裏切りの条件
夜の王都裏は、静かすぎた。
人がいないわけじゃない。
息を潜めているだけだ。
(嵐の前ってやつだな)
荷は、軽い。
軽すぎる。
(これ、本当に“表の荷”か?)
布に包まれた木箱を背負う。
木の匂いが、鼻につく。
ミラが、先に立つ。
足取りは迷いがない。
だが、速すぎる。
(急がせたい理由がある)
路地を三つ。
橋を一つ。
本来の経路から、
半歩ずれている。
(……いや、これは)
「ねえ」
ミラが、低い声で言う。
「地図と、違う」
(気づいたか)
「近道だ」
俺は、そう答える。
(嘘じゃない)
だが、正確でもない。
路地の匂いが、変わった。
湿った石。
鉄。
血の、乾いた気配。
(使われてない道だ)
箱が、少し鳴る。
(中、動いた?)
足が止まる。
(いや、錯覚だ)
「この荷」
ミラが、振り返る。
「中身、聞いてない」
(聞くなよ、今)
「表だ」
「……信じてるの?」
(痛いとこ突くな)
遠くで、金属音。
誰かが、落とした。
(監視、いるな)
「ズレてる」
ミラが言う。
「量も、道も、説明も」
(全部正しい)
「ズレてるのは、普通だ」
(裏ではな)
「普通にするな」
足が止まる。
風が、冷たい。
(ここか)
「引き返そう」
ミラの声は、強い。
「今なら、切られない」
(甘い)
「切られる」
俺は、即答する。
「ここで止まったら」
沈黙。
箱が、また鳴る。
(……やっぱり)
「この仕事」
ミラが、言葉を選ぶ。
「誰かを、切る前提で組まれてる」
(正解)
「私たちか、別の誰か」
(どちらか)
「だったら」
「だったら、進む」
俺は、言った。
声が、思ったより低い。
(自分で引いた線だ)
ミラが、俺を見る。
初めて、怒りを隠さない目。
「それが、生き残り?」
(生き残りだ)
「それが、あなたのやり方?」
(そうだ)
口にすると、
もっと汚くなる。
「ここで戻れば」
俺は、言う。
「代わりが出る」
ミラの息が、止まる。
(来た)
「誰かが、代わりに死ぬ」
言葉が、重い。
「それでも?」
(それでも)
ミラは、拳を握る。
震えている。
「……最低」
(知ってる)
「でも」
続ける声が、震える。
「正しい」
(それが一番きつい)
俺は、目を逸らす。
(初衝突だな)
「条件がある」
ミラが、言った。
「最後まで、私が確認する」
(譲歩かな?)
「一つでもおかしかったら、止める」
(覚悟を決めたな)
「わかった」
俺は、頷く。
(これが、裏切りの条件)
再び、歩き出す。
距離が、少しだけ空いた。
(近すぎても、遠すぎても駄目)
夜は、まだ深い。
この仕事が、
俺たちの線を、
はっきりさせた。
戻れない線を。




