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生まれ変わってもスラムでした  作者: 灰原ノア
無所属編

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一人の依頼

 依頼書は、驚くほど軽かった。


 紙一枚。

 指先で挟むと、風に持っていかれそうになるほど薄い。

 灰帳連の印も、署名もない。

 あるのは、必要最低限の条件だけ。


(……ここまで削るか)


 王都裏の朝は、いつも中途半端だ。

 夜の冷気が石畳に残り、昼の埃が空気に混ざり始める。

 濡れた苔の匂い。

 鉄錆と古い油。

 そして、人の生活が腐りかけた匂い。


(同行者なし、確認なし、裁量は全部こちら)


 つまり

 失敗しても、誰の責任にもならない。


(いや、なるか。全部、俺だ)


 歩き出す。

 足音を消すために、靴底の擦れ方を意識する。

 呼吸を浅くする。

 背中に風を感じる角度を測る。


(……静かすぎるな)


 単独行動だと、沈黙がやけにうるさい。

 誰もいない分、頭の中が勝手に喋り続ける。


 依頼内容は簡潔だった。


 回収。生死不問。証拠残さず。


(便利な言葉だよな、“生死不問”)


 助けてもいい。

 殺してもいい。

 運んでる途中で死んでも、問題なし。


(要するに、結果だけ出せってことだ)


 三層裏区画。

 人が住まなくなった倉庫跡。

 過去に何度も血が流れて、もう噂話にもならない場所。


(選ばれる理由が、分かりやすい)


 死んでも、誰も困らない。


 倉庫に近づくにつれ、空気が変わる。

 音が吸われる。

 風が、壁にぶつかって折れる。


(……いるな)


 呼吸音。

 靴底が石を踏む、わずかな音。

 二つ。


(対象と見張り? それとも、見張り二人?)


 判断材料が足りない。

 足りないまま、時間だけが減る。


(近づく? 様子見? 引く?)


 引けば安全だが、鐘の時間に間に合わない。

 近づけば情報は取れるが、見つかる可能性。


(……近づくしかないか)


 瓦礫の影に体を沈める。

 木材の腐った匂いが鼻につく。

 触れた指に、湿った粉が付いた。


(この感触、嫌いだ)


 一歩。

 二歩。


 ——カン。


(金属……くそ)


 反射的に伏せる。

 判断が、半拍遅れていた。


「……誰だ?」


(見張り、確定)


 声は低い。

 慣れてる。

 つまり、素人じゃない。


(切るか? やり過ごすか?)


 やり過ごす場合、もう一人が問題になる。

 切る場合、音と処理が必要。


(……切る)


 考える時間は、ほんの一瞬。

 迷いはなかった。


(これ、慣れてきてるな……)


 刃を当てる。

 短い抵抗。

 体重が、腕にかかる。


(重い。生きてた証拠だ)


 倒れる音を抑え、息を止める。

 心臓が、やけに主張してくる。


(……もう一人は?)


 音はない。

 つまり、奥。


 進む。

 足元の瓦礫が、判断を遅らせる。


(転んだら終わりだぞ)


 倉庫の奥。

 縄で縛られた人影。


(……生きてる)


 胸が上下している。

 目は虚ろだが、焦点は合っている。


「……たす……」


(違う)


「助けじゃない」


 自分の声が、驚くほど冷静で、

 どこか他人事みたいに響いた。


(これは仕事だ)


 縄を解く。

 指が震えているのに気づいて、無視する。


(生かす理由。情報。運ぶリスク。逃走難度)


 即席で天秤を作る。


(……生かす)


 担ぐ。

 想像以上に重い。


(人間って、こんなに重かったか)


 出口を選ぶ。


 正面:警戒網不明。

 裏:瓦礫多、音大。

 上:梯子、不安定、落下リスク。


(……裏だな)


 決めるのが、早い。

 早すぎる。


(考えなくなった、のか……)


 背後で音。

 追手。


(振り返るな)


 振り返れば、判断が遅れる。

 判断が遅れれば、死ぬ。


(捨てる?)


 対象を捨てれば、成功率は跳ね上がる。

 条件は、生死不問。


(……)


 一瞬、足が止まる。


(これが、判断地獄か)


 歯を食いしばる。

 肩に力を入れる。


(今回は、捨てない)


 理由はない。

 あるとすれば、今捨てたら、次はもっと早く捨てる気がした。


 路地に出る。

 人混みに紛れる。

 追手の気配が薄れる。


 鐘が鳴った。


(……終わり)


 依頼は達成。

 計算上は、完璧。


 だが。


(誰もいない)


 成功を共有する相手も、

 失敗を止める声もない。


 正しかったかどうかは、

 次の依頼でしか分からない。


(それが、単独行動)


 軽いはずの依頼書が、

 懐の中で、ずっと重かった。


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