?」
「継続」
沈黙。
数秒が、やけに長い。
(ここで欲張るな……)
「……入れ」
(よし)
中は、想像より狭く、想像より生々しい。
露店より荒く、露骨な取引。
金の匂いが、鼻を刺す。
(ここで下手打つと、骨も残らないな)
俺は、ミラの半歩後ろを歩く。
彼女は自然に人の流れを避け、危険そうな視線から距離を取っている。
(経験値、高い)
一軒の露店で足を止める。
昨日の男より、目つきが悪い。
「子供二人。用件は?」
「素材と、修理」
ミラが答える。
俺は包みを差し出す。
男は無言で検分し、舌打ちした。
「安いぞ」
(知ってる)
「毎日、持ってくる」
「死ななきゃな」
「死なない」
即答。
自分でも驚くほど、声が揺れなかった。
男は、短く笑い、硬貨を置いた。
パン数日分。
露店よりは多い。
(初回としては上出来)
取引が終わると、ミラが俺の袖を引いた。
「もう出る」
(深入り禁止、了解)
裏市場を出た瞬間、空気が軽くなる。
危険は消えていないが、少しだけ生き延びた実感があった。
「連携、どうだった?」
俺が聞くと、ミラは少し考えた。
「……悪くない」
(最大評価?)
「三日契約、続ける?」
「様子見」
(即答しないのが、ミラだな)
路地裏に戻り、硬貨を布に包む。
金属より重い。
(これが、裏側の入口か)
スラムの奥で、俺たちは一歩だけ、内側に踏み込んだ。
まだ、扉は開ききっていない。
だが確実に、触れてしまった。




