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誰がジュリエットを死なせた?




「……これを見せても、俺に、冷静にいろというのか…………?」

 

 ティボルトが、青ざめて独り言のように呟いた。

 頼む、信じて欲しい。念を送っていると――


「見よ、皆の者! ロミオがジュリエットを死に追いやったのだ! これこそ呪いの証!」


 パリス伯爵が大衆に向けて声を張り上げた。


「目を覚ますまでだと? ロミオ、この状態でジュリエットが再びまぶたを開けるとでも言うつもりか?」


「違う。ジュリエットは今も生きています!!!」


 僕も負けじと胸から絞り出して声を張った。



「ティボルト、僕を信じてくれるか」

「……ロミオっ」


 はっとした様に、ティボルトは拳を握りしめたあと、片方の膝をついて、身を低くした。ぐったりと僕の膝の上で眠る結夏の額や頬をティボルトは触る。

 

「苦しんだくせに、幸せそうに寝やがって」

 結夏は、息が止まるその瞬間まで笑ってくれていた。

 僕はそれを誰よりも近くで、見ることしかできなかった。

 

「……、そうだ。ジュリエットに必ず起きるから毅然としてろと言われてたんだ」

 


 マキーシュオとベンヴォーリオの目は信じがたそうに揺れる。

「こいつらが、とんでもないことし始めるのは、昔からだろ」

「確かに。ガキの頃、俺らをティボルト(こいつ)に会わせて友達にさせようとしたりな」

「今も友達じゃねーよ」


 ティボルトが素っ気なく言う。剣で争わないでくれるだけで、僕の願い通りだ。

 

 お互いに苦笑いを浮かべると、張り詰めたものが取れたのか、馬鹿らしくなったのか、反対したい気持ちを抑えながら、静かに「分かった。信じよう」とだけ呟いた。


「ティボルト、信じてくれるのか」

「はっ!」


 理解し難い僕らの行動を、鼻で笑る。

「信じてやるよ。ただ、ロレンス神父の薬と、ジュリエットをだ。ジュリエットが勝算が低い賭けに乗るわけないからな」


「そうだよ、ジュリエットは生きてる」

 

 僕の言葉に、ティボルトは頷いた。

 

「生きてるだと? 馬鹿な! このジュリエットの、姿を見て尚、そう言うのか?!」

 パリス伯爵は、苦々しく叫んだ。


「ジュリエットが死んだのは、お前のせいだ! 呪われたモンタギューの子よ! ジュリエットが死ねば誰にも奪われないと思ったか? もし目を覚まさなかったら、どう責任を取る気だ!」


「いえ。僕らは生きて、この結婚を認めさせます」

『ら』を強調して言い返した。



 呪い呪い、と大勢の前で、保身のために叫ぶ。

 社会的な死を道連れにするつもりだろう。剣で刺し合ってはいないが、僕らは譲らず、言葉で刺しあっていた。言われるのも先に広場で事を始めた報いだ。今さら謝るつもりも、逃げるつもりもない。一周目のとき、こっそり二人で逃げて失敗した。だから今回は、みんなに認めてもらえるように全部、受け止めると決めた。

 


 

「何をしてくれた?!」

 

 騒ぎを聞きつけたキャピュレット家の当主と夫人がやって来た。

「お前がジュリエットに強要して飲ませんじゃないのか!? これは死罪に値する!!! 」


「伯父上!ジュリエットが自ら進んで飲んだんですよ。この目で確かに見ました」

 

 僕が答えるよりも前に、間に入ったのはティボルトだった。

 

「お前が傍にいながら、黙って見てたのか?」

「……ジュリエットを死に追い込んだのは誰ですか。ジュリエットが拒んでも、パリス伯爵との結婚押し通したのは?」


 階段に座っている僕を挟み、ティボルトとキャピュレット卿、パリス伯爵が囲み、激しく言い合う。

 この騒ぎでも当の結夏は、本当に深く深く眠り続けていた。

 

 

「ティボルト。なぜ、モンタギューの側につく? お前はキャピュレットの人間だ。いつから、腑抜けになった?」

「俺は、ジュリエットが望むことをして生きただけです」

「私に従え! 裏切るな」

「同じように、モンタギュー家を恨めと……? 恨む理由もなく? 俺には関係ありません」


 ティボルトが息を長めに吐き、呆れたように周りをみた。


「パリス伯爵も、本当に呪いがあると思っているのですか。もし呪いがあるなら、それは、何代にも渡り、憎しみに囚われ続けた俺ら両家そのものが、呪われてたんだよ」


 生き返ったとて、パリス伯爵は“ジュリエットは一度死んででも結婚を拒まれた相手”として、町人たちに見られれば、もう求婚などできないはずだ。


 パリス伯爵もさすがに諦めてくれると良いけれど。ヴェローナ大公の血縁関係もあり、この行為はパリス伯爵のプライドを深く傷つけることになる。だからこそ今、パリス伯爵は必死だ。本当に厄介な相手を敵に回している……。


「僕は、これまでキャピュレット家に危害を加えたことはありません。そして、ティボルトもです。僕らの代で両家の争いを終わらせます」


 ティボルトが言ってくれたものに続いて僕も、みんなに訴えた。

 

「……ならば、ジュリエットが死んだのはどういうわけだッ!」

「ジュリエットは、眠っているだけです」

「その文言! ラザロが墓から目を覚ますとでも言うのか! 一世紀じゃあるまいし、生き返るのを信じるなど馬鹿気てる」


 イエスが起こした奇跡。死者の復活。もちろん僕は神から力をもらってるわけもなく、普通の人間だ。


 ……もし、もう二度と目を開けなかったら。

 そのとき、僕は本当に、彼女を殺したことになる。

 不安じゃないと言えば嘘だけど、信じる。それしかできない。だって、結夏が僕を信じて、この眠りを選んでくれたんだから。

 

 本当のジュリエットも目を覚ました。そして、結夏だって一回目の時にも。これは奇跡ではない。運命だ。

 

 

 


「言い争いは、そこまでだ」

 ヴェローナを治めるエスカラス大公がやってきてこう言った。


「経緯は聞いた。ジュリエットはこうして一人犠牲となった。これは事故ではない。人を殺せば、処罰はされるもの。このジュリエットの命を誰かに責任を取らせる必要がある」


 神妙に大公は言う。側にパリス伯爵がいるものの、大公は僕にしか目を向けなかった。この僕だけに言っている。

「モンタギューの息子、ロミオに処罰を!」


 キャピュレット卿と夫人が願い出る。大公は手をあげ、そして静まるようにと目線を送った。


「ジュリエットが死んだ直接的な責任は、モンタギューのロミオにある。お前がジュリエットと共に、これらのことを計画し、行ったからだ。覚悟はできているな」

 

 ……やっぱり大公は、僕に責任を負わせると決めていたんだ。

「はい」

「良かろう。二日だけ時間をやろう」


 大公は僕がすんなり受け入れたことを褒めた後、すぐに宣言した。

 

「なにが、ですか?」

「死んだ者を幾ら待っても帰っては来ない。二日待ち、それでもジュリエットが起きなければ、ロミオの死をもって罰する」

「ふつか……」


 結夏が起きるのはだいたい四十二時間かかる。ギリギリの時間だ。万が一、結夏の薬の効き目がズレて遅れたら、僕と入れ違いになる可能性だってある。本当はみっかくらいは欲しいけれど……。


「良いな?」


 嫌です、と反論をさせる目ではなかった。大公はもうこれは決定事項だと、目がそう言っている。

 不安になるな、結夏は時間通りに起きる。

 

「十分です」

 僕は顔を上げ、怖さを隠して言った。


「あぁ、エスカラス大公。正しい判断をしてくださった!」


 パリス伯爵は、僕の死を求めて大変喜び、感謝している

 

 もともと『ロミオとジュリエット』は最期には共に死ぬ運命。何度やっても生き抜くことができないというなら、ここで諦める。結夏とも最後だと約束した。

 だけど、絶対にパリス伯爵には結夏を渡さない。死んだとしても結夏を連れていく。



 

 そして。

 ふと見ると判決の一部始終を見ていた母が人集りの中で「あぁあ、私の息子、ロミオが死んでしまう」と嘆く。

 それを見届けた人々は、呪いであり、争い合う両家の報いだ、と同情を込めつつ去っていった。

 


 静かになった教会の前で、結夏の寝顔だけが救いだった。本当に優しく笑っている。

 少し体温の下がり始めた結夏を体を寄せて、抱きしめる。周りで何が起きようとも僕は、顔を上げ、太陽を見、早く日が暮れるのをただ願った。


 

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