表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/30

ロミオの部屋にて


 鼓動がうるさい。なんかの病気だったなら良かったのに。ピュアで可愛い一目惚れってもんじゃない。僕だってこれまで、誰かを好きになったことはある。小学生や中学生の時とか。席が隣になった子とかに。良くあるやつだろ?

 だから、たった一目見ただけでこんなに想いに駆られたのは、初めてだった。それこそ僕の意志を無視した誰かの執念のような……。

 


 ――という事で、久しぶりに誰かを好きになるのを味わったけど。惚れるってこんな感じだったっけ? 久しぶり過ぎて分からないけど。やっぱり狂ってるよな?


 強制的とも言えるこの発作(ねつ)は、トラウマにもよく似ていた。

 入院中に呼吸が上手く行かなくなって、ナースコールを押そうとして地震が起きた。身体は上手く動かないし、ボタンは左右に揺れ、捕まえられない。次第に地震は収まり、なんとかなりはしたけど。そのほんの一分に満たない揺れの時間がトラウマなった。

 助けを求めるボタンを押せずにどうしたら良いのか恐怖が押し寄せる感覚が、全く同じようにまた味わう。大したことない震度なのに。これは、感情と剥離した身体の反応で、コントロールなんてできなかった。


 勝手に、身体や感情があの日を再現してしまう恐怖。それと一緒で、僕の気持ちは関係なしにジュリエットに心奪われる。まるで病気にかかっているみたいだった。恐ろしいって思うのに、物語通りに運ばれてたまるかって思うのに、理性が負けていく。


 ジュリエットの瞳を見ていると、僕がここで手に触れても拒まれやしないはずだ。


「こっち」

 逃げる途中、ジュリエットの追っ手らしき人を見かけて建物の影に隠れた。アーチ状になっている窪みは二人が入るには少し狭くて、距離感がかなり近くなる。


 ジュリエットは、僕に手首を完全に掴まれてからは大人しくなった。


「とりあえず、僕の家へ」

「え……。家って」

「君の者たちも、敵対している家までは探しには来ない」

「敵対? やっぱりモンタ――」


 言いかけた言葉を指先で阻止した。

 唇に触れられた彼女は、困りながらも絆されているのが、わかる。このまま嫌がられなかったら、手じゃなくて唇で触れそうになりかけて、慌てて手を引いて走り続けた。

 どうして僕は、こんなことをしているんだろ? ジュリエットに関わったらいずれ死ぬことが分かっているのに。それ以上に衝動が勝る。彼女にもっと触れたい、連れて走りたい、関わっていくことも構わない。ここで終わりは嫌だって思ってしまった。

 念の為彼女には布を被らせる。途中、知り合いに「そいつは誰だよ。彼女でも連れてるのか」とからかわれ、屋敷では使用人が廊下を曲がるのを見届けながら、その隙に走り抜けるなど、いろいろと僕の手腕と度胸が試された。


「ロミオ様、今誰かお連れでは?」

「気のせいだ!」


 そう言って急いで自室の扉を開け、ジュリエットを押し込み、すかさず閉めた。さっきから人の目を盗み走ってばっかだ。こういうのって、心臓が高まりやすいもので、恋に拍車をかけるとかなんとか。吊り橋効果が働いててもおかしくないんだろうな。


「ロミオ、って言われてましたよね。今、たしかにロミオって」

「……ずっと隠すつもりでは無かったけど」


 ジュリエットは途端に真っ青な顔をしている。一気に


「……やっぱりそうなんですね。ごめんなさい。私、会うつもりでは……。すぐに名乗ってくれれば、私は……」

「僕が名乗れば、ここまで着いてこなかったって?」

「……っ! 私、やっぱり帰り――」


 ここに残ってと想いを込め手首を掴むと、ジュリエットの足は止めた。さっきからジュリエットは、僕の言葉に。いや、ロミオの言う言葉を、断れずにいるみたいだった。


「まだ帰らないで」

 ずるい言い方だと我ながら思う。「帰らなきゃ……いけないのに」と葛藤するジュリエットがついには、僕の手を振りほどけないだけじゃなく、遂には握り返す。


「あぁ、本当に……。どうして貴方がロミオなの」

 それからジュリエットは泣きそうになり、目に涙を貯める。

 君も痛感した? こんなに好きでも、大人たちに認められる恋が出来ないことを。僕らの未来は暗く、死しかないって。

 なぜだ。だって君は僕を一目見ただけで。恋に落ちるはずなんて無いわけで。一目惚れが本当にあったとしても、叶わない恋を嘆くほど、深い愛を感じるほど時間を共にしたわけでもなく。普通はありえないのに。


「まさかとは思ったけど……。勘違いであって欲しいって思ってた」

「そうだよ。モンタギューの家名を持つ、ロミオだ。仕方がない」

「いや! 言わないで! その名前を……!」


 ジュリエットは必死に否定しながら両手で顔を覆う。足が振るえ崩れ落ちそうになった彼女を、寸前で受け止め僕の腕の中に収めた。普通は出会ってその日に、ましてや一時間も経たずに人を抱きしめることなんて、おかしいことなのに。僕はなにも躊躇うことなくそれをやり遂げてしまった。ジュリエットもそれを拒まないどころか、少し僕に身を預ける素振りをした。

 

 なんでジュリエットはそんなに泣くんだ? こんな急に二人して燃えあがってさ。……普通は、普通は。本当に普通じゃないくそみたいな世界で、僕はなにをやっているんだ。



 

 この呪いの毒牙にかかっている。まがい物の気持ちだと分かっているのに。これから先、どんなに厄介なことがあっても、誰にも認められなくても。たとえそれが死だとしても、離したくはない。離すくらいなら死んだ方がマシだって湧き上がる。ジュリエットのことを、こんなにも愛おしく思っているんだから。


「……好きだ」



 言葉がこぼれ落ちる。言わずにはいられなくなった。抱きしめていると腕の中で、力が抜けたジュリエットは床にぺたりと座り込む。僕も引きづられるように腰を下ろすと、同じ高さほどになった僕の背中の上。首あたりに腕を回し、ひしと抱きしめ返して来た。


「私も、です」



 声を震わせ、ジュリエットは泣きながらは頷いた。どうしてせっかく両想いだというのに、君は泣いているんだ。僕も男だけど、少しもらい泣きをしそうになった。





 僕は君を守れるだろうか?こんな無力で、争いごとを避け続けた腰抜けと呼ばれた僕が。

 死さえ恐れず、君と最期まで添い遂げられるのか。それともなにか変われるのか。こんな恋に溺らされてるだけの僕が。


 今はとにかく、頭が熱くて堪らない。ぼーっとして世界なんてどうでも良くなっている。


 君が好きで、君も僕が好きで。一瞬にしてこんな奇跡(たいけん)はこの先、生きててもないだろう。

 

 抱きしめていた手を解き、少し離れる。彼女の頬に触れ、少し顔にかかる乱れた髪を耳にかけると、僕を見つめていた瞳は、委ねるようにまぶたを閉じた。それは暗黙の合図で、思わず僕は、無防備になったジュリエットの唇に重ね……。いや寸前で無性に恥ずかしいことをしてることに、急に気づいた。


 まてまてまてまてまて……!なんかムードに流されたけど、抱きしめるは愚か、キスまでするつもりか? 今日会ったばかりだぞ。物語補正がかかりまくって普通じゃない状態のは分かってる。

 

 だけど僕は、そうだよ。前の時代でも女の子にキスしたことはどうせ無いよ。

 小中は片思いだったし、そのあとは病気やらでいろいろあったから彼女なんていた事ない。いくら僕がロミオで、合法的に許されてるとはいえ、調子に乗って女の子の唇を奪うのはやっぱりよくないんじゃないか。


 あれこれ脳内で言い訳をしていると、寸前でストップしたため、一向にされないキスに気づいたのか、ジュリエットはゆっくりと目を開けた。透き通る純粋な瞳に見つめられると、血の巡りが早くさせられる。

 

「わ、私ったらすみません!! 乙女でありながら結婚前に。いえ、私からまるで誘うようになんて……。こんなこと、神様に罰を受けるところでしたわ」


 真っ赤に染め上げた顔は耳まで赤い。ゆうても、僕も多分、君に会ってから終始、赤いはずだ。


「君に恥ずかしい思いをさせるつもりはなかったんだ。……キスをする意志は、あるにはあった。本当だ。惜しいことをしたと思ってる」


 ……って何を言ってるんだ。油断をすればスルスルと恥ずかしい余計な言葉ばかり吐く。良く回るこの口が憎たらしい。どんだけ必死になってるんだ、僕は。


「弁解されなくても、大丈夫です。顔を見れば貴方がどんなお気持ちかがわかりますから。……ですけどロミオ様は、思ったよりも奥手なのですね。いえ誠実と言いましょうか」

「思ったより、も? 僕のなにを知って……」

「いえなんでもないんです」


 ジュリエットは首を振って俯いた。話したくないことなら、それ以上は聞かない。


「そう言えば、パリス伯爵との結婚がどうのって」


 ジュリエットはあまり話たくないのか、歩き出すとバルコニーに出て、息を長く吐いてから口を開いた。

「お父様とお母様が、結婚相手を勝手に決めようとするので。母も十四で結婚し、子供産んだと言われても。それが普通なのは分かってるけど、いざ自分になると。……嫌だと言っても、聞きいてもらえず……」

「君は好きな人はいたのか」

「いません……でした。ですが、いつか必ず現れる自分で決めた人と結婚したいのです。そんなこと、叶うかなんて分からないですが」


 それからバルコニーにまで歩いて行き、ジュリエットは顔を埋めて嘆く。目にはたくさんの涙を浮かべていた。


「家に帰りたくありません。帰ってもどうせ、思ったようには生きられないから」


 空いている左手を握ってやり、ひたすら彼女が落ち着くのを待った。


「こんな気持ちを持ったまま誰かと結婚なんて、考えただけで、死んでしまいそう」

「どうにかして断れないの?」

「おそらく無理です」


 ジュリエットはキッパリと言い放つ。

「私の家で舞踏会があります。そこでパリス様と顔交わせも……」

「じゃ、参加しなきゃいいじゃん」

「それはできません!! 私は親に従うしかないのです」


 ジュリエットは、助けを求めるように僕の手に触れる。


「貴方がもし、舞踏会にひっそりと来てくれるというなら、私はパリス様に会うことも耐えることができるでしょうね」


 張り詰めた目を僕に向けた。なんて、甘え上手な人。遠回しに、結婚の話が進んでいるパリスに会ってもジュリエットのことをほっておくのと、聞かれてるようにもみえた。もう舞踏会でジュリエットに会うのを回避する理由も無くなったし、行っても変わらないか。


「僕が行って、パリス伯爵の間に割って入ればいいの?」

「そんなことまで求めてません!! そんなことしたら、貴方が危険です」


 なんて。そんなことをすれば、僕はつまみ出されるどころかモンタギュー家とキャピュレット家が大戦争しそうだ。



「言ってみただけだよ。さすがに僕もそんなことせる勇気は無いよ」

 でもじゃ、何ができる? 行って見てるだけって。

「そのパリスってやつに会って、話は進めないって約束してくれる?」

「はい。絶対に」

「そんなのできる?」

ジュリエットが僕の追撃によわよわしくなる。

「………善処します」


 絶望的だ。完全に詰みじゃん。


 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ