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もう、あなたを愛したくありません〜ループを越えた物質主義の令嬢は形のない愛を求める〜  作者: あまぞらりゅう


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38 皇都の魔獣




※魔獣が出てきます





 魔獣の噂は、ひっそりと広まっていた。


 最近、皇都近辺でそれらを()()者が数人いるらしい。しかしそれは一瞬だけで、瞬きした瞬間に()()()しまうのだ。

 それは人間を目視して逃げ出したのではなく、文字通り個体の存在自体が消えてるのだ。まるで亡霊みたいだと、一部の人間のあいだでは恐れられていた。


 これは人工的な魔女のマナで魔獣を操って、何処かへ転移させているのではと、キアラは考えた。きっと大量の魔獣を集めて、皇太子の軍に攻撃するつもりなのだろう。


 最近は、紛い物の魔女のマナの気配が更に濃くなっているのを感じていた。皇后と対面した際の不快感……それが皇都の城外にいても、ふわりと漂って来るときがあるのだ。


 嫌な予感がした。皇后の陰謀は今も続いている。それも、皇都で何かをしでかすような。


 商会の倉庫はあれ以来特に被害はなかったが、キアラは不安になって己の魔女のマナで結界を貼ろうかと何度も悩んだ。経済的損失は、皇太子派閥の損失にも繋がるからだ。


 しかし、レオナルドとの約束がある。闇の魔法は、絶対に使ってはならない。

 その危険性は、キアラ自身も重々承知していた。







 その、うねるような騒ぎは、街の中心部にあるキアラの商会の本店にも届いた。

 元より賑やかな皇都の街だが、外の喧騒いつもと違って緊迫感あふれるものがある。何か異変が起きていることは明らかだ。


「どうしたんでしょう?」と、ジュリアが首を傾げながら窓に近付く。


「っ……!?」


 その時、キアラの頭に、つんと針を突き刺したような感覚が襲ってきた。途端に、腐った魚みたいな悪臭が漂って来る。


(これは、人口の魔女のマナだわ。それも、物凄い量……)


 嫌な匂いは、どんどん強くなっていく。鼻が曲がるような強烈な異臭に、他の者たちは気付いていないようだ。


「伯爵令嬢! 逃げてくださいっ!」


 突然ドンと勢いよく扉が開いて、レオナルドがつけたキアラの護衛が血相を変えて飛び込んで来た。


「どうしたの?」


「まっ、魔獣が出現しました!」


「ええぇっ!!」


 ジュリアが大声を上げる。

 対してキアラは冷静で、「そう」とだけ言って立ち上がった。


「な、なんでそんなに冷静なんですか?」とジュリア。


「先日の倉庫の被害に立ち会ったでしょう? だから可能性としてはあると思っていたわ」


「そうですけどぉ〜〜。キアラ様は魔獣が怖くないんですか?」


「怖いわよ。だから、私たちも早く避難しましょう」


 キアラは魔女のマナという強大な力を持ってはいるものの、それで「戦闘」という行為をしたことはなかった。だから、怖い。獣が怖いのは確かだ。


 だが、もしやむを得ず魔法を使ってしまい周囲にこの力が露見して、レオナルドに迷惑をかけることになるほうがもっと恐怖だった。

 それは、今回も()()を意味するから。




「こちらです!」


 護衛に誘導されて、キアラたちは商会の裏口から出る。建物の向こうから、人の泣き叫ぶ声や獣の鳴き声が聞こえてきた。


「魔獣の性質上、馬車は却ってあれらの的になってしまいます。恐縮ですが、走って避難場所へ向かいましょう」


 キアラたちはひたすら走った。

 次第に人が集まって多くなる。子供を抱えた母親、大事な商売道具を持った職人、財産を投げ出して来た商人……街中の全ての人間が避難場所である宮殿の門へと急いでいた。


 途中、馬の蹄と鎧の擦れる音が聞こえてきた。きっと騎士や魔導士たちが到着したのだろうと安堵する。

 あの日襲撃された商会の倉庫から感じたマナは、魔力量はそれほど多くは感じなかった。なので、全ての個体が倒されるのも時間の問題だろう。


 自分たちは、それまで彼らの足手まといにならないように、なんとかやり過ごせばいい。

 もうじきレオナルドも帰還する。そうしたら、この魔獣騒ぎも彼が調査することだろう。




「きゃあぁぁっ!!」


「ま、魔獣だっ!」


 にわかに、前方で人々の悲鳴が一層大きくなった。

 それが合図かのように、ゴールに向かって一直線だった流れが、氾濫したようにぶわっと勢いよく横へ広がって行く。人の波が慌ただしくぶつかり合った。


 キアラたちは一旦足を止めたが、人の流れに逆らえず散り散りになってしまった。


「キアラ様!」


 護衛もジュリアも必死で主の姿を探すが、酷く混乱状態に陥った現場では身動きさえ取れなかった。


 突如、皇后と同じマナの匂いをキアラが感じた時だった。


「グルルルル……!」


 魔獣だった。

 それは狼のような見た目で、牙だけが異様に発達していた。涎を垂らして、腹を空かせたようにグルグルと鳴いている。

 あれにひと突きされたら、ひとたまりもない。


「!」


 ふと、キアラと魔獣の目が合う。

 張り詰めた空気が走った。

 逃げ惑う人々の叫び声も遠くへ行ってしまうような、長い瞬間だった。


 その僅かな時に、彼女は気付いた。


(魔獣は……私を狙っている……!)


 刹那。


「グルルアアァァァッ!!」


 魔獣がキアラに向かって一直線に突進して行く。


「キアラ様っ!!」


 金切り声みたいな、ジュリアの悲痛な声が響く。

 だが、キアラの耳には少しも届いていなかった。


(避けるのはできそうだけど……。でも、今私が避けたら…………)


 彼女の近くには、まだ人が多くいた。彼らが確実に逃げられたら良いのだが、そうもいかなそうだ。腰が抜けた老女、転んだ幼い子供を必死で抱き締める母親、他にも動けない者が多くいた。

 自分がここで逃げてしまったら、彼らに害が及ぶことは容易に想像できた。


(仕方ない、か……)


 最大の危機なのに、心は穏やかだった。まるで、最初から分かっていたかのような。


 おもむろに瞳を閉じる。そして自身の肉体を流れる魔女のマナを、両手に集約させた。

 じわじわと両手が熱くなるのを感じると同時に、婚約者の――レオナルド・ジノーヴァーの顔が浮かんで来たが…………無理矢理消した。


 弾かれるようにカッと目を見開く。


「我に集いし闇のマナよ!」


 次の瞬間、魔獣は(キアラ)のもとは辿り着く前に、漆黒の(いかずち)に撃たれた。


 消失。


 魔獣はまるで初めから存在などしなかったかのように、その場からいなくなってしまった。

 残ったのは、地面の黒い染みと、揺蕩う黒い煙。


 奇しくも、キアラが魔獣を倒すと同時に、あれほど暴れ回っていた他の魔獣たちも泡のようにパッと消えていった。




「魔女だ!!」


 水を打ったように静まり返った街に、朗々とした男の声が響く。


「その女は魔女だ! 直ちに拘束するように!」


 それは、屈強な騎士団を引き連れた――ダミアーノ・ヴィッツィオ小公爵だった。


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