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返さない


 まずい。まずい――!

 隠れなきゃ。はやく、ここから立ち去ろう。


 そう思っていたのに。大したことない段差に、足がもつれ踏み外した。「大丈夫?」周りの人が声をかける、些細な雑音。その音に、二人はすぐに僕に気づいた。


「見つけだぞ、ロミオ!」

 ティボルトは殺気を放つ。剣を取り出しながら、距離を詰める。周りにいた道行く人。婦人が驚き高い声を上げた。一斉に僕らを避け、距離を取りながらもその周りに人だかりができた。


「昨日の夜、ジュリエットに献花を捧げようと霊廟に行ったら、消えていて驚いたよ。私から妻を奪ったのは君かね?」

 妻だなんってよく言うよ。パリス伯爵は落ち着いた声で迫る。

 

「どうせ、お前のしわざだろ? ちょうどロミオも行方知れずだと、はっ。どんな偶然だ。ジュリエットを連れていくなんて、そんなことをするのはお前しかいない」

「……っ」


 パリス伯爵に続き、ティボルトも付け足す。結託してすぐに探しに来たってわけか。

 ジュリエットが死に葬式までしたんだ。諦めてくれると思った。まさか追っ手が来るなんて……。やっぱり決闘するしかなかったのか。いや、平和に終わったのは間違えて無いはずなのに。


「おい。なにか言えよ! 死んだジュリエットを連れ出し、なにが楽しいんだ!! 死者への冒涜か」



 ティボルトの剣が、僕の首すれすれに当てた。少しでも動けば刺される。


「まさか、毒を無理やり飲ませたりは、してないだろうな。さぁ、膝をつけろ! ロミオ!!」

 

 ティボルトは僕の肩を腹を蹴り飛ばす。肩方の手では剣先を向けているから、それを気にしていると、交錯に躊躇ないティボルトはそのまま力づくで地面に押しやった。すぐさま剣先を僕の心臓へと向ける。


 目の端でパリス伯爵のことを見た。助けてくれるのは期待してなかったけど、僕に嫌悪する顔を向けながらも腕を組み、一歩、身を引き立っていた。あくまでも見ているだけの立場なのか。


「悔いるなら、下手な逃げ方をした自分を悔め」

 

 霊廟にパリス伯爵が来ると、結夏が前に言っていた。そこで、ロミオはパリスを殺すとも。結夏が飲んだ時間は、脚本と比べて遅いのか早かったのか。パリス伯爵が来てから残りどのくらい時間が残されてるのか。僕と鉢合わせたくないし、来た時に結夏がちょうど起きてしまうのを一番避けたかった。

 

 最善を選んだつもりでいたけど、自分の気持ちを優先していたんだろうか。できるだけ早くヴェローナから結夏を連れ出しいって、先走っていたかもしれない。

 パリス伯爵が来る前に結夏を連れ去ったのは、失敗だった? 起きるのを待つべきだった? 

 

「よくここまで、追いかけてきたな」

 本当は焦っているけど、舐められないように、頑張って余裕を見せた。剣を突きつけられた状態で、余裕もへったくれも無いけど。落ち着け、と自分に言い聞かせる。

 

 

「霊廟にジュリエットが戻ってくるなら、疲れなんて吹き飛ぶさ。たとえ深く眠っていても」

「ジュリエットは返せない」

「この野郎!!」


 それしか言いようがなかった。たった今、生き返ったことは教えたら、それこそまた奪われ、パリス伯爵と結婚させられる。

 どうやって、ティボルトを冷静に戻せるだろ……。

 

「ジュリエットはキャピュレット家のものだ。その霊廟で静かに寝かしてやるのが筋だろ」

「……っ」

 ティボルトの怒る気持ちはわかる。僕だってさすがに、死んだジュリエットを独り占めして連れ去るほど、狂ってはいない。だけど、あいつにはそう見えてるわけで……。なんて言えば納得してもらえる?

 

「ジュリエットの横で死にたいなら、今ここで殺してやろうか!」

 ティボルトの足裏が僕の手の甲に、ゴリゴリとより食い込んだ。

 

「ロミオ……っ!」


 町のざわつきが聞こえたのか、教会から結夏がドアを開け出てきた。今すぐにでも駆け寄ろうと思ったけど、ティボルトはそれを許さない。


「結夏! 出てきちゃダメだ!」

「ジュリエット……、だと?!」


 ティボルトは、目を見張り、結夏を食い入るようにみた。

 

「あれは、……本当にジュリエットだ。見間違えるはずがない。なんで生きてる? 奇跡でもおきているのか…… 」

「あぁ、愛しのジュリエットよ! 攫われた美しい姫君を探しに来た。この愚かなロミオを亡き者にし、その果てに我が妻になってくれ」


 パリス伯爵は短い祈りをすると、一歩一歩ゆっくりあゆみ寄り、近づく。結夏のいる所まであと教会の入口にある四段ほど階段で辿り着く。

 

「亡き者だなんて……。おやめ下さい! よろしいのですか? パリス様、ロミオを殺して罪を負えば、私との結婚どころではありませんのに」

 

「だから俺が来たんだろ」

 すかさず、ティボルトが口を挟んだ。

 

「この俺が、ロミオを始末する役目だ」

 その言葉に、躊躇いがない。

 

「ティボルトが……? それって……。だめよ。誰か止めて!! 人を殺したらヴェローナ大公が死罪に命じるわ。そんなことして誰がキャピュレット家を継ぐの」

 

「そんなこと? 間違えるな。これは叔父上が決めたことだ。ジュリエット(おまえ)には言われたくねーよ。パリス伯爵との子が男二人でも生まれればキャピュレット家だって報われるだろ」


 

「うそ……。お父様が、ティボルトに命じた?」

「俺のことはいい」

「そんなことしないで……。ティボルトが人を殺してるところなんて、見たくない」

 

「だったら、その後ろにある扉を開いて、教会の中に戻ってな。祈ってるうちに、終わらせる」


 パリス伯爵は結夏(ジュリエット)の元につき、エスコートするように手を握る。

 

「ジュリエット。彼が話した通りだ。目の毒になるから、一緒にこちらに行こう」

「私にロミオを見捨てろって言うの?」

 

 結夏は首を振り、引っ張られそうになりながらも断固拒否する。

 なにか策はないかずっと考えていたけど。最悪のことしか思い浮かばない。僕の命と引き換えに、ジュリエットに結婚を誓わせる、とか。僕がなんとかティボルトの拘束を解いて、走って結夏のそばに行こうとしても、その前にパリス伯爵が結夏を連れ出し馬に乗せられたら、終わりだ。


「ティボルト、思い止まって。今ならまだ許されるわ」

 結夏も、刺激しないように、なんとかして話し合いで回避できないか試みてるようだった。

 

「もう遅い。俺はもう人を二人殺してる」

「二人だって?」

  嫌な予感がする。

 

「あぁ、そうさロミオ。お前は良い友達を持ったな。あいつら最期までお前の行く場所は言わなかったぜ」

「! ま、……さかベンヴォーリオとマキューシオを……っ?」

「だから諦めろ、ジュリエット。俺はもう戻れない」

 

 僕の問には聞き耳を持たず、ティボルトは少し悲しそうな顔でジュリエットに視線を一瞬だけ送った。それでも僕に対する隙は見せない。すぐに僕に戻し、剣先はブレないまま急所寸前で止まっている。

 

「ティボルト……お願い」

「俺は――。俺は家を継ぎ、お前は良いところに嫁ぐ。お互い家を守ると。それは暗黙の了解だと思ってた。先に裏切ったのはジュリエットの方だ。違うか?」

「……っ」

「なのに、お前と来たら。よりにも寄ってモンタギューのロミオだと?」

「……許して。私はっ」


 結夏の言葉に、ティボルトは首を振りながら「おまえには、分かるものか」と呟く。

 

「ジュリエットが生きていたと、わかっても考えを変えてくれるつもりはないのか」

「黙れ、ロミオ!!」


 結夏の言葉には、耳を傾けるけど僕では牙を剥かれた。下手くそか。

 

「ジュリエットよ、わがままは終わりだ。私と一緒に帰るぞ」

「いやです! パリスさまとは結婚致しません! ロミオを殺さないでっ! ティボルトを止めさせて!」

「生かしても、また繰り返すだけだ。あの不届き者は忘れなさい。正式な夫はこの私だ。さぁ、こっちへおいで」

「パリス様、これ以上、近づかないでください……」


 さっきまでは、引けば誰でも神聖な場所に入れるドアが、敵となる。後ろにある(ドア)に追いやられ、結夏は逃げ場を無くしていた。

「君はもう少し聞き分けの良い女性(レディ)だと思っていたが……」

 

「ティボルト、剣と足をどけろ!」

 じゃないと助けに行けない。紳士的に握っていた手が、腕の位置に移る。強く掴まれ、嫌がる結夏に、パリス伯爵はさらに引き寄せ腰に手を回す。編んでいた髪に手を引っ掛けて解き、乱暴に弄るのが見えた。

 

 「今、私の元に戻ってくるなら、これまでの行為は全て許されるだろう」

「私は、間違ったことなど……」

 

 結夏は足がすくんだのか、逃げようとせずに、その場でパリス伯爵から目を背けるだけになった。

 

「さぁ、教会の前(ここ)でその唇をもって私に誓ってもらおうか、ジュリエット」

 

 やめろ――!そんな風に触ったら結夏は……っ。

 いや。と今までにないくらいか細い声で、訴える。力が抜けるように身体を震わせると、怯えるその口にパリス伯爵は強引に重ねた。


 僕はそれを見ているだけしかできなかった。

 同時に、僕の首に突き立てられた剣の位置が、初めて喉元からズレて、拘束が緩くなったのが空気感と間接視野で分かった。そして舌打ちがティボルトからする。

 

「やはり、あの男に譲るんじゃなかった」

 確かにティボルトはそう言った。あいつは何に怒った? その言葉に気を取られた間もなく、せっかく急所からズレていた剣先は、僕の腹へと突き刺さる。


「よそ見してる場合かよ」

「……っうあっ、く」

 そして、容赦なく剣を抜いた。

 

「俺もお前も、所詮、同じ道化師だ」

 

 はは……。麻酔なしなどこんなに痛いのか。笑ってる場合じゃないのに、どこか冷静な自分もいる。傷口は刺さった物が抜かれた時が血が出ると聞くけど、本当だった。


「ぁあっ。こう……き。航生くんっっっ!!!!」

 濁った声を結夏が叫んだ。言葉にならないような金属の高い声は、街中に響き渡る。その横で、パリス伯爵が微かに笑みを浮かべのが見えた。


「に…………にげ、……ろ。ゆか……!」

「だめ。……だめ。こんな終わり方は、いやぁ……!」

 離れていても結夏は僕の口の動きが分かったのか、首を振った。解けた髪が揺れる。力が抜けたように座り込んでしまっている。


 身体に空いた傷口からは血が流れ続けて、地面に血溜まりができ始める。


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