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第2話 両角

「……で?どうしていいか分からず俺のところに来たってわけか」


はああ、と深いため息をつきながら村長はそう言った。


場所は移って村に戻り、マーリンは村長の家にあるソファに腰かけていた。


テーブルを挟んだ向こうには村長が腰掛け、マーリンの隣には魔族の少女が眠っている。


ちなみに村長には、これまでの経緯は説明してある。


「……まあ、そんな感じです」


「……殺すことはできなかったのか?」


「できませんでした。だって……」


「子供だったからか?」


「…………」


図星だった。


まさかばれていたとは。


そんなマーリンに、村長はまたハァとため息をつく。


「ったくお前ってやつは。……まあ、気持ちは分からんでもない。人どころか魔物一匹殺したこともない俺がいうのもなんだがな」


「いえ、ありがとうございます」


「言うな言うな。感謝されるようなことではない」


村長はそう言うとマーリンから視線を外し、マーリンの隣で眠る魔族の少女に目を向けた。


「………しかし、両角か」


「ええ」


通常、魔族が持つ頭部の角は一本だ。


しかし、極稀に二本の角を持つ魔族もいる。


それが両角だ。


両角は魔族の上位種であり、並の魔族とは比にならない魔力を持つ。


この魔族の少女も二本の角を持っているから、両角で間違いないだろう。


「普通の魔族ならともかく両角を匿っていたなんて知られたらたまったもんじゃないぞ」


村長の言葉に、マーリンはう~んとうなった。


「そうですか……。じゃあならばいっそ」


マーリンが言葉を続けようとして


「んん……」


魔族の少女が目を覚ました。


「ひ!」


目を覚まし、起き上がる少女を見た村長は小さく悲鳴を上げてソファから飛び上がった。


それをマーリンは大丈夫だと目でサインを送って落ち着かせ、少女を見た。


「やあ。君、自分の名前が言えるかい?」


「…………」


魔族の少女は少し警戒しているようだった。


だがしかし、おそるおそる彼女は名を口にする。


「……テティア」


「テティアか。いい名前だね。僕はマーリン」


「マー、リン?……勇者!?」


途端テティアの表情は怯えに変わった。


それほどまでに、勇者マーリンは魔族から恐れられているのだろう。


「そんなに怖がらないで。君を殺したりしないから」


マーリンはにっこりと微笑む。


「ほ、本当?」


「うん、本当。……でも、僕はなぜ君があんなところにいたか知りたいな」


「それは……」


テティアは口をつぐんだが、少しして話し始めた。


「私は、ここから遠く離れた村で暮らしていた。私の村は人間たちとの争いを嫌う少数の魔族たちが住んでいて、貧しかったけど、平和で幸せだった。……けどある日、一匹の魔物が村を襲った」


「魔物?」


「うん。名前は分からなかったけど、すごく大きかった。……そして、強かった。村のみんなは、あいつに殺された。父さんも母さんも、みんな……。私は、必死に逃げた。震える足を動かして……湧き上がる恐怖を無理やり抑えて……必死に、必死に逃げた。……そして」


「僕に出会った」


テティアはこくんと頷くと、自重するように言った。


「私は最低な奴だよ。さっきも言った通り、私は逃げた。みんなを見捨てて。……でも、本当は助けたかった。父さんと母さんだけじゃない。村のみんなも、助けたかった。……今さらそんなこと言ったって、私が最低なことには変わりないけど」


「そんなことないよ」


「え?」


テティアはキョトンとした目でマーリンを見た。


そんな彼女に、マーリンは優しく続ける。


「そんなことはない。本当に最低な奴っていうのは、自分の間違った行動を開き直って正当化するクソ野郎のことを言うのさ。君のように、己の行動を悔いるような真似はしない」


だからさ、とマーリンはテティアの頭に手を置いて、


「君は最低な奴じゃない。君は、優しい子だ」


テティアは一瞬、何を言われたのか分からなかったのだろうか、石のように固まった。


しかし、徐々に理解したのだろう。


くしゃりと顔を歪め、ガクガクとその肩を震わせて、


「う、ううう……」


泣いた。


かき消えそうなほど小さな嗚咽を漏らし、瞳から大粒の涙をこぼして、その顔を濡らしていく。


そんな彼女を、マーリンは強く抱きしめた。


「泣くななんて言わない。思う存分泣けばいい。所かまわず泣けるのは、子供の特権なんだから」


より一層強く抱き、彼女の頭を軽く撫でる。


これで確定した。


彼女に危険はない。


家族や仲間のために泣ける優しいこの子が、人を襲うなんてするはずがない。


「――おい。おい!」


「……何です村長」


マーリンはなぜ今この状況で話しかけるのか分からず、少し棘のある言い方で村長に返した。


「何ですかって。まだその子をどうするか聞いてないんだが」


ああ、そう言えばそうだったな。と思いつつ、マーリンはさらりと言った。


「そりゃまあ、村のみんなに話しかないんじゃないですか?」


次の日の朝。


「ねえ村長。やっぱりあなたが代わりに言ってくださいよ」


マーリンは誰にも聞こえないようひそひそ声で隣の村長に言った。


現在、マーリンは村の中央にある広場に村人を集めていた。


理由はもちろん、魔族であるテティアを皆に説明するため。……なのだが、こんな大勢の前で話すのは気が引けて来た。


というわけで、村長に代わりをお願いしようとしたのだが……


「嫌に決まってるだろう。お前がちゃんと言え」


ダメだった。


――まあ、そうだよな。ええい、やるっきゃない!


マーリンは深く深く深呼吸して覚悟を決めると、村人たちの前に立った。


必然的に、皆の視線がマーリンに集まる。


「今日はみんなに紹介したい人が者がいるため集まってもらいました」


マーリンの言葉に、村人たちは「紹介したい者?」「旅人でも来たのか?」などとザワザワし始める。


マーリンはそれを咳ばらいで黙らせると、村長の後ろに隠れている者にちょいちょいと手招きして出てくるように促した。


「ほら、出ておいで」


一泊遅れて、隠れていた少女、テティアが姿を現した。


「ま、魔族!?」


「なんでこんなところに!?」


「マ、マーリン様これはどういうことですか!?」


村人たちはテティアの姿を見た途端、いっせいに騒ぎ出した。


マーリンはその反応に別段驚くことはなかった。


それほどまでに人々にとって魔族は危険な存在なのだ。


なればこそ、きちんと言わなければならない。彼女の無害性を。


「実はですね……」


マーリンは説明した。


魔族の少女がここにいるのかの経緯、人を決して襲わないこと。


そして、どうか彼女をこの村に住まわせてほしいとお願いをした。


「そ、そんなの無理に決まってるだろ!」


村人の1人が悲痛の声を上げる。


他の者もそうだそうだと声を上げた。


「そこをどうか、お願いします!」


マーリンは頭を下げた。


「彼女は他の魔族とは違うんだ!彼女は仲間や家族を愛する優しい心を持っている!絶対にあなたたちを傷つけたりしない!僕がさせない!だからどうか……どうかお願い時ます!」


マーリンは恥も外聞も捨てて、深く、深く頭を下げた。


反応は、なかった。


ただただ沈黙だけがその場を支配した。


しかし、村人たちが自分の願いを受け入れていないのはなんとなく分かった。


——ああ、ダメか


そう、諦めかけた時だった。


ザザザッ、と村人たちの合間を縫って4つの小さな影が飛び出したのだ。


それらは、テティアと同じ、10歳くらいの子供たちだった。


そのうちの1人、青髪の少女がテティアの前へ一歩近づく。


「あなた、名前は?」


名を聞かれ、テティアは困惑しながらも答える。


「テ、テティア……」


「テティアちゃんね。私はエレンよ」


「僕はテオ」


「……アッシュ」


「俺はザインだ」


子供たちの自己紹介が終わると、青髪の少女——エレンがグイグイとテティアの手を引っ張り、「一緒に遊ぼう」と言った。


それを見た村人たちは、毒気を抜かれたようにはあ、とため息をついた。


「まったくしょうがないですね。今回だけですよ」


「あ、ありがとうございます!」


マーリンはもう一度頭を下げた。


「ね、ねえ」


と、そんな時、テティアから困惑したような声で話しかけられた。


見ると、今なおグイグイと腕を引っ張られるテティアがどうすればいいかと言わんばかりの顔でマーリンを見つめていた。


それを見て、マーリンはフッ、とほほ笑むように息を吐いて、言った。


「その子たちと遊んであげなさい」


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