幕間 スラムの噂
最初は、誰かのひそひそ声だった。
「聞いたか?」
「何を?」
「……あのガキだ」
スラムでは、名前よりも特徴で語られる。
頭が回るガキ。
裏市場に出入りしてるガキ。
ミラと組んでる、あのガキ。
「仲間、切ったらしい」
言葉は、埃と一緒に広がった。
朝の水汲み場。
パン屑を分け合う路地。
壊れた壁の影。
「盗賊に売ったやつがいたんだと」
「で?」
「庇わなかった」
短い沈黙。
誰かが、鼻で笑った。
「賢いじゃねえか」
別の誰かは、唾を吐いた。
「ガキのくせに、やりやがる」
評価は、割れた。
だが、共通していたのは
「近づくな」
という判断だった。
孤児たちは、距離を取った。
助けを求める目が、減った。
代わりに、大人たちの視線が増えた。
「使えるか?」
「危ねえな」
「裏切られたら、終わりだぞ」
スラムの大人は、よく分かっている。
情より先に、計算が来るやつが
一番、厄介だということを。
裏市場の端では、別の噂も流れた。
「盗賊が、認めたらしい」
「ガキを、だ」
笑い声は、出なかった。
その日の夜。
スラムの片隅で、誰かが言った。
「あのガキには、値段がある」
それは、褒め言葉ではない。
警告でもない。
取引の、始まりだった。
スラムは、静かに理解した。
あの少年はもう、
“守る側”ではない。
選ぶ側だ。




