噂の修正
噂は、朝より夜の方が速い。
王都裏の空気は、夕方になると一段重くなる。
昼の汗と、夜の酒と、言い訳が混ざる匂い。
(この時間が一番、よく流れる)
路地裏の酒場。
入口の布が、脂で黒ずんでいる。
(掃除する気ないな)
中は、湿った木と、安酒の匂い。
床が少し粘つく。
(血じゃないだけマシか)
奥の席。
影の深い場所に、情報屋がいた。
小柄で、目だけがやけに鋭い。
(目で値段を測るタイプ)
「早いな」
低い声。
(こっちは、遅すぎるくらいだ)
「噂が、変な形になってる」
俺は、椅子に座らず立ったまま言う。
(座ると、主導権取られる)
「事故の話」
情報屋が、杯を揺らす。
(もう知ってるな)
「事故で終わらせたい」
即答。
(本音だ)
「終わらない噂もある」
(そりゃそうだ)
酒の匂いが、鼻を刺す。
(酔ってるふりして、全部聞いてる)
「“生き残ったガキが切り捨てた”」
情報屋が、楽しそうに言う。
(……最低だな)
「修正できるか?」
情報屋は、肩をすくめる。
「可能だが、高いぞ」
(来た)
「一つ、噂を足す」
「どんな?」
情報屋は、身を乗り出す。
「“運びは二人だった”」
(……)
「一人が判断し、一人が止めた」
(ミラか)
「止めた方は、最後まで確認した」
(……)
「それで?」
俺は、喉を鳴らす。
(続きを言え)
「だから、完全な切り捨てじゃない」
(逃げ道を作る噂)
俺は、考える。
(俺の評価は下がるが)
(ミラは、守られる)
(……それでいい)
「やってくれ」
短く言う。
情報屋は、にやりと笑った。
「噂は、生き物だ」
(知ってる)
「餌をやれば、方向を変える」
(だから嫌いなんだ)
店を出る。
夜風が、酒の匂いを切る。
(少し楽になるな)
だが、胸の奥は重い。
(俺が、噂を使った)
ミラが、外で待っていた。
街灯の下。
影が、長い。
(立ってるだけで絵になるの、ずるい)
「何をしたの?」
真っ直ぐな質問。
(誤魔化せないか……)
「噂を、直した」
「……どうやって」
(言うしかない)
「役割を分けた」
ミラが、眉を寄せる。
「私を、使った?」
(そう聞こえるよな)
「ああ」
(……)
「利用した?」
ミラの声は、静か。
「そうだ」
(正解)
俺は、息を吐く。
(ここで否定したら、もっと最低だ)
認める。
空気が、冷える。
「でも」
続ける。
(言うなって声が、頭で騒ぐ)
「これで、次に切られるのは俺になる」
(事実だ)
ミラは、少し黙る。
遠くで、笑い声。
(世界は、通常運転)
「それでも?」
「それでも」
俺は、頷く。
(役割を分けるなら、覚悟も分ける)
ミラは、目を伏せる。
「……ずるい」
(知ってる)
「一人で、汚れるつもり?」
(もう汚れてる)
「一人じゃない」
ミラが、顔を上げる。
目が、強い。
(やめろ、その顔)
「次から」
言葉を区切る。
「私も、選ぶ」
(来たな)
夜の空気が、少しだけ変わる。
(噂は修正した)
(でも、流れは止まらない)
俺たちは、
もう噂を「聞く側」じゃない。
(流す側だ)
それが、どれだけ汚れてるか
分かってるつもりで。




