ゴミ山は宝の山
匂いで、場所が分かる。
生ゴミの甘ったるい腐臭。
湿った布と、錆びた金属が混ざった重い空気。
スラムの外れ、誰も近づきたがらない場所、ゴミ山だ。
(近づきたくない気持ちは分かる。鼻が死ぬ)
瓦礫と廃材が積み上がり、小山というよりは小さな崖に近い。ハエが群れ、時折、何かが崩れ落ちる鈍い音がする。
子供の姿は、ほとんどない。
理由は簡単だ。
危ない。
汚い。
そして、何もないと思われている。
(だからこそ、だ)
俺は布切れで口元を覆い、足場を確かめながら登り始めた。
ぬかるんだ土が靴代わりの薄布を通して染み込み、冷たさが足の裏に伝わる。
(前世だったら即労災案件だな)
崩れかけた木箱をどかす。
中は空。だが、底に金属片が残っていた。
錆びているが、厚みがある。
(鉄……いや、鋼か?)
指で弾くと、鈍い音。
完全なゴミじゃない。
周囲を見回す。
割れた陶器。
裂けた革。
曲がった釘。
(ここ、資源の墓場じゃん)
前世で何度も見た光景が、頭をよぎる。
廃棄されたパソコン。
まだ使える部品。
価値を知らないだけで、捨てられるもの。
(世界が変わっても、無駄は同じか)
俺は、使えそうな物を分別し始めた。
金属。布。革。
特に、紐状のものは念入りに集める。
(縛れる、吊れる、繋げる。用途が多い)
汗と汚れで、手が黒く染まる。
臭いは最初より気にならなくなっていた。
(慣れって怖いな)
しばらくして、背後に気配を感じた。
「……何してんだ?」
振り向くと、昨日の顔に痣のあるやつが立っていた。
距離は保っている。警戒している目だ。
「宝探し」
「ここに?」
露骨に疑う顔。
(正常な反応です)
「お前、何も出ないぞ」
「知ってる。だから拾う」
俺は、手に持った金属片を見せた。
「これ、使える」
少年は一瞬黙り、鼻で笑った。
「そんなもん、腹の足しにもならねぇ」
「直接はな」
(間接って概念、まだ早いか)
説明はしない。
説明する価値があるほど、成果は出ていない。
少年は興味を失ったのか、肩をすくめて去っていった。
(今はいい)
さらに奥へ進む。
崩れた家具の下から、革袋を見つけた。破れているが、修理すれば使えそうだ。
(収納、大事)
しばらくして、集めた物を布に包む。
量は少ないが、確実に“何か”だ。
帰り道、スラムの端にある小さな露店に立ち寄る。
裏市場と呼ぶには小さすぎる、非公式な取引場所。
男が、俺の包みを覗き込む。
「……子供が持ってくるもんじゃねぇな」
「価値は?」
男は、金属片を噛み、革を引っ張り、布を撫でる。
「パン一切れ」
少ない。だが
(ゼロじゃない)
「二切れ」
「欲張るな」
一瞬、睨み合う。
俺は視線を逸らさず、静かに言った。
「明日も、持ってくる」
男の眉が、僅かに動いた。
「……毎日か?」
「拾える限り」
沈黙。
そして、パンが二切れ、置かれた。
(交渉、成立)
パンを受け取り、路地裏へ戻る。
昨日より、足取りが軽い。
(殴られてない。腹も満たせる。進歩だ)
ゴミ山を振り返る。
誰も見向きもしない場所。
だが、俺にははっきり見えていた。
(ここは、宝の山だ)
スラムの底で、俺はようやく“稼ぐ”という選択肢を手に入れた。




