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仲良し作戦・続




 教会にいく途中で、マキューシオが口を開けたまま僕に近づいてきた。


「あいつ、マジでアレやってるのか……」

「あいつ?」

「ティボルトだティボルト! いつも嫌味だとか喧嘩吹っかけてくるのに、俺を見ても素通りして行きやがった」

「へぇー。ちゃんと約束守ってるんだな。何もなかったなら良いことじゃん」


 関心していると、マキューシオは身震いしながら「気持ちわるっ」って付け足した。すごい言われようだ。


「ロミオ、最近教会によく行ってるよな」

「……正直に言うと、ジュリエットと会ってる」

「はぁ? なんでまた」

「この喧嘩しない遊びってやつもジュリエットと決めたんだよ」

「お前さ、誰かに呼ばれてるとか言った日から、どうしちまったんだ? 急にキャピュレットなんかと仲良くし始めて」


 親に知られたら、咎められるぞと、ベンヴォーリオは青い顔になった。そんなの、まだこれからだ。最終的にはジュリエットの結婚もみんなに認めてもらうのだから。

 

 そう言えば、さっきマキューシオたちはティボルトに会った直後だったんだっけ?


「教会に行く途中だったんだ! また後で」


 

 話しそこそこにして、急いで行くと思った通り先についていたティボルトが「お前が遅れてくるのか」と既に不機嫌になっていた。


「ロミオ。お前はその位置から話せ。ジュリエットには近づくな」


 相変わらずティボルトは、ジュリエットを自分の背中に隠すして警戒心を見せた。結夏は僕のものだと言いたいところだけど、今はぐっと堪える。

 

「じゃあ、みんなでお話しましょう」


 ニコニコとできる限りの笑顔を見せながら、結夏はティボルトの背中から抜けて前に出た。


「仲良くって言ってもな。話すことなんてない。ないだろ? 話題は? 共通点は?」

「えっと、ご趣味は」

「なんだよそれ」


 追い立てられて、咄嗟にお見合いのようなフレーズを言ってしまった。中世イタリアではこんな会話をしたりするのかな。横でこのくだりを知っている結夏がちょっと笑いそうになっていた。


「お前ら、そこだけで分かりってるな! むかつく」


「ねぇ。まずはお祈りしましょ。そしたらこれからキャピュレット家とモンタギュー家をどうしたらいいのかの知恵も、共通の話題も教えてくださるかもしれないわ」


 キャピュレット家で育ったせいか、結夏は信仰心が強い方だと思う。僕も日本では全くと言っていいほど馴染みなんてなかったけど、ここに長く生き、神の存在も、聖書の言われていることが心に浸透している気はする。



 結夏が僕とティボルトの手を集めて、重ね合わせた。

 僕の手が一番下で、その上にあるのがティボルト。そして結夏は手を一番上に蓋をするように重ねる。

 

「ロミオに祈ってもらってもいい?」

「僕?」

「だって、男性がいるのに女性(わたし)が祈るのは良くないでしょ」


 結夏が祈りを僕に託す。有無を言わせずに結夏は目を瞑り祈りが始まる体勢に入るから、さすがのティボルトもなにも言えなくなっているを横目でみながら、僕も意を決して目を閉じた。

 

 

「天の父よ――」

 

 と僕の呼びかけた声が、静粛な空間に響く。ティボルトとジュリエット(ゆか)が静かにそれを聞いているからか、小さめの声だったはずなのに、反響しているように感じた。

 

 

 仲の悪い両家と町に平和と祝福があるように。お父さまの望む方法で行えるようにと……。

 これは声に出さないけど、ティボルトのモンタギューへの憎しみが無くなるように、願い求めてイエスの名の元に祈りを締める。


 人前で祈りを口に出すのも、ましてやティボルトが聞いているのもあって、緊張で冷や汗が出た。けれどなんとか乗り切った気がする。


「アーメン」

 この祈りに、本心で同意したかは定かじゃないけど、結夏の言葉に、ティボルトも一呼吸置いた後、自分の口でアーメンと言った。

 

 祈りは、神との対話の時間だ。その時間を邪魔するような、ことは誰もしない。ティボルトも不服はあっただろうけど、この重なった手のタワーを崩さずに、祈りが終わるまで保ち続けた。

 まぁ。僕の手が下にあるのが、よほど嫌だったのか、終わった途端に手を引っ込めた。ティボルトは結夏の手が上にあったんだから、文句言うな。

 


「二人はいつの間に会ったんだ? ジュリエットなんてあまり外に出してもらえなかったよな」


 まさか僕がキャピュレット家に侵入してジュリエットに会いに行ったなんて言ったら、首を絞められそうだ。


「えーと。えっとね、どこだったかな。そう! 教会で会ったの!」

 結夏はすかさずフォローする。

 

「教会? お前が? モンタギュー家はそんなに信仰心があったのか」

 

 馬鹿にするような、疑わしそうに僕を見た。

 そっちこそ信仰心はどうなんだか。ティボルトにとってはジュリエット(ゆか)がよっぽど神みたいなものだ。神が争いを止めるようにいうより、結夏が言った方が効果があるくらいだし……。



 **


 

 こっそりバルコニーから結夏に会いに行けばいいと思ったけど、木が登れなくて落ちたんだった。結局、ティボルトとの約束を守るわけじゃないけど、結夏とこっそり会えないまま、もうすぐ一ヶ月が経った。


 マキューシオとティボルトにそれぞれした約束も、睨み合ってはいるけど、喧嘩という喧嘩はしていない。大人たちは、使用人同士を含めて相変わらず、騒ぎを起こしている。マキューシオもそれを見て、俺らは本当にはよくやっているよなって、自分のことを褒めていた。

 ちょっとは板についてきたのかな?


 僕は、それはそれとして。ティボルトがずっと僕から結夏を遠ざけているから、限界が来そうだった。本音を言えば、ずっと奪われてるようで癪だった。結夏は僕のジュリエットなのに。

 そんな時、二人を教会で待っていると、結夏だけで来た。

 

 

「ティボルトと一緒に来なかったのか?」

「お父さまと話してたから、ばあやに(ことづ)けして先に来ちゃった。……最近、航生くんと二人で話せてなかったでしょ」


 ティボルトが居ると、僕らは隣に座るのは許されてなかったその場所に、結夏が着席する。隙を見て、結夏も会いに来てくれたことが、素直に嬉しい。


「ティボルトには本当のこと、いつ話す?」

「一ヶ月経つし、今日あたりに言ってみるか」

 

 僕らの関係は、いつまでも隠していられないだろうし、こそこそとこんな事をするのも、落ち着かない。そのうち話そうとは思ってた。

 

 少しだけ他愛の無い話もしていたけど、こんな機会そうそう無いだろうし、だんだんと居ても立っても居られなくなった。

 

 自然と僕らは、指に、それから頬にも触れる。

 

 

「してもいい?」

 大きな声で言う話でもないので、耳元で一人にだけ聞こえる声でいた。


 頬に触れているこの距離は、もう唇を重ねるのにあとわずか。聞かなくてもできるけど、わざわざ同意を求めてしまうのは、結夏が目を閉じてキスを許してくれるその顔が好きだからかもしれない。


「だめ。もうすぐティボルトが来ちゃう」

「結夏」

「ん」

 

 だから、その前に済ませればいい。

 構わず名前を呼ぶと、止めてきたわりにはあっさり牙城が崩れ、結夏は目を閉じて唇を開け渡す。

 七歳のジュリエットの姿でも、キスを待つその瞼や唇は愛くるしくて、僕のものだと思うと余計にくるものがある。


 この歳だからなのか、十六の時みたいに、強く惹かれる力は今のところは、控えめだった。そのおかげで、キスに酔うことなく、落ち着いて重ねていられる。


「ふ……ふふ」

 不意に結夏は、キスの最中だと言うのに、くすぐったそうに笑い声を漏らした。

 

「んー? なに?」

「だって、腰。航生くんの手が、腰かかって……。く、……ふ」


 キスをしている時に腰に回して引き寄せていたらしい。無意識だったのか、言われるまで気づかなかった。

 

「幼い時の方が、くすぐられるの弱いのかな……?」

「ふーん? じゃここは?」

 

 僕も楽しくなって腰とかをもっと、こちょこちょとすると、余計に結夏は体を捻られせて笑う。


「思ったんだけど、結夏がバルコニーから僕が見えたら、下に降りてくれれば会えるんじゃないか?」

「また家に侵入しようとしてる……」

 

 僕がキャピュレット邸に来るのを心配してくれている。危険ではあるけど、そうでもしないと結夏と二人だけの時間が作れない。あとは、またティボルトの目を盗み待ち合わせをするかだけど。


 

「逢引きの相談か?」


 振り向けば、そこにはティボルトが数列後ろの席あたりに立っていた。


 扉が開く音なんてしなかったけど、いつから入ってきたんだ? 唇を重ねているのを見られてないなら良いと思ったけど。……決定的な瞬間じゃなくても、改めて自分の態勢をみると、結夏を押し倒し気味になっている。

 

 ずっとティボルトの前では、結夏との関係は誤魔化すために、一定の距離を保っていたのに、全部台無しになってしまった。それに今日は、タイミングを見て打ち明けようとは思っていたけど、これだと印象は悪すぎる。


 

「ジュリエットにそれ以上、触るな。ジュリエットもロミオからとっとと離れろ」


 言われた僕はすぐに体勢を戻し、起き上がった。ティボルトは手招きして結夏を自分の方へ呼ぶけど、結夏は首を振り、僕の隣りに居続けた。


「俺をおいて先に教会に行ったかと思えば、やっぱりそう言うことかよ」

「……ティボルト、話しておきたいことがあるの」

「言い訳なら聞かないからな」


 ティボルトは、ドスンと音を立てて木の長椅子に座ると足を組んだ。僕らをじっと見た。


「お前ら、どこまでの関係だ? 偽らず吐け」

 

 怒りを抑えてくれようとしてるのがわかる。


「遊びなら……」

「遊びじゃない。ジュリエットとは将来の約束をしている」

「将来だと? お前ら、九や七歳でなに言ってんだ。仲良しごっこで意気投合してるとは思ったけど、熱を上げるのもそこまでにしとけよ」


 ティボルトは額を手で覆い、頭を抱えた。

 

「はぁ……。俺に友達になれって、周りくどいやり方してくれもんだな」

「ごめんなさい。両家が歪みあって欲しくないのも本当。ティボルトとロミオが喧嘩したり、大人になって決闘して欲しくないのも本当なの」


 ティボルトは結夏を眺めて口を開けたまま、少し黙った。


「…………画策しようが無理だろ。モンタギューの人間に、ジュリエットを嫁がせるわけがない。今からでも手を引け、ロミオ」

「それは嫌だ」

「このやろッ! お前はキャピュレット家にとって迷惑なんだよ。ジュリエットまで呪われたら、どうしてくれる?」

「ジュリエットは、僕がもらう」


 なんのために、三度もやり直してると思ってんだ。今度こそ結夏と生き残るために、僕はこんな悪夢みたいな世界に来ているのに、ここで身を引く選択するはずがない。

 

 一歩も引かずにティボルトから目を逸らさずにいると、ティボルトも「お前にだけは、渡たすか」と手を振り上げる。一発殴られるかと身構えると、その手は寸前でキャンセルされた。力を持て余した手は、僕の頬を引っ張りあげるので、僕も負けじとやり返した。

 

 お互いにある程度やり合ってると、結夏が少し笑いの混じったため息をする。

 

「あぁ? なんだよ」

「ティボルト。ありがとう、乱暴にしないでくれて」

「ジュリエット、本気で続ける気か?」

「私もロミオと同じ気持ち。それは何年経っても変わらないし、ロミオと一緒になるなら、呪いなんて怖くないわ」


 結夏が大人びた顔ではっきりと言うと、ゆっくりとつねられていた僕の頬をティボルトはやっと離す。


「後悔しても知らねぇからな」


 吐き捨てたティボルトは、息を吸ったあと横に並ぶ僕らを煮え切れない顔を向けた。

 

「――ところで。ユカとか、コウキとか、その呼び名はなんだ? どこの国の言葉だ?」


 二人の時しか言ってなかった名前をティボルトは呟いた。いつのまにか聞かれたのか。絶対にティボルトの前では言ってないはずなのに。

 せいぜいちょっと前の、僕らが唇を重ねていた前後らへんだけど……。

 

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