スラムに広がる噂
視線が、刺さる。
背中に、腕に、足元に。
昨日まで感じなかった重さだ。
(……ああ、もう回ってるな)
水汲み場へ向かう途中、
誰も声をかけてこない。
それが逆に、分かりやすい。
桶を下ろすと、金属が鳴る。
その音に、何人かの肩が跳ねた。
(そんなに警戒されるとは思わなかったが)
水面に映る自分の顔は、
相変わらず痩せて、汚れている。
(見た目は、ただのガキなんだがな)
「……なあ」
声をかけてきたのは、
顔に古い傷のある男だった。
(大人、か)
「お前だろ」
「何が?」
「仲間、切ったって」
(直球すぎる)
俺は、桶の水を揺らす。
「まあな」
周囲が、静まる。
男は、俺を観察するように見た。
「後悔は?」
(……すると思うか?)
「ある」
それだけ答える。
(正直に言うと、余計に怖がられるんだよな)
男は、ふん、と鼻を鳴らした。
「ならいい」
(いいのか?)
「情だけで動くやつは、信用できねえ」
男は、それ以上何も言わず、去った。
残った空気が、重い。
路地を進むと、
ミラが壁にもたれて待っていた。
「噂、早い」
「スラムだからな」
(拡散力だけは一級品)
「孤児が寄りつかなくなった」
「予想通りだな」
(ちょっと、胸は痛むが)
代わりに、別の気配が増えた。
視線に、重さがある。
計算する目だ。
「利用したい連中が、増える」
ミラが言う。
「面倒だな」
「でも必要」
(どっちも正しい)
裏市場の入口。
いつもより、人が多い。
耳に入る声が、変わった。
「あのガキだ」
「噂の?」
「盗賊が、認めたらしい」
(尾ひれ、ひれつきすぎ)
俺は、深く息を吸う。
(目立つ=危険)
だが、もう隠れられない。
露店の裏で、
一人の女が声をかけてきた。
「仕事、受ける?」
フードで顔が見えない。
(来たか)
「内容次第」
女は、少し笑った気がした。
「そう言うと思った」
(テンプレ対応、やめてほしい)
「夜、ここに来な」
それだけ言って、消える。
ミラが、低く言う。
「危険かも」
「間違いないな」
(でも、避けられない)
俺は知っている。
噂が広がるということは、
選択肢が増えるということだ。
良い選択肢も、
悪い選択肢も。
スラムは、もう俺を
“ただの孤児”としては見ていない。
次に来るのは、依頼。
それも、
後戻りできない類の。
俺は、夜の方角を見た。
(さて、値段交渉の時間だ)




