表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
生まれ変わってもスラムでした  作者: 灰原ノア
王都裏編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/71

事故の準備

 商会の倉庫は、いつ来ても匂いが同じだった。

 乾いた木材、油、紙、金の匂いだ。


(ここは、人が消える場所じゃない)


 表向きは、そう見える。


 帳簿を抱えたまま、彼は倉庫の中を歩いた。

 天井は高く、梁には滑車。

 荷箱は整然と並び、通路には無駄がない。


(効率がいい。

 ……人を切る時も、だろうな)


 内心でそう付け足す自分に、苦笑する。


「今回の依頼だが」


 担当者は、机の上に地図を広げた。

 新品。端がまだ硬い。


「辺境の補給確認だ。簡単だろう?」


 簡単、という言葉ほど信用できないものはない。


(簡単=説明省略、だ)


 彼は地図を見下ろす。

 道は一本。回り道はない。


(逃げ道が、最初から描かれてない)


「人数は?」


「最小でいい。君と、護衛一名」


 護衛一名。

 それだけで、十分すぎる情報だった。


(事故だな、これ)


 声には出さない。

 出す意味がない。


 準備物資は過不足なく揃っていた。


 水袋。

 保存食。

 火打石。


(……多すぎもしない。

 少なすぎもしない)


 生き延びさせる気はないが、

 即死させる気もない。


(“死亡推定”が欲しいわけか)


 その方が、後処理が楽だ。


 彼は、水袋を一つだけ余分に自分の荷に入れた。


(怒られたら、その時はその時だ)


 どうせ、生きて戻らない前提の依頼だ。


 出発前、ミラとすれ違った。


 廊下の窓から差し込む光が、彼女の髪を淡く照らしている。


「……行くの?」


 それだけ。

 確認でも、引き止めでもない。


「ああ。すぐ終わる仕事らしい」


 自分で言っておいて、内心でツッコむ。


(終わる、は間違ってないな)


 ミラは、彼の荷を一瞬だけ見た。


 水袋の数。

 靴底の減り。


 何も言わない。


(……気付いているな)


 彼女は視線を逸らした。


「無理は、しないで」


 それは、祈りではない。

 忠告に近い。


「できるだけ、な」


 それ以上、言葉は続かなかった。


 出発後、街道を外れた瞬間、空気が変わった。


 風が止み、音が減る。

 鳥の声が遠のく。


(ああ、ここからだ)


 護衛は無口だった。

 質問もしない。


(仕事だ。

 それ以上でも以下でもない)


 俺は、木の幹に小さく印を刻んだ。


 一つ。

 二つ。


(帰れたら、な)


 内心でそう呟いた瞬間、

 背筋に、ひやりとしたものが走る。


(……あ)


 理由は分からない。

 だが、確信だけはあった。


(これは、もう戻る仕事じゃない)


 それでも足は止めなかった。


 止めたところで、

 値段は変わらない。


 遠くで、風とは違う音がした。


 金属が触れ合う、乾いた音。

 怒声。


(……ズレたな)


 商会の想定から、何かが外れた。


 彼は、進路を変える準備をする。


(事故ってのは、

 予定どおりに起きないから事故なんだ)


 そしてその判断が、

 “選ばれた死”への、最後の一歩になることを。


 この時の彼は、

 まだ知らなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ