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一話 いつかまた

俺の名はアルバート・テッド。まるで苗字が並んだみたいな変な名前だとよく言われる。外国から日本へ来て、もう3年が経った。生活にはすっかり慣れて日本語も上手に話せるようになった。自分の成長に浮かれて口角がニヤける毎日だ。何事もなく暮らし、何事もなく東京で仕事をしていた。然しそんな日常はあっという間に崩れ去ってしまったのだ。

 仕事帰りで疲れていた俺は、コンビニで購入したオムライスの弁当の入った袋を下げて帰っていた。静かな道だ、冬の夕方はまるで真夜中の様に真っ暗で街灯の灯りが眩しいとさえ思える。人通りも少ない路地裏で近道をしたその時、大きな音で携帯が鳴り始めた。


「わっ…!なんだよ、こんな時間に……。母さん?」


 嫌だな。そう思ってしまうのも無理はなく、日本人と結婚した母親は直ぐに離婚して俺が幼い頃から毎日の様に「あなたさえ産まなければ」と言われ続けてきたのだから。


「あ、テッド?久しぶりね。日本では上手くやってる?アンタもいい歳なんだから早く可愛い彼女でも作って結婚して、私に孫を見せてちょうだいね!そうじゃないと、私が孤独死しちゃうわよ。」


「うん、もちろんだよ母さん。上手くやってるし、仕事でも優しくしてくれる女性がいるんだ。」


 それでも俺は、〝道化師〟だ。機能不全家族で育つとこの様な役割を課される事がある。俺は道化師タイプだった。何を言われても、理解ができなくても、家の空気が悪くならないように母親の機嫌を損ねないように、笑って誤魔化しその場を保つ。幼い頃は無意識にそれをしていたから、特別苦には感じなかったものの、大人になった今ならわかる。相当なストレスを溜めて生きてきたんだと。ぶっちゃけ、もう死にたかった。彼女なんて要らないんだ、そもそも友達すらいらない。仕事でも日常でも、ほんの少しのミスひとつで人間扱いじゃなくなってしまうというのに、そんな中どうやって人を好きになれというのか、俺にはいつまで経ってもわからなかった。そして何せ、他人のために生きていないんだ。


「あら、それはよかったじゃない!安心したわ、また電話かけるわね。日本だって広いんだから免許取りなさいよ?仕事も直ぐに辞めないこと!どこに居たって嫌な上司一人は必ずいるんだから。それくらいで落ち込んでちゃダメ。あと、貯金もしなさい。余裕ができたら彼女連れて戻ってきて?結婚の申し出なら何時でも大歓迎よ。じゃあね愛してるわテッド。おやすみなさい」


「…はぁ」


 誰でも分かるものではないんだろうな。やたらと長い今の電話は、全て心配でも何でもなく母親の願望、ただそれだけの電話だったことに。

 朝から夕方までいい1日だと思えても、この言葉を聞く度思い出す度、1日が一気に台無しになる。いつもこうだ、もう嫌気がさしている。

 そんな事を頭でぐるぐると考えながら帰路を辿ってアパートに帰った。やっとのことゆっくり出来ると思ったが、ドアの前には会社の同僚が立っている。何やら焦っている様に見えた。


「田中さん、どうしたんですか?俺の家なんかに来て…」


 遊びに来たようは思えない。荷物を何も持っていなかったから。1歩近寄ると、両肩を捕まれ周りに聞こえない様な囁き声で田中は話し始めた。


「なぁテッド、お前と仲のいい佐々木さんいるだろ?」


「ああ…佐々木さんが何か?」


 佐々木さんとは、仕事で優しくしてくれている女性だ。若く綺麗な女性の様で、周りの男の人からは人気がある存在だった。いかにもアニメのヒロインだ。

「実はな…俺佐々木さんを家に誘ってそういう流れになって、その…」


 その手の話か。俺は性的な話が苦手だった為か、無意識に視線が逸れてしまう。出てきた相槌も上の空だ。


「ノっちゃったからさ、勢いで避妊忘れて、妊娠させちまったみたいなんだよ…!!」


「……………は?」


「そうだよな、最低だよな…でもお前仲良かったからさ、俺金ないんだ…病院連れてってやってくれよ!いいだろ?佐々木さんも恥ずかしくて病院に行けねぇって言ってたし、俺は怖くて連絡先消しちまったし…」


 そういう行為をした事、俺に後処理をさせようとしてくること。これに対して顔を顰めた訳ではない。一瞬の快楽に身を任せ、産まれてくる命の責任も取れずに道具やゴミにする。それがどれだけ産まれてくる子供にとって一生の足枷になるかを、恵まれて育ったこいつにはわからないのだろう。俺の母親もそうだった。だから、勢いで田中の頭をぶん殴った。


「い゛…ッてぇ!!何すんだよ!そんなに佐々木さんを傷つけられたことが辛いのか?それは、そうだよな…ごめんなさ──」


 最後の一言まで告げる頃には、田中の首はパックリと切れている。迷うことはなかった。あんな電話の後、余裕なんてあるわけない。鞄の中に入れている仕事用の鋏で切ってやったんだ。大量に溢れ出る血液が玄関に染み込んでいく。何か、今まで耐えていた糸が、田中の首と同時にぷつんと切れたようだった。この血の量、きっと話すことも生きることも長くは続かないだろう。


「佐々木さんもどうでもいいよ。受け入れたそっちも気持ち悪い。もちろん無責任なお前も。同じくらいな」


 悶え苦しむ声や姿に背を向けて、俺は直ぐに佐々木の家まで行こうとバスを待った。迷いや悲しみや苦しみ、絶望なんかではない。この鋏の切れ味は悪くなっていないか?家にちゃんと居るだろうか。そんな事ばかり当たり前のように考えていた。

 そして約1時間後、俺は佐々木と書かれた家の前に足を止め、インターホンを押した。何度鳴らしても出てこないので、小さく舌打ちをして激しく扉を叩く。すると怖くなったのか、怯えた顔で無理に笑顔を作る彼女が家から出てきた。


「あれ?アルバートさん…仕事帰り?ごめんなさい、最近仕事休んじゃって」


 そうヘラヘラとするので、余計に自分を見ている様で腹立たしい。手持ちの鋏で首を挟み、何度も、何度も傷口を其の刃で刺してやった。返り血を浴びるのが、まるで仕事終わりにシャワーを浴びる様な快感で笑顔さえ溢れる。生まれて初めて自由を手にしたようだ。


 そうして流れたのは約2年。俺はあれから道端で男女のカップルを見ては殺すことを繰り返している。毎日鞄に大きな包丁を幾つも入れて。友達だったなんて関係ない、一緒に歩いていたらそれだけで直ぐに殺していた。

 勿論2年も殺人を繰り返していれば、テレビをつける度に自分の顔が映る。其れを眺めては笑みが零れるばかり。いい気味だ。愛に塗れて幸せだと勘違いしている者達が怯え逃げ回る姿は。俺は捕まらないように遠くへ逃げ、身を潜めていた。

 月日は経ち、俺は物忘れが増えたと思えば病院でアルツハイマー型認知症だと診断された。その頃にはもう、テレビをつけて自分を探す番組が流れると何故警察が自分のために動いているのかまるで理解できなくなっていた。焦ることもなく、ふと思い立って近くの駅まで出掛け電車を待っていた。


「キャアア!殺人鬼がいるわ!!!!」


 突然叫び始めた女性が、震えた指を此方に向けている。


「え…?」


 自分のことかどうかなんて勿論病気の俺に思い出せる訳もなく、周りに合わせて距離を取る人達に不快感も不思議と覚えなかった。


「もしもし警察ですか?!早く!アルバートが居るんです!」


 そう俺の名前を女性が警察に伝えた途端、周りの人達もザワザワと話し始めたり逃げ始めたりした。


「まもなく電車が参ります。安全のため、黄色い線の内側に─」


 電車が来る知らせが駅に鳴り響いた。警察が来て、自分を捕まえてしまうかもしれない。冤罪で?本気でそう思い込む。

 そうして待っていた反対側の電車が来た時、焦ったように線路に飛び降りて反対側の線路まで走り奥の隠れる場所へ身を潜めたものの、最後まで逃げ切ることは叶わず、出てしまっていた足の膝下が両足分電車に轢かれて持っていかれた。


「ぐぁアアアアアアアア!!!!」


「きゃアアアアアアアアアアアア!!!!」


 最早殺人現場だ。ホームに痛みに苦しむ俺の声と、飛び散った血や轢かれ裂かれた脚を目で追ってしまい叫ぶ人達の声が響き渡る。まずい。警察がくれば直ぐにでも助け出され、病院に入れられるだろう。痛みで息が荒れる中、俺は思い切りコンクリートの壁に頭を何度も打ち付けた。更に煩くなる駅のホームで、俺だけが聞こえる音が遠ざかっていく。全ての光景が、スローモーションの様に映っていた。双眸は開いた儘、俺は意識を完全に手放したのだ。

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