41 魔女裁判①
皇都の広場には、入りきれないほどの人が集まっていた。
彼らは無理矢理箱に詰められたみたいにぎゅうぎゅうに固まって、全く身動きが取れなかった。人の壁に挟まれて息をするのも一苦労だったが、それほどの苦痛でも見る価値があったのだ。
歴史上の話でしか聞いたことのない『魔女裁判』が、今これから始まる。
皇帝と皇后が、貴賓席に着いた。硝子越しにも会場の熱狂が伝わってきて、真夏のような湿った暑さを感じた。
特に皇后は、湧き出てくる昂揚した気持ちも加わって、皮膚がとろけそうなほどに身体が火照っていた。
(やっと全てが終わるな。今日で邪魔な皇太子が消える)
そう想像すると、興奮は抑えきれなかった。
皇太子が魔女によって殺されれば、それで良し。残された魔女は、奴隷として一生マナを搾り取ればいい。使い道は無限にあるのだ。
仮に皇太子が奇跡的に生き残ったとしても、次の手は打っている。今日はどう転んでも、彼女の勝利は揺るぎなかった。
人々がどよめく。壇上に皇太子が上がったのだ。
彼はいつもの軍服に帯剣だけのシンプルな格好で、頑丈な鎧など一つも纏っていなかった。口元を引き結び、真剣な表情でただ前を見据えている。
その凛とした様子は、見ているだけで不思議と敬意を抱くような貫禄があった。この方が次の皇帝かと思うと、平民たちは頼もしい気持ちになった。
同時に疑問も浮かぶ。果たしてこんな立派な皇太子が、魔女などを匿うものだろうか……。
――わあああぁぁぁっ!
会場の熱気が一気に上昇する。魔女が来たのだ。
「魔女めーっ!」
「よくも皇太子様を騙してたな!!」
一部からは怒声が沸き起こった。主に皇后派閥の息のかかった人間たちだ。
だが半数以上は今の状況に半信半疑で、不安そうに壇上を見つめていた。
(キアラ……)
レオナルドは直線上のキアラを見つめる。やっと婚約者の顔を見ることができて安堵した。「不正が行われるかもしれない」と皇后の命令で、彼女が牢獄に入ってから一度も会わせて貰えなかったのだ。
キアラは少し痩せて、光沢溢れる絹のドレスも今では泥と埃で薄汚れていた。か細い腕に手枷をはめられた姿は酷く痛ましくて、思わず目を背けそうになった。
魔女裁判を提案したのは、皇太子自らだった。皇都に戻ってほとんど対抗策を練る暇もなかったので、このままでは皇后にやられるのは時間の問題だと考えたのだ。
ならば、少しでも時間を稼ぐほかはない。それに、皇后に打ち勝つためには、守りだけではいけないと思った。彼は賭けに出たのだ。
(レオナルド様……)
キアラは心細そうにレオナルドを見つめ返す。彼が東部から帰還して、初めての対面だった。顔を見た瞬間、喜びが湧き上がってきた。彼が無事で本当に良かった……。
しかし、今の自分たちが置かれた状況を考えると直ぐさま不安の波が押し寄せてきて、胸が苦しくなった。
今日の魔女裁判の話は、地下牢で説明を受けていた。皇太子が魔女の攻撃を受けて、生き残ったら無罪――そして、死ねば有罪だ。
国王の代理を名乗る貴族から、決して手を抜かないようにと厳重に注意を受けた。これは勅命だ。
もし、それを破るようなことがあれば即刻「魔女」と見做し、リグリーア一族は勿論のこと皇太子とその関係者も全て処刑台に送るそうだ。
キアラにはもう選択の余地はなかった。皇帝の命令に背くなんて貴族としてあり得ないし、自分の行いで家門や……婚約者が命を落とすようなことがあれば、絶望で心が壊れてしまう。
だから、全力で挑むしかほかないのだ。
もう、神に祈るしかなかった。
「殿下、本当によろしいのですか?」と、アルヴィーノ侯爵が縋るように確認する。
彼は主の死が迫っている今、何も出来ない己に激しい怒りを感じていた。
長年の側近に声を掛けられて少しだけ緊張が溶けた皇太子は、ふっと口の端を上げる。
「大丈夫だ。俺が死ななければいい。戦と同じ、簡単なことだろう?」
「ですが……」
「侯爵はその後のことだけを考えていればいい。頼んだぞ」
「……承知いたしました。ご武運を!」
皇帝が手を挙げる。始まりの合図だ。途端に会場はしんと静まり返った。
レオナルドはマナを全身を覆い防御魔法の盾を作り、キアラは瞳を閉じて体内のマナの流れを感じるのに集中している。
沈黙。
張り詰めた緊張。
全員が固唾を呑んで見守っている。
少しして、キアラの赤い瞳がカッと開いた。
「マナよ!」
黒色の電撃がとぐろを巻きながら彼女の両手から起こって、一直線に彼の肉体へ飛ぶ。
――バチンッ!
「ぐっ……!」
雷はレオナルドの防御を容易く貫いて、彼の右肩に激突した。彼はよろめきながら一歩後退する。
観客からどよめきの声が上がった。
「っ……!」
キアラの顔が歪む。レオナルドの肩が黒く焼け焦げ、赤いものが垂れていた。
「……」
皇帝は真剣な顔つきで彼らを見下ろしている。
(愉快、愉快)
皇后はニヤリと口の片端を上げた。
(これは共倒れだな)
高位貴族の席では、ダミアーノが薄笑いを浮かべている。彼もまた皇太子と伯爵令嬢の破滅を見物に来たのだ。
己を貶めた憎き二人が、じわじわと不利な状況に追い込まれていく様はおかしくてたまらなかった。
長いので分割します。




