カボチャ畑のジャックオーランタン
口の中に広がる優しくまろやかな風味。
甘く、中毒性すらあるようなそれは、餓えた体の端々までに染み渡っていくよう。
しかしそれでも、決して満足感は得られない。この乾いた体は、これからもずっと満たされることはないのだ。
口角から流れ落ちる雫は、じわじわと地べたを濡らす。
ベッドのように生えている生気の抜けた枯れ草も、こぼれ落ちた体液で赤黒く色づいていた。
そこに横たわるは、陶器のような肌をした美しい黒髪の女。
月明かりに光る青白い首筋はパズルピースの様にぽっかりと穴が空き、抉れたそこからは鮮やかな肉と筋の繊維、骨が見えて食欲をそそる。
「……あ……ぐぅ……」
時折聞こえる微かな呻き声と、空気が漏れでるような息遣い。
はじめはビクビクと跳ねるように動いていた体も、齧り、咀嚼するごとに次第に大人しくなっていった。
あぁ、次はどこを食べよう。
胸元の肉は柔らかくて触り心地がいい。それに短い裾から見えている大腿部も、ふっくらとして食べごたえがありそうだ。
口を開け、涎とも体液ともわからないものを垂らしながら呆然と考えを巡らせる。
そして、思わず見入ってしまうほど美しい女の瞳には、おぞましい姿の化物が映っている。
誰だあれは……俺は、こんな化物のような姿ではないはずだ。
綺麗に光る茶色い大きな瞳。オレンジ色の虹彩は、花びらのように瞳孔を囲っている。
しかしその美しい瞳も今は生気を失い、女の表情に命の輝きは無い。
そんな時、右腕にさわさわと何かが当たる感触があった。
見ると腕には、操り人形のような動きで女の指が触れている。
驚いた。もう動かないと思っていたのに。
嬉しいサプライズに、思わず口角が吊り上がる。
「…………ご、め……んね」
蚊の鳴くような声が途切れ途切れに聞こえた。
ごめん? 何だ……一体、何のことを言っている。
その言葉を最後に、女は今度こそ完全に動かなくなった。
バタりと落ちた腕、その手の薬指に光る指輪が目に止まる。
しばらくそれを見つめて、恐る恐る自分の左手を見た。
薬指には、同じ形の指輪がはめられている。透明の小さな宝石が飾られた指輪。
それを見た瞬間、脳みそをガクガクと揺さぶられるような気持ち悪さが襲う。
映画のフィルムのように、脳内にフラッシュバックする映像。
太陽の下、弾けるような笑顔を向ける女。
ソファーの上で悲しげに俯き、涙をこぼす彼女。
純白のドレスを纏い、女神のように優しく微笑み、口づけをした……最愛の人、紗雪
「あ゛あ゛……あ゛……」
紗雪……紗雪……
どうして……俺は紗雪に……こんなことを……
血に濡れた両手で顔を覆う。
皮膚が破れるほど爪が食い込んでも、体は痛みすら感じない。
いくら頭で言葉が募っても、口から出てくるのは醜い呻き声ばかり。
獣のように光る目には、涙すらたまらない。
散々食いつくした愛しい人の体を、強く、骨が軋む程に抱きしめた。
それでももう、彼女は動かない。細く白い腕は、もう俺を抱きしめてくれない。
◇
目の前には、不思議な光景が広がっていた。
夜を忘れるほどにネオンが光る通りには、おびただしい数の人、人、人……
けれどそこに普通の格好をしたものはいない。
皆、血塗れの怪物のような姿ばかり。
「あ、お兄さん? なんか落ちましたよー…………えっ……いやぁ!!」
若い女の声で地面を見ると、ガラス玉みたいに綺麗な瞳がひとつ転がっていた。
あぁ、落っこちてしまったのか……ごめんね、紗雪。
俺はそれを拾い上げ、脇に抱えていた紗雪の窪みに戻してあげた。
女は走って逃げていったけれど、街の騒ぎは俺には向かない。
偽りの怪物たちに紛れて彷徨えば、知らず知らずに腹が鳴る。
無意識にゴクリと喉を鳴らすと、だらしなく開いた口から涎が伝った。
あぁ……また腹が減る……




