45 最後の悪あがき
※少しだけバトルシーンあり
黒煙が晴れて、空の青さが混じる。
まだバチバチと火花が弾ける黒い渦の中心には、レオナルドが地を踏みしめてしっかりと立っていた。
「っ……」
彼は辛うじて直接攻撃を避けて、致命傷は免れていた。だが反射的に顔を覆った両腕と、太腿の一部が赤く焼け爛れている。
(これまでより随分本物に近い、強いマナだな)
巨大な石を全身で受け取った感覚だった。手足の痺れがまだ残っている。
だが、彼は痛みにあえぐ暇などなかった。魔獣とは異なる攻撃。しかも、いつ、どこから来るのか分からない。
これ以上犠牲者を増やさないためにも、早く片付けなければ……。
再び足下が光る。途端に黒い電撃が襲って来た。すかさず魔法で対抗する。マナとマナがぶつかり合って、耳をつんざくような爆音と衝撃波が周囲にどっと広がった。
土煙が視界を隠す。遠くから悲鳴のような悲痛な声が聞こえた。
他の場所でも同等の攻撃が行われているのだろうか。そう考えると、焦る気持ちが迫り上がって来る。
「無様ですね、皇太子殿下」
その時、レオナルドの前に数人の人影が現れた。視界が濁って見えづらいが、その中心にいる者は――、
「ダミアーノ・ヴィッツィオか……」
「ご無沙汰でございます、殿下」ダミアーノが恭しく礼をした。「ご息災のようで、嬉しゅうございます」
レオナルドは眉根を寄せて、
「これは何の真似だ」
皇太子然として、険しい声音で問うた。
ダミアーノは小馬鹿にしたようにくすりと笑って、
「何のって……ご優秀な殿下でしたら、お分かりでしょう? あなたも……キアラ・リグリーアも、ここで死んでいただきます」
「…………」
レオナルドは数拍黙り込んだあと、大きく息を吐いた。
「貴公も意外にしつこい男だな。そんなにキアラのことを愛していたのか?」
皇太子の不躾な問いに、ダミアーノはみるみる気色ばむ。
「は? 誰が、あんな女なんかを……。このオレが」
顔をぐしゃりと歪めながら元婚約者の現婚約者を睨め付けた。
「婚約者を他の男に奪われて悔しいのか? そんなに彼女を愛していたのなら、しっかり態度で示しておけよ」
「黙れっ!」ダミアーノは大声を上げる。「お前たちはオレを嵌めたくせに、よくもぬけぬけと……」
「人聞きが悪いな。元より貴公が婚約者を裏切っていたのが始まりだろう。ミア子爵令嬢との婚姻のためにな。それは立派な不貞だ」
マルティーナの名前が出た瞬間、ダミアーノはビクリと肩を震わせる。腹の中に溜まった怒りが爆発しそうだった。
この男は、いつまでも自分を虚仮にして……。
だが次の瞬間、彼は皇后との密約をはっと思い出す。すると暴走しそうな思考が少しは凪いだ。
皇太子の挑発に乗っては駄目だ。自分には大切な使命がある。未来のヴィッツィオ公爵の当主としての、輝かしい道を歩むために……!
「はっ! 偉そうな口をきけるのも今のうちだ!」
「いや、実際に私は貴公より身分が上なのだが?」
「うるさいっ! ……絶対に殺してやる!!」
ダミアーノはパチンと指を鳴らす。すると、周囲の者が一斉に魔道具でレオナルドに攻撃を開始した。
瞬時に魔法陣が現れて、黒い電撃が槍のように鋭く飛んでくる。
しかし、レオナルドは冷静にそれらをマナで打ち消した。
「何っ!?」
敵たちは目を見張る。これまでより強力なマナの量なのに、いとも簡単に破るとは。一体、何故……?
レオナルドは悠々と攻撃に応じた。全ての魔法を相殺する。
さっきの見えない攻撃とは異なり、攻撃する者が見えていれば対策は簡単だった。どのように莫大な魔力でも、皇太子の持つマナに比べればこの大陸で彼の右に出る者はいない。
それに、魔女のマナに対抗しうる力に目覚めた彼にとって、人工的な紛い物のマナなど、たとえ強化した状態でも敵ではなかった。
彼は短くため息をついて、
「やれやれ……。馬鹿の一つ覚えのような攻撃だな」
次の瞬間、
目に見えない速さの皇太子の一閃で、敵は皆倒れた。
「くっ……」
レオナルドはニヤリと口元を上げて、
「貴公らのお陰で、皇后の陰謀の素晴らしい証拠品を手に入れることが出来た。感謝する」
「くそっ! ふざけるな!」
「ま、こんなに騒ぎを起こせば、目撃者は大勢いるとは思うが。皇后命令による皇太子暗殺未遂のな」
「はっ、それは心配するな。ここにいる目撃者は全員殺すからなっ!!」
ダミアーノは魔道具に己のマナを注入する。そして、連続攻撃。黒い雷が滝のようにレオナルドに降り注いだ。
鼓膜に響くような爆発音が止まない。爆風がどうっと吹きすさぶ。魔獣と戦っていた騎士たちが、思わず手を止めて凝視するほどだった。
マナの臭気と、黒煙と土煙が混じった闇が広がる。
キアラがそこに辿り着いた時は、視界が黒く染められてしまった。
「レオナルド様……!」
両手を握って祈るように婚約者の身をひたすら案じる。マナの厚い混沌の中で微かに、レオナルドの生命を感じた。
やがて、黒い景色は晴れた。
同時にキアラの曇り顔もぱっと明るくなる。
レオナルドが、ダミアーノの喉元に鋭い剣先を突き付けていたのだ。
「なっ……なぜ……」
ダミアーノは困惑が隠せなかった。魔女のマナは他の魔法を無効化する。例え人工的に作り出したものでも、通常魔法では防ぎきれないはずだ。
なのに、目の前の男は、平然と己の前に立っている。渾身のマナを込めて、全力で挑んだはずなのに……。
レオナルドはあたかもダミアーノの心内を読んでいるかのように、涼しい顔で淡々と言った。
「どうやら先ほどの魔女裁判で闇魔法に耐性が付いたようだ。嬉しい誤算だな」
「っ……! このっ――」
「いい加減にして!」
二人が同時に声のほうへ顔を向ける。
キアラだった。
彼女はわなわなと震える身体を両腕で抱いて、溢れ出る怒りを抑え付けていた。




