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そして、7年後


 友達二人にもジュリエットとの仲を伝えたし、僕らは教会だけでなく町中でも堂々と並んだで歩いた。モンタギュー家の息子とキャピュレット家の娘が、仲良くしているだけでも、ざわつかれるのに……。僕には余計にあの噂がある。


 この光景を見て使用人の目に止まり呼んだのか、キャピュレット夫人は血相を変えて走って来た。


「ジュリエットに近づくのを許しませんよ!」

 

 子供相手にも容赦なく、平手打ちをする。もう一度、振り上げたとき、結夏が守ろうとしてくれたのか、僕の頭に抱きつき庇った。結夏の手や腕。柔らかい体が少し当たる。

 

「お母さま、もうやめてください!!」


 夫人の手がそこで止まる。

「馬鹿な子ね。こんな町中ではしたないわ。……そんなにくっ付いたら、どうなるか分かっているの?」

「ロミオに呪いなんてありません」

「どうかしらね」


 頭に抱きつかれてるまま見上げると、結夏が悔しそうに涙を溜めているのが見えた。


「モンタギューの息子にうちの娘が慕われるなんて、それこそ呪いみたいなものだわ。どうして、他の娘ではなくわたくしのジュリエットが呪いにかからないといけないの? いいこと? 絶対にジュリエットをモンタギューなんかに嫁がせる事は、ありえませんからね」


 夫人はそれだけ言うと、結夏を僕から剥がすと去って行った。

 


「……大丈夫か?」

 マキューシオとベンヴォーリオが、飛んできて僕に手を差し伸べた。

 

「面白いな。ティボルトよりも夫人の方が、手が早いんじゃないか」

「ぜんぜん、面白くなんかあるかよ」

 

 たしかに、三回目ではティボルトに殴られたことはなかった気がする。結構な強さで引っ張叩かれたようで、頬がひりひりした。夫人ではなく、父親に叩かれたら、きっと口の中で血の味がしただろうから、まだマシだ。もしかしたら、僕の父さんにこの後家に帰ったら、叩かかれるかもしれないけど。


「結婚したいって言うけど、本当にできると思っているのか? ほら、見ろよ。町のみんなにもロミオたちは注目されてるぞ」

「覚悟の上だよ」


 僕のあの呪いのせいで、結夏も悪く言われるのも。引き離されるのも。叱られるとしても、隠れてたら意味がない。むしろ、知れ渡ってくれた方がいい。


「また懲りずにやるよ」

 わざとケロっと笑って言うと、ベンヴォーリオは心配そうに「ほどほどにな」とこぼされた。


 もちろん、僕も親に連れ戻される日もあった。

 別の日には、結夏と教会の裏にあるバラ園を眺めていると、ティボルトがやって来ることもあった。

 

「ジュリエット、見つかる前に帰るぞ」

「お母さまが、私たちを探しに来てるの?」

「あぁ。この前、ジュリエットは部屋に鍵をしめられ、罰を与えられたんだぞ。誰のせいだと思ってる? また、そうさせるつもりか」


 ティボルトは、結夏にそっけない態度をとるけど、内心はすごく気にかけているんだろう。僕に厳しい目を向けた。

「怒られても私、続けるよ」

「ジュリエットは黙ってろ」


「結夏。今日はこの辺にして帰ろっか」

 ティボルトも多分、ひまわり時みたいにジュリエットのお目付け役のようなこともしているのかもしれない。あまり困らしても良くないと思う。結夏もそれをすぐに汲み取り、席を立つ。


「……うん。またね、航生くん」


 僕と結夏で、年相応の仲を見せるのと、両家はそれを認めない態度を取り続け、どちらも譲らない光景を、ヴェローナの人々は遠巻きに見ていた。

 

 半年したくらいに、結夏がティボルトと仲直りしたと教えてくれた。そもそも、距離を置いていたのはあっちだろうけど。長い事、ティボルトは家で物に当たったり、見るからに荒々しいくしてたのが、その日から落ち着いたらしい。何を話したのか、教えてもらえなかったけど、あいつの右の手のひらが包帯で巻かれているのが、関係してたりするのかな。

 少し気になったけど、結夏を信じているから、聞かないことにした。


 僕に対しては、仲を認めないとばかりに、結夏といる時に、邪魔しに来てた。「お前らが二人でいると目立つから、俺も入ってやる」とか言うけど、頼んでないし、ティボルトがいる方が、目立つ気もするんだよな。

 

 気づけば、大人たちの視線を気にせず、マキューシオたちも加わってくれて、三人やまたは五人でなんとなくつるむ時間も増えた。

 

 大人たちはいつまでも経っても、モンタギュー家とキャピュレット家の子供たちが一緒に遊んでいることを、奇妙な目で見続けていた。

 

 ずっと、あの二人が大きくなれば結婚したいと言ってしまうんじゃないか。そう囁かれながらも、両家が僕らを認めるわけがない。叶わない夢だと、みんな思っていたんだろう。いつ二人は、現実を見るんだろとも言われた。


 

 **


 ――それから、七年。

 ジュリエットがもうすぐ十四になる、あの舞踏会が迫った夏になった。結婚も視野に入る年頃になった娘を警戒してか、結夏は一ヶ月くらい外に出させてもらえていないらしい。僕も会えていない。

 一ヶ月会わない程度で、僕らの意思疎通ができないと思ったら、それは大きな間違えだよ。話せなくても、お互いに気持ちはも裏側確かめ合っている。

 


 「誰にも見つからずに来い」と、ティボルトが初めて、話があると僕を教会に呼び出した。

 

「パリス伯爵が、ジュリエットを嫁に迎えたいと話が来ている」


 そろそろだと思っていた。

 キャピュレット家としては、ロミオの呪いを被った娘にも関わらず、婚姻の話を持ってきてくれたパリス伯爵を大変喜んでいるらしい。結夏は……いや、ジュリエットは美しく可愛らしいと言う者は多かった。呪いまみれな事に目を背けるならば。

 

 実際に、妻に欲しいとはパリス伯爵、ただ一人を除いては誰も言いしなかった。ジュリエットに好きな男がいたとしても、ものともせずに名乗り出た伯爵は、大した男だよ。

 僕のことを完全に無視していると言えるし、喧嘩も売っている。


「なんで僕に、教えてくれるんだ?」

「いいから、どうするつもりなのか、答えろ」

 

 僕の反応を知りたいのかもしれない。大きな窓から差し込む月明かりに照らされ、ティボルトの瞳が強く光る。

「僕は、結夏と結婚する」

 

 じっと、ティボルトは数秒見つめた。僕が目を逸らさないか、嘘偽りを言ってないか。覚悟のほどを見極めるために。

 

「本気か?」

「あぁ。嘘じゃない。僕としては、舞踏会の時にパリス伯爵と顔を合わせるなら、その前に結婚をしときたい」

「その前って、お前な。舞踏会は明後日だぞ」

「だから明日したい」

「冷静な判断で言っているのか?」

「むしろ僕は、この日を七年前から待っていたよ」


 ティボルトは僕を一瞥する。

 

「伯爵の話を聞いも驚かない、か。やっぱりロミオもそうなることを知ってたんだな」

「……ロミオもって、結夏に聞いたのか?」

「ジュリエットから初めて聞いた時は、信じられなかったが。あと一週間以内には伯爵と結婚することになってしまうとも言ってた」

「僕も、そうなることを知っている。だから、それより早く僕らは、結婚しないと間に合わなくなる。……時間がない」


 ティボルトが、なにかを諦めたようなため息をついた。不思議と少しだけ柔らかい雰囲気で。

 

「ジュリエットは明日、結婚を済ませないから、ロレンス神父のところに連れて行って欲しいと、俺に頼んできた。……まるでお前も同意していると、分かってるみたいだった。お前の返事を聞かずによく言えたものだな」


 だから、ティボルトは僕の意思を確かめに来たのか。

 もし僕がいざ結婚を前にためらっていたら、ティボルトは直ちに僕を見限ったんだろう。


「僕からもお願いしたい。結夏は今、外に出れないみたいだから、どうにかして教会に連れてきて欲しいんだけど……やってくれないか?」


 これは、キャピュレット家に楯突く行為だ。今まで以上に巻き込むことにもなる。ティボルトに頼むのは、虫がよずぎるけれど……。


「婚姻を結ぶことの意味を、本当に分かっているんだろうな?」

「言っておくけど、結夏と結婚するのは二度目なんだよ」

「……それも聞いた」


 そう言いながらも、ティボルトは眉間に皺を寄せて舌打ちした。結夏はだいぶ、僕らの秘密を話しているみたいだ。


「明日、ジュリエットを連れてきてやるよ」

「ありがとう」

「お前じゃない。ジュリエットに頼まれたから、そうしてやるだけだ」

 


 話はこれで終わりだ、とティボルトは切り上げた。

 さっさと帰っていく背中を見て、今のあいつは変わったなと改めて思った。相変わらず口の悪さはあるけど、荒々しさは殆どなくなっているんだから。

 


 


 ****



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