依頼の裏
夜は、静かすぎた。
荷車の軋む音すら、抑えられている。
木箱を抱える俺の腕が、じっとりと汗ばむ。
(毒運び。冗談じゃない)
箱は軽い。
だが、気配が重い。
ミラが、前を歩く。
足取りは慎重で、迷いがない。
「……匂う」
小声。
「やっぱりか」
(漏れてる。量は少ないが、確実に)
王都へ続く街道は、昼間とは別物だ。
松明の数が増え、見張りが立っている。
(検問、三つはあるな)
最初の検問。
「止まれ」
兵の声が、乾いている。
ミラが、自然に一歩前に出た。
「拾い物を運んでる」
(雑だな、おい)
兵は、俺たちを見る。
子供二人。
箱を見る。
「開けろ」
(来た)
俺は、箱に手をかけ止めた。
「壊れやすい」
声が、思ったより冷静に出た。
(前世の社畜スキル、役立つな)
兵は、眉をひそめる。
「なら置いていけ」
(それは無理)
次の瞬間、
別の兵が、手を振った。
「いい。行かせろ」
目配せ。
(……上がいる)
通過。
背中に、視線が残る。
(最初から通す前提か)
歩き出してすぐ、ミラが囁いた。
「囮」
「だな」
検問は、俺たちを見るためのもの。
止める気は、最初からなかった。
(失敗しても、想定内)
街道を外れ、森へ入る。
湿った土の匂い。
虫の羽音。
そこで、俺は気づいた。
(足音、多い)
後ろ。
距離を保って、ついてくる。
(護衛?それとも、始末役?)
ミラも察したらしい。
歩幅が、僅かに変わる。
「どうする?」
「逃げ道、作る」
木箱を、少しだけ傾ける。
(漏れたら、終わりだぞ……)
だが、毒の匂いが強くなる。
後ろの足音が、止まった。
(効いたか)
森を抜け、倉庫が見えた。
明かりが、一つ。
(終点)
倉庫の前には、商会の男が立っていた。
「無事か?」
無事、という言葉が軽い。
「尾行がいたぞ」
俺が言うと、男は肩をすくめた。
「想定内だ」
(やっぱり)
「捕まったら?」
「運び屋の責任」
(再確認しなくてよかった)
男は、箱を受け取る。
素手で。
(慣れてやがる)
「次も頼む」
俺は、一歩引いた。
「条件が違う」
男の目が、細くなる。
「ほう」
「俺たちは、囮じゃない」
沈黙。
ミラが、静かに言う。
「使い捨てなら、次はない」
男は、少しだけ笑った。
「……面倒なガキだ」
(生き残るガキです)
「考えておく」
曖昧な返事。
(信用ゼロ)
帰り道。
夜明け前の空が、白み始めていた。
「次、どうする?」
ミラが聞く。
俺は、答えた。
「商会の裏を調べる」
(使われるなら、知る側に回る)
毒より危険なのは、
仕組みそのものだ。




