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生まれ変わってもスラムでした  作者: 灰原ノア
王都裏編

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選ばれた死

 土の匂いが、やけに重かった。

 雨上がりの森特有の湿気が、腐った葉と混ざって、喉の奥にへばりつく。


(……うわ、最悪の空気だ)


 まず最初に出てきた感想がそれだったことに、自分でも少し呆れる。

 普通、死にかけなら「痛い」とか「怖い」だろう。なのに脳は、環境評価から始めていた。


 背中が冷たい。

 いや、冷たいというより、嫌な冷え方だ。

 水たまりに半身を突っ込んでいる感触が、服越しに伝わってくる。


(服、重……これ、後で絶対体力持ってかれるやつだ)


 視界は暗い。

 木々の隙間から、かろうじて灰色の空が見える。


(夜明け前? それとも単に曇天?

 ……まあ、どっちでも詰んでる寄りだな)


 息を吸うたび、胸の奥がギシ、と嫌な音を立てた。

 肺に土埃が入った感覚がある。


(内臓は……たぶん、まだ大丈夫か……)


 確認の仕方が雑なのは、経験のせいだ。

 前世でも今世でも、倒れたあとにまずやるのは「使えるかどうか」のチェックだった。


 数時間前。


 商会から渡された地図を見た瞬間、違和感があった。


 綺麗すぎる。親切すぎる。


(現場を知ってる人間の地図じゃない)


 線が迷っていないのは、危険を把握していない証拠だ。

 前世の会議資料と同じ匂いがする。


(“たぶん大丈夫”で作られたやつだな、これ)


 だから俺は、歩きながら、木の幹に刃を当てた。

 ほんの小さな刻み。目印にならない程度の、しかし自分には分かる傷。


(事故なら、帰れない形になる)


(なら、帰れる痕跡を残す)


 馬は使わなかった。

 速度は正義だが、制御不能になる瞬間がある。


(逃げる時に、言うこと聞かない乗り物は敵だ)


 この判断が、底辺で生き残ってきた人間の発想だと、彼は自覚していた。


 異変は、音だった。


 金属がぶつかる乾いた衝撃音。

 怒声。複数。


(……盗賊)


 だが、方向が違う。

 こちらを狙っている動きじゃない。


(内輪揉めか?それとも、別件の獲物?)


 商会の想定ルートでは、この区域は「安全」だったはずだ。


(安全って書いてある場所ほど、信用できない)


 彼は進路を変えた。

 安全そうな道ではなく、「危険が見えている方」を避けるために。


(危険が見えるなら、まだ対処できる)


 見えない危険は、どうしようもない。


 そして、その判断が。


 爆音。


 世界が一瞬で白くなった。

 衝撃が、内臓を置き去りにする。


(あ、これ……やばい)


 思った瞬間、体が宙を舞った。

 背中から叩きつけられ、息が抜ける。


(……商会、

 金かけすぎだろ……)


 そんなことを考えたのが、最後だった。


 戻ってきた意識は、痛みと湿気の塊だった。


 左脚が、熱い。

 触れなくても分かる。裂けている。


(うん、これは縫うやつだ)


 冗談みたいな思考が浮かぶ。


(……針、ねえけど)


 腕に力を入れる。

 震えるが、動く。


(骨はいってないか?)


 彼は、地面を引きずるようにして動いた。

 爆発地点から、ほんの数歩。


(誰も来てない?よな)


 来る理由がない。

 事故は、成功している。


(確認役が来るなら、もっと早い)


 商会は合理的だ。

 合理的だからこそ、無駄をしない。


(……帳簿上では、もう死んでるはず)


 別の場所。


 ミラは報告書を閉じた。


「行方不明……」


 声は静かだった。

 死亡確認、という文字がない。


(探せば、見つかるかもしれない)


 だが、それは彼女の役割ではない。


(私は、数字を見る側だ)


 死体を確認しなければ、死亡確定にはならない。

 それだけの、事務的な話。


 彼女は何も言わず、書類を次に回した。


 森の奥。


 彼は、木の根元に身を寄せて、荒い呼吸を繰り返していた。


 喉が焼けるように渇く。

 水袋は……半分。


(半分か。……想定より、マシだ)


 痛みはある。

 恐怖も、遅れてやってきている。


(でも、今泣いても回復しない)


 前世の癖だ。

 感情は後回し。


(生き延びた、じゃないな)


 助けられたわけでもない。


 ただ。


(死ぬ手順から、こぼれ落ちただけ)


 彼は、歯を食いしばり、体を起こした。


 この世界では、

 値札のない命ほど、扱いに困るものはない。


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