2人の帰る場所①
《ゴンッ! ドカズドドドッ! ガンッゴロゴロガシャン…ぼふっ!》
床をのたうち回る少女がタンスに体当たりした結果、上に置いてあった空箱達が彼女めがけてゆっくりと傾き――垂直に殺到する。
迫りくる落下攻撃を視認した少女は、常人離れした反射神経でとっさに横転。
なんとか危機を回避した。が、丁度足元にあったデスクチェアを思いっきり蹴りつけてしまう。
刹那、フィギュアスケート選手のごとく高速回転したデスクチェア。
それは勢いに任せ、その上に鎮座していた肉球柄のクッションをブーケトスさながらに天に向かって放り出す。
そして痛みに足を押さえて声も出ない少女は、見事に正面から顔面でブーケトスを受け取ったのだった。
「ぶはっ! くっ…けっこう痛い……でも今のはダイナミックだった。録画しとけばよかった。もう一回やろう。……スマホどこだろう」
顔を覆うもふもふクッションをそのままに、スマホを求め、虫のように両手両足を蠢かせているのは中学一年生の少女、神崎奈梛だ。
近くにスマホがないことに落胆を抱えながら、微妙に呼吸を阻害するクッションを退け、まだ若干うるんだ瞳で自室の天井を睨みつけた。
その横顔は、誰もが見惚れるほどの造形美だ。
同窓の友人の言葉を借りるなら、同性ですら一目惚れするレベル、である。見た目だけならば。
さて、ナナが床をのたうち回っていたそもそもの原因についてだが、もちろん相応の事情がある。
決して朝っぱらからただただ奇行に走っていたわけではない。
ナナは今、兄である神崎光輝と絶賛喧嘩中だった。
事の発端は、ナナの後ろめたい隠し事が兄にバレてしまったことだろう。
実はナナ、中学校のスキー合宿を欠席することを、保護者である兄に無断で学校に回答してしまっていたのだ。ナナは自身の誇る演技力(笑)によってその事実を隠していたのだが、何かが怪しいとあっさり勘付いていた兄に、授業参観のときにバレてしまい、口論となってしまったのである。
本当のところナナはスキー合宿にそこそこ興味を抱いていた。
それでも欠席を選んだのにはもちろん理由がある。ナナなりに家計のことを考えた結果だ。
何日も家計簿とにらめっこして悩み、最近のおやつの値段、スキー合宿にかかる費用を計算して必死に考えたのだ。
(みんなとスキー合宿も捨てがたい…。きっと一生の思い出になる。
でも、だからといっておやつをないがしろにしていい理由にはならない……。今以上に食事を切り詰める?
ううん、ダメ。葉っぱとおやつだけじゃ栄養が偏るし。そもそもどうして食費ってあんなにかかるんだろう。
《ドスッ!》
ぐえっ……うう、もうやめて、私のライフはもうゼロ………ひどい。世の中結局はお金なんだ………)
こうしてナナは涙の決断を下した。
ちなみに途中の鈍い効果音と少女らしからぬうめき声は、ベットで悩むうちに床に落ちた音である。流した涙の42・8%ぐらいはそのせいだったりする。
一方コウキも、兄だけあって妹の本心を見抜ける程度にはナナを知っていた。
むしろ痛いほどに理解できていた。もちろんここ数日、妹がいつもに増して不審な言動をしたり、目を赤く腫らしていたことにも気づいており、学校で何かあったのかと心配していた。
だがスキー合宿の出欠を問われていたことを偶然知った瞬間にすべてが腑に落ちたのだ。そしてナナが我慢せざるを得ない状況を作り出していた自身の不甲斐なさを許せず、腕が震えるほど強く拳を握りしめた。
2人は両親を亡くしている。
ナナは3歳と幼かったのであまり覚えていないが、14歳だったコウキは今でも鮮明に思い出せた。
この時は唯一の肉親である祖父が2人を引き取った。祖父の愉快な性格のおかげか、3人は楽しく笑いながら暮らし、かつての笑顔を取り戻していた。
だが6年前、急な病で祖父もこの世から去ってしまう。当時20歳になったばかりだったコウキと、9歳のナナを残して。
それ以降、コウキが奮闘して神崎家の家計を支えて来た。
祖父から受け継いだ技術を駆使し、ガラス細工職人として必死に社会に立ち向かったのだ。
その懸命な支えの中でナナは立ち直り、高校生には見合わないほどの強靭強靭な精神性を獲得していた。
……少々自我というか癖が強強な気がしなくもないが。
ともかく唯一の肉親となった兄と、もちろん自分自身も必ず幸せにするという目標を独力で見出し、その未来に向かって進み続ける、ブレない心の柱をぶち建てていたのだ。
これは兄の影響が大きかった。ナナはその多感な思春期を、自身を守るために必死に稼ぐ、優しく強い兄の背中を追いかけて過ごしてきたのだ。
日々、兄の頑張りに心からの感謝を示す。
家事のほとんどを担当し、勉強も頑張り、日々を充実させている。
楽しくて面白おかしい日々を送り、兄の腹筋を鍛え、春の訪れを願いながら。
しかし、ここでナナらにとって想定外の問題が発生した。
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