危険な依頼
夜の裏市場は、音が少ない。
人の声も、足音も、わざと抑えられている。
代わりに、布が擦れる音と、息遣いだけが残る。
(静かすぎるのは、だいたい危険)
指定された場所は、裏市場のさらに奥。
明かりの届かない倉庫跡だった。
先にいたのは、一人の男。
身なりは整っている。
靴は汚れていない。
この場所に似合わない。
(商会だな)
「来たか」
男は名乗らなかった。
必要がない、という態度だ。
「運びの仕事だ」
簡潔。
だが、声音が軽い。
(軽い説明ほど、重い中身)
男は、足元の木箱を指した。
小さい。
だが、金具が多い。
「王都手前の倉庫まで。
子供が運べば、目立たない」
(理屈は合ってる。嫌なほど)
「報酬は?」
俺が聞くと、男は即答した。
額を聞いた瞬間、
心臓が一度、跳ねた。
(高すぎる)
ミラも、黙ったまま視線を動かす。
「中身は?」
男は、ほんの一瞬だけ間を置いた。
「薬だ」
(……嘘)
俺は、木箱に近づいた。
鼻を近づける。
微かに、刺激臭。
(毒か⁈)
前世の知識が、警鐘を鳴らす。
密封されているが、完璧じゃない。
(これが漏れたら、運び手が死ぬ)
「検問は?」
「ある」
(あるのかよ)
「捕まったら?」
男は、肩をすくめた。
「運び屋の責任だ」
(ですよねー)
ミラが、低く言う。
「使い捨て?」
男は否定しなかった。
沈黙が落ちる。
(逃げるなら、今だ)
だが
(逃げたら、何も残らない)
俺は、息を吸う。
「条件がある」
男の眉が、わずかに動いた。
「言ってみろ」
「成功後、次も直接話をする権利」
「ほう」
「失敗時、俺たちを売らない」
(守る保証じゃない。
切らない保証だ)
男は、少し考えて笑った。
「ガキにしては、欲張りだ」
(生き残るには、これくらい要る)
「だが、いいだろう」
軽い返事。
(信用できないな)
男は、木箱を押し出した。
「明日の夜だ」
俺は、木箱に手を置く。
冷たい。
(もう戻れないな)
ミラが、隣に立つ。
「本当に、受けるの?」
「受ける」
迷いは、ない。
(断れば、また底だ)
男は、背を向けた。
「死ぬなよ」
(善意じゃない)
倉庫の扉が、軋みながら閉じる。
闇が、濃くなる。
俺は、木箱を抱えた。
軽い。
だが、命が詰まっている。
(これが、俺の値段か)




