離れる判断
朝は、昨日より静かだった。
雲が薄く、光が柔らかい。
王都裏の路地にも、無理やりな明るさが差し込んでいる。
(皮肉だな。
こういう日に、別れるのか)
待ち合わせ場所は、いつもの角。
古い壁に刻まれた傷が、やけに目に入る。
ミラは、時間通りに来た。
背負い袋は軽そうだった。
必要最低限だけを詰めた形。
(……覚悟、できてる)
「おはよう」
「おはよう」
それだけ。
昨日の続きを、誰も口にしない。
風が吹く。
布の擦れる音が、小さく鳴る。
「一緒に動くのは、ここまで」
ミラが、先に言った。
声は、落ち着いている。
(決めてきた声だ)
「分かった」
俺も、即答した。
驚いたように、彼女が瞬きをする。
「止めないの?」
「止める理由がない」
少し、間を置いて付け足す。
「止めたら、昨日の話が嘘になる」
ミラは、視線を落とした。
石畳を見つめる時間が、長い。
「……それでも」
小さな声。
「少しは、迷うかと思った」
(迷ってないわけじゃない)
「迷ってはいる」
「でも」
言葉を探す。
「一緒にいると、
また選ばせることになる」
彼女を、切るか切らないか。
(それは、二度と選びたくない)
ミラは、ゆっくり息を吐いた。
「そういうところ」
苦笑。
「嫌いじゃないけど、
近くにいると苦しい」
胸が、少しだけ締まる。
(ああ、同じだ)
「俺もだ」
それ以上、言えなかった。
沈黙。
通りの向こうで、荷車の音。
日常が、普通に進んでいる。
「生きて」
唐突な言葉。
顔を上げる。
「無茶してもいい」
「汚れてもいい」
でも、と続く。
「戻れなくなるほど、遠くへ行かないで」
喉が、詰まる。
(それ、守れるかな)
「努力はする」
正直な答え。
ミラは、頷いた。
「それでいい」
そして、一歩下がる。
「じゃあ」
短い別れの言葉。
引き止める理由は、ない。
引き止めない理由なら、山ほどある。
ミラは、振り返らなかった。
背中が、路地に溶けていく。
(……終わった、わけじゃない)
(でも、同じ場所には戻れない)
俺は、しばらくその場に立っていた。
風が、頬を撫でる。
静かな別れほど、
後から効く。
そう知りながら、歩き出す。
一人で。




