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ぬらりひょんと座敷童女


訪れた家で、思うがままに振る舞う。

ぬらりと人様の家に上がり込み、ひょんと我が物顔で主を装う。

人は儂を『ぬらりひょん』と呼ぶ。



一仕事終えて自宅に帰ると、おかっぱ頭に赤い着物の少女が居間で酒を飲んでいた。

泣きながら酒を飲む様子は自棄酒と表現するに相応しい。

……もうほとんど空になった酒瓶は、秘蔵の洋酒である。

勘弁してくれ、と儂は天を仰ぐ。


「……座敷童女」

「のぉ、マスター、聞いておくれよぉ」


こちらに気づくや否や、泣きながら縋りついてくる。

相変わらず酒癖が悪い。

百年連続で酒癖が悪い妖怪トップ3に入ってるだけのことはある。

まったく、だから彼女と飲むのはずっと避けて来たっていうのに……。


「なんでじゃ? なんでなのじゃ?? ふええぇ」


既にべろんべろんである。

儂の家に勝手に上がってこの体たらく。

これじゃどっちがぬらりひょんかわかったものではない。


「いや、なに、妾だって努力しているのじゃよ?」


誰にともなく言い訳を始める座敷童女を尻目に「はいはい」と返事をしながら、自分のグラスに酒を注ぐ。

それでちょうどウヰスキーの瓶も空っぽになってしまった。

切ない気持ちを隠すように、ちびちびと香り高い最後の一杯を楽しむ。


「それで、今回はどういったフラれ方を?」


「フラれてないわい!」


ガン、と座敷童が机を叩く。


「けど、まぁ……なんじゃ……その……」


座敷童女がモジモジと指を突き合わせている。


「妾もいい歳だから、『こんかつ』というものをしたくなってな」


おぉ、ようやっと落ち着く気になったか。

所帯を持ったら、この酒乱も少しは治まるだろうか。

ついでにもう二度とこの家には上がらないで欲しいところだが。


「最近、家の近くに引っ越してきた某家の男の子に声をかけてみたのじゃ」


うん? 男の子?


「ちょっと待て。その子はいくつだ?」


「えっと、多分まだ精通しとらんはずじゃから……」


「もういい。喋るな」


「むぅ」


結果、座敷童女をフッたのだから、ナイスプレイだ、少年。

犯罪事案が起こらなくて安堵する。


「それでな。少しずつその子と仲良くなって、最近家に呼んだんじゃよ」


――あわよくば初めての女になろうと思って。

ぽつりと恐ろしいことをのたまう。


「だというのにあの坊主――あぁ、全く忌々しい――、妾の部屋に入るなり『おばあちゃんちの匂いがするー』って……その場で祟り殺さなかっただけでもありがたく思えって話じゃ」


どこから取り出したのか、今度は日本酒の一升瓶をドンと机に置いた。

……それも近くの酒造所で年に数本も作られないという儂の秘蔵の酒じゃった。


「妾だって、がんばって、おのこに釣り合うようにしているのにぃ」


だばだばと湯呑に注ぐと、一口で呷る。

勘弁してくれ。酒を大事にすると言う気はないのか。


「ますたぁ、聞いておるのかぁ?」


そもそもマスターじゃないし。呼んだ客でもないし。


「まずはその性根を直さないことにはなぁ」


「知らんのかぁ、マスター。人はだれしも癖を持ってるもんじゃ。無くて七癖(ななへき)と言ってな……」


「癖とか言うな」


「なんじゃ、おぬし。妬いておるのか?」


かっかっかと座敷童女が笑う。

なんでそういう話になるのかなぁ。


「マスター、歌じゃ歌じゃ、カラオケじゃ。マイクをくれぃ」


「そんな機械は儂の家にないわい」


「しょうがないのぉ。おおい、琵琶女ー、いるかのぉ?」


はぁい、と声がして、

物置にしている襖が開き、中から琵琶がふわふわと浮いて出てくる。


「ちょっと待て、琵琶の付喪神なんて儂は知らんぞ」


「このあいだ拾ってきたのじゃ」


いつの間に。っていうか自分の家に置けよ。

そう言うと「妾は居候の身じゃからのぉ」との答え。

だからって儂の家に勝手に置くんじゃないよ。


ぽろろんと琵琶が掻き鳴らされると、座敷童女が唄い始める。


懐かしい、しみじみとするような童歌(わらべうた)だった。


「若さってなんじゃろうか」

唄い終わってさぞ気持ちよくなったのだろう。

少し落ち着いた様子でしんみりと座敷童女がつぶやく。

「童女の発言じゃあないな」

そんな儂の言葉を聞いてか聞かずか「はぁー、彼氏が欲しいのぉ」と酒を飲みながらジタバタしている。


その気持ちが十分若いとは思うが……。

しょうがない。儂は風呂敷の包みを開いて彼女に差し出す。


「ほれ、少し早いが誕生日プレゼントだ」


仕事先で手に入れた香水をプレゼントしてやる。

物珍しさに座敷童女がくんくんと匂いを嗅いで、こちらを上目遣いに見てニヤっと笑う。


「なんじゃ? おぬし……妾に本当に惚れておるのか?」


「そんなわけないだろ。こんなことがある度にうちに来られても迷惑なんだよ」


それを身に振りかけておけば、多少は相手も意識してくれるだろ。

そう告げると、座敷童女の顔がパッと明るくなる。


「ぬふふ。じゃあもう一回あぷろーちして来ようかの」


ガっと席を立つと、善は急げと座敷童女が乱れた衣服を正した。


「次こそ身ぐるみ剥いでくんずほぐれつじゃ!!」

「妾は孕みトゥナイト!!」

などと、不謹慎な発言をしながら意気揚々と家を出て行く。


「そういえば彼女が狙ってる某家のお子さんって……」

あのヤンチャ小僧か……。


仕事先の家のお嬢さんと仲良くしていたのを見かけたけど、黙っていよう。

またここに居座られたら堪ったものではない。


「飲み直すか」


琵琶女が切なげにぽろろんと鳴いた。




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