噛み合わない依頼
依頼内容は、単純だった。
運ぶだけ。
壊すな。
開けるな。
時間厳守。
(はいはい、死亡フラグ三点セット)
包みは小さい。
布越しに伝わる感触は、硬く、冷たい。
金属でも石でもない。
(……嫌な重さだな)
夜の王都裏は、湿っている。
空気が肺にまとわりつき、吐く息が遅れる。
撤退条件は確認済み。
責任範囲も、線が引かれている。
(完璧だ。帳面上は)
問題は、現場だった。
指定された裏路地に近づくにつれ、匂いが変わる。
腐臭。
油。
そして血。
(……いや、聞いてない)
足を止める。
撤退判断は、俺にある。
(まだ、条件内だ)
角を曲がると、男が三人倒れていた。
生きているのか、死んでいるのか分からない。
(仕事が“運ぶだけ”のはずなのに、
もう死体が転がってるんだが)
さらに奥。
待ち合わせ場所には、誰もいない。
代わりに、影が動いた。
「遅い」
聞き覚えのない声。
(あー……これ、受取人じゃないな)
「依頼主は?」
「来られなくなった」
短い説明。
説明になっていない。
(ズレてる。確実に)
男の視線が、俺の懐に向く。
「それを渡せ」
語尾が、命令に近い。
(はいアウト)
「確認が必要だ」
俺は、一歩下がる。
「受取人が違う」
「関係ない」
男が、笑った。
「運ぶだけだろ?」
(……ああ、そこだけ拾うか)
条件は守っている。
だが、前提が崩れている。
(ここで渡したら、
俺の責任範囲が、勝手に広がる)
包みが、やけに重く感じる。
背後で、足音。
(囲まれた)
逃げ道は、ある。
狭いが、条件内だ。
(撤退、できる)
だが。
「ミラは?」
口が、勝手に動いた。
男は、一瞬だけ眉を動かす。
(……知ってる)
「女か?」
「関係ない」
(関係ないって言える立場じゃないだろ)
空気が、完全に噛み合っていない。
依頼は、運送。
現場は、回収。
人は、入れ替わっている。
(これ、誰の責任だ?)
答えは、分かっている。
(俺だ)
条件を出した以上、
判断も、結果も、俺のもの。
「渡さない」
声は、静かだった。
男の笑顔が、消える。
「なら」
その瞬間、俺は包みを地面に投げた。
わざと、遠くへ。
(責任範囲、ここまで)
男たちの視線が、一斉に逸れる。
その隙に、後退。
足音を殺し、影に滑り込む。
(撤退条件、満たした)
背後で、怒声。
だが、追ってこない。
(追えない理由がある)
路地を抜け、息を整える。
心臓が、うるさい。
(……生きてる)
だが、胸の奥が重い。
(依頼は、終わってない)
条件は守った。
責任範囲も、越えていない。
それでも。
(噛み合ってない)
誰かが、意図的にズラしている。
俺は、壁に背を預け、夜空を見上げた。
(次は、条件じゃ足りないな)
判断そのものが、試されてる。
そう、理解してしまった。




