火星より愛を込めて
海で釣りをしていると、タコが釣れた。
「私がタコですって? いやいやご冗談を。360度、どの角度から見ても、見た通りに元火星人の現地球人ですよ」
喋るタコだった。
「私がタコではなく、元火星人である証拠、ですか? 勿論ありますとも。まず一に、タコには無い、蛸足配線機能を有しています。吸盤二個を用い、コンセントを上からぶっ挿していただきますと、綺麗にざっくり挿さります。吸盤は沢山ありますので、同時に複数ブスブス挿してご使用いただけます。二に、温泉に浸かっても茹で上がりません。のぼせない限りは、肌の色もさして変わりません。三に、私はこう見えて、柔軟性に乏しいです。長座体前屈が得意ではありません」
タコか否かの判断はさておき、折角の釣果。
連れて帰ることにした。
「よろしいのですか? 溺れているところを助けていただいただけでなく、住む場所までご提供いただいて」
こうして、喋るタコとの奇妙な共同生活は始まった。
タコ刺しにして食べるべきかどうかの判断がつくまでの飼育、と考えてのことだった。
落花生を食べてホームシックになる元火星人。
家政婦はほにゃらら、というドラマ再放送を見てホームシックになる元火星人。
旭化成(株)に履歴書を送ろうとする元火星人。
半紙を用意してほしいと言い自ら墨を吐き、魚拓ならぬ蛸拓を二枚とり「一枚は履歴書に添付し、もう一枚は万一私が死んでしまった時の遺影に」と宣う元火星人……いや、火星人は、きっと墨は吐かない。
「え? 火星人は皆、普通に墨を吐きますよ。嘘は吐きませんけれどね、ハッハッハ。火星人の墨は、地球人が道路にペッと唾を吐くようなものですよ」
喋るタコ曰く、火星人は気軽にいつでもどこでも墨を吐けるらしい。
タコは元火星人なのか、ただの喋るタコなのか。
益々頭がこんがらがるのだが、喋るタコによると、頭がこんがらがることを火星では「足が絡まる」と言うそうだ。
夏場は蛸足配線機能の世話になり、扇風機二台使いという贅沢をした。
更にザックリとぶっ刺し、電動かき氷器も同時使用したが、ブレーカーが落ちることもなく、快適に夏を過ごせた。
しかし、秋が近付くにつれ、喋るタコはあまり喋らないタコになった。
どうやら、就活が思うように行かなかったことがショックだったらしい。
「このままでは、私は貴方の荷物にしかなりません」
やっと喋ったと思ったら、そんなことを言うのだった。
「もうすぐ満月で大潮ですから、そろそろ田舎に帰ろうかと思いまして」
海に戻るのかと思ったが、喋るタコ曰く、月を経由し火星に帰るとのことだった。
満月で大潮の晩、喋るタコは釣った海まで車で送って行ってほしいと言った。
数ヵ月の同居で絆され、また、家族的な親愛の情を抱いたこともあり、喋るタコの希望通りに車で送ってやった。
「長らく、大変お世話ににゃりゅまひた」
串に刺さった団子を頬張りながら喋るタコは、海へとしずしず沈んでいく。
姿が完全に消えた後も暫く眺めていたが、喋るタコが空へと舞い上がっていく様子は特に見られない。
ザブンザブン、緩やかに波が立っている。
月明かりの雫が海面で光り、揺蕩っている。
帰宅し、コンビニで買った団子をベランダで食べる。
月も街も明るく、星はよく分からない。
仮にくっきりはっきり見えたところで、火星がどれかも分からない。
翌日、仕事から戻り郵便受けを開けると、切手の貼られていない茶封筒が入っていた。
封筒の中には、以前に喋るタコがとっていた蛸拓と、タコらしい丸みがかった文字で書かれた手紙が入っていた。
『火星より、ご多幸をお祈りしています』