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もう、あなたを愛したくありません〜ループを越えた物質主義の令嬢は形のない愛を求める〜  作者: あまぞらりゅう


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37 処刑後の二人

「ミア子爵令嬢が処刑されただと……?」


 帰路の途中の宿で、レオナルドは信じ難い情報に目を丸くした。


「それが……一度は小公爵夫人になったのですが……」


 アルヴィーノ侯爵は自身も納得してなさそうな顔で、皇都からの情報を主人に説明する。だんだんと話が進んでいくにつれ、皇太子の眉間の皺は深くなっていった。


「皇后は上手いことやったな」


 侯爵の説明を聞き終わって、レオナルドは感心するように軽く息を吐いた。

 マルティーナの想像妊娠の公表は、彼女自身の精神がおかしいということ。これで第二皇子(アンドレア)に非はないことが証明される。


 もっとも、第二皇子の仕打ちが彼女を狂わせた……という疑惑が生じる可能性もあるが。だが、そう感じるのは冷静な少数派だけだろう。


 そして、皇族――いや、()()()勘気に触れると、あのような目に遭う……という恐怖心を周囲に植え付けることにも成功している。

 事実、マルティーナの処刑以来、表立って皇后派閥に対立しようとする者はいなくなった。皇太子派も、主が不在なのもあり、皇都では大人しく過ごしている。


(キアラは大丈夫だろうか……)


 レオナルドは真っ先に婚約者の身を案じた。

 マルティーナは過去六回に渡って、ダミアーノとともにキアラを苦しめた張本人だ。今回の処刑に対して、彼女はきっと複雑な思いを抱いているだろう。


 もしかしたら、過去のトラウマが甦って悲しい気持ちになっているかもしれない。また、ダミアーノから良からぬ言葉を浴びるかもしれない。


 ……それに、魔獣の件も気になる。


「急いで帰ろう」


 レオナルドはおもむろに立ち上がって、ぎくしゃくと厩舎のほうへ向かった。


「殿下、もう夜ですよ」と、侯爵が慌てて止めようとする。


「そうだな」


「……いやいや、もう寝ましょう」


「俺は急いでいるんだ」


「殿下はそう言って、ここ数日ほとんど眠っていないじゃないですか」


「そうだっけか?」


「そうですよ。今夜はせっかく宿が取れたのですし、ゆっくり休みましょう」


「だが、キアラが――」


 侯爵が目配せすると、数人の騎士が皇太子を優しく部屋へ連れ戻した。連日ほぼ徹夜状態だった彼は、いとも簡単に引きずられて行く。


「皇都に着いて殿下が使い物にならなかったら、リグリーア伯爵令嬢はとても心配するでしょうねぇ」


「そ、そうか。それは仕方ないな」


 レオナルドは素直に侯爵の言葉に従った。

 伯爵令嬢と婚約してからというものの、皇太子は無茶をすることが多くなった反面、扱いやすくなったな……と侯爵は思った。


「恋する男は馬鹿(ポンコツ)になるなぁ……」と、彼は独りごちた。







 キアラも、表面上は大人しく過ごしていた。


 レオナルドがらの注意を守っているのもあったが、気が塞いであまり動きたくなかった。

 マルティーナの処刑を受けて、もう無関係なはずなのに、なんとなく当事者の気分がしたからである。


 七回目にしてマルティーナへの復讐が叶ったことはもっと喜ぶべきなのだろうが、まだ胸の奥が疼のは今もダミアーノが生き残っているからだろうか。


 彼は度重なる失態で、社会的地位はかなり下まで落ちているはずだ。その事実だけでも復讐は順調なはずなのに、満たされない気持ちと焦りが今も消えなかった。


 過去六回分の最期の瞬間が、悪夢となって襲って来る夜が今もある。彼女の心は、まだ深く傷付けられたままだったのだ。


 マルティーナは死んだ。

 次は……ダミアーノだ。


 彼の傲慢な性格のことだ、きっとこのままでは終わらないだろう。元婚約者を逆恨みして、水面下で爪を研いでいるはず。

 皇后からはすっかり冷遇されてはいるようだが、最近は再び皇后派閥の集まりに出入りしているようだと皇太子の間諜から聞いていた。


 ダミアーノをきっかけに、なんとか皇后までダメージを与えられないだろうか。

 そうしたら、レオナルドの肩の荷が下りるのに。


「まぁた、皇太子殿下のことを考えているんですか〜?」


「へぁっ!?」


 出し抜けにジュリアに声を掛けられて、キアラは思わず素っ頓狂な声を上げた。


「べ、別に……。そんなことは……」


 ドキドキと鼓動が速くなり、頬が熱くなった。

 確かにほんの少しだけレオナルドのことを考えてはいたが、それは彼のある意味「復讐」を手伝うからであって、そもそも、私たちは利益で繋がった同志だし、互いに上手く利用しているだけだし……。


(ちょ、ちょっと待って! 今、「また」って言った? 私、そんなに彼のことを考えているかしら……!?)


「あらぁ〜、図星ですねぇ〜。当たっちゃいましたぁ〜〜」と、侍女はニヤニヤと目を細めながら言う。


「馬鹿なこと言わないでよ」と、子供みたいに口を尖らすキアラ。


 ジュリアはへっへ〜と笑いながら舌を出して、


「だって、皇太子殿下が絡むと、キアラ様は面白くなりますから」


「おっ……面白い!?」


「年相応で、からかいがいがあると言うか」


「あのねぇ」


「だってキアラ様って妙に達観してるじゃないですか。何でも知っていて、まるで人生二周目ってかんじ」


「っ……」


 ぬるりと冷や汗が出て、言葉に詰まった。

 逆行の繰り返しはひた隠しにしているつもりだ。だが無意識に、それを予感させるような軽率な行動を取ってしまっていたのだろうか。


(ただでさえレオナルド様に魔女のマナを知られてはならないって言われているのに、こっちのほうも気を付けないと……)


 その時、ふとキアラの頭に暗い影が過った。


(彼は……私が回帰しているって気付いているのよ、ね……?)


 はっきりと彼の口からは聞いていないが、自分の意見をすんなり聞いてくれるところや、なんとなく彼の態度でそう感じていた。

 でも、直接言われていないし、こちらからも言っていない。


(回帰を知っているということは……彼も…………?)


 そう考えると、背中がゾワゾワと粟立った。

 過去を知っているということは……キアラの罪も知っているということだ。ダミアーノの命令で行った、数々の身の毛がよだつ行為を。


 レオナルドは表面上は優しくしてくれるが、本当は自分のことを軽蔑しているのだろうか。

 ……やっぱり、嫌悪している?


 そのことに想像を巡らせると、胸が苦しくなった。

 彼に……嫌われたくない。


「キアラ様?」


 突然黙り込んで俯く主人に困惑して、次女は顔を覗き込んで呼びかける。

 キアラは弾くように顔を上げて、ふっと微笑む。


「ごめんなさい、ちょっと考え事をしていたの。

 ……ねぇ、もし私が人生二周目だって言ったら、あなたはどうするの? これから起こる未来を知っているって言ったら」


 そして、それとなくジュリアに聞いてみた。仮に回帰を告白したとして、その際の他人(ひと)の反応が気になったのだ。

 あるいは、レオナルドの代わりに聞いたのかもしれない。


「んんん〜、そうですねぇ〜〜」


 ジュリアは少しだけ思案してから、


「未来のことが分かるのなら、今みたいに一緒に組んで商売をしますね! そして、いっぱいいっぱいお金を稼いで、二人で皇族を超えるような大富豪になりましょうー!!」


 明るく元気に答える。

 僅かの沈黙のあと、


「そうよねっ! それが一番いいわよね!」


 キアラもジュリアに釣られて相好を崩した。今は、彼女の底抜けた明るさと前向きさに救われる気がした。


「やっぱりお金儲けですよ、キアラ様!」


「その通りね」


 キアラはなんとなく安堵感を覚えた。

 七回目の自分はこれでいい。金銭で繋がった、こういう後腐れない関係がいい。気が楽だ。


 レオナルドとも、こういう割り切った関係のはずだ。

 早く目的を達成して、あとは地方の領地に引っ越してのんびり過ごそう。


 もう、ダミアーノの時みたいに、無駄な感情に振り回されたくないわ。




 せめてレオナルドが不在の間は、自分がしっかりして務めを果たそうと決めたとき、それはやって来た。


 魔獣が、ついに皇都に出現したのである。



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