商会の顔
石畳は、きれいすぎた。
踏むたびに、靴底がはっきり音を立てる。
スラムの土とは、まるで別の世界だ。
(掃除されすぎだろ……)
グレイフォール商会。
表通りに面した建物は、白い壁と大きな窓。
光が、よく入る。
扉を開けた瞬間、匂いが変わった。
紙。
香料。
金属。
商会の匂い。
ミラの足が、一瞬だけ止まる。
(来たな)
受付の女が、柔らかく微笑む。
「ご用件は?」
声も、柔らかい。
「仕事の話」
そう言うと、女は俺たちを見下ろした。
子供二人。
一拍。
それでも、笑顔は崩れない。
「少々、お待ちください」
(教育、行き届きすぎだろ」
通された応接室は、明るい。
花まで飾ってある。
(スラムじゃ、一日ももたねぇ)
現れたのは、初老の男だった。
灰色の髪。
落ち着いた声。
「初めまして。
グレイフォール商会の、エルドです」
(商会長かよ)
握手を求める手。
温かい。
(嫌な予感しかしない)
「君たちが、例の“運び屋”だね」
“例の”。
言い方が、軽い。
「危険な仕事だったと聞いている。怪我は?」
「ない」
ミラが答える。
短く、感情を殺した声。
エルドは、満足そうに頷いた。
「素晴らしい。
若いのに、実に冷静だ」
(人を見る目、間違ってるぞ)
紅茶が出される。
甘い匂い。
俺は、口をつけなかった。
「商会としてはね、
君たちのような“実行力のある人材”を大切にしたい」
(人材、ね)
「ただ」
エルドは、少し困った顔をした。
「規則というものがある」
来た。
「我々は、清廉な商会だ。
危険な品は扱わない」
(嘘つくの早い)
「裏で動いたのは、現場の判断だ」
ミラの指が、わずかに動く。
机の端。
(思い出してる)
「だからこそ、我々は責任の所在を明確にする」
笑顔のまま。
「君たちのような、名前の残らない仕事は……助かる」
(本音、出たな)
空気が、冷えた。
ミラが、顔を上げる。
その目を見て、エルドは一瞬だけ、固まった。
「……失礼。どこかで、お会いしましたか?」
沈黙。
ミラは、首を振る。
「いいえ」
(嘘だ)
エルドは、軽く笑った。
「そうか。
誰かに似ていた気がしてね」
俺は、口を開いた。
「条件の話を」
エルドが、俺を見る。
「運び屋が捕まった場合」
俺は淡々と続ける。
「商会は、切り捨てる」
エルドは、否定しない。
「合理的だ」
(やっぱり)
「だが」
俺は言う。
「次は、切られる前提で動かない」
エルドの笑顔が、ほんの少しだけ硬くなる。
(効いてる)
「君は……面白い」
それは、褒め言葉じゃない。
評価だ。
「今日は顔合わせだ。 詳しい話は、後日」
立ち上がり、握手。
帰り際。
ミラが、ふと足を止めた。
壁に掛かった、商会の印。
灰色の紋章。
その下に、小さな刻印。
(……父の)
ミラは、何も言わずに背を向けた。
外に出ると、光が強すぎた。
「大丈夫か?」
俺が聞くと、ミラは短く答えた。
「平気」
(平気な顔じゃねぇ)
商会の扉が、閉まる。
中では、きっと誰かが言っている。
使えるか。
切れるか。
俺は、決めた。
(この笑顔、覚えとく)
優しい顔ほど、
信用できない。




