安い命、高い失敗
仕事の内容は、三行だった。
受け取れ
渡せ
残るな
(……雑だな)
だが、灰帳連はいつもそうだ。
詳しく書かれないのは、隠しているからではない。
最初から、知る必要がないと判断されている。
場所は、王都外縁。
古い水路沿いの倉庫跡。
湿った空気が、肺に重くのしかかる。
水と腐木の匂いに、鉄が混じる。
(嫌な組み合わせだ)
足元の砂利を踏む感触が、軽すぎる。
踏み固められていない。
最近、使われていない場所だ。
(……使われていない、はず)
建物の影に身を寄せ、耳を澄ます。
水の音。
風。
それ以外はない。
(静かすぎる)
嫌な予感は、だいたい当たる。
倉庫の裏手で、合図の灯りが一瞬だけ点いた。
青。
約束通りだ。
俺は、姿を見せずに近づく。
声は出さない。
相手も同じだ。
包みを受け取る。
軽い。
(……軽すぎる)
その瞬間だった。
音がした。
水音じゃない。
砂利でもない。
革靴だ。
(来た)
反射的に、身体が動く。
後ろではなく、横。
直線は、逃げ道じゃない。
次の瞬間、空気が裂ける音。
何かが、壁に突き刺さる。
(矢……いや、投げ刃)
複数。
位置を知られている。
(仕事が、軽すぎた理由はこれか)
囮。
俺の命は、安い。
だから
失敗しても、損にならない。
息を殺し、地面に伏せる。
湿った泥が、服に染み込む。
冷たい。
だが、今はありがたい。
足音が、近づく。
二人。
いや、三人。
「……いない?」
「いたはずだ」
声が、低い。
慣れている声だ。
裏の仕事の人間。
(灰帳連の“味方”じゃないな)
位置をずらす。
水路へ。
音を立てないよう、ゆっくり。
その時、包みの中で硬い音がした。
(……中身、これか)
判断は一瞬。
包みを、水路に落とす。
音は、小さい。
だが、十分だった。
「そこだ!」
(チッ)
走る。
肺が焼ける。
背中で、風を切る音。
(失敗だな、これは)
だが、死ぬほどの失敗じゃない。
角を曲がる。
壁を蹴る。
滑る。
肩に、熱。
刃が、かすった。
(浅い。……運がいい)
水路に飛び込む。
冷水が、全身を叩く。
息が詰まる。
だが、流れは読める。
ここは、逃げ道だ。
暗闇の中、必死に身体を沈める。
息を止める。
数を数える。
一。
二。
三。
足音が、遠ざかる。
しばらくして、俺は水路から這い出た。
震える指で、肩を押さえる。
血は出ているが、止まる量だ。
(安い命だな)
報酬を思い出す。
今日と、明日分。
(失敗の代償としては、釣り合ってない)
だが、分かっていた。
灰帳連は、助けに来ない。
確認もしない。
成功すれば、次がある。
失敗すれば
それまで。
(……保険が必要だな)
俺は、濡れた服のまま、夜の裏道を歩き出した。
安い命で、
高い失敗をしないために。
次は、
逃げ道を、先に用意する。




