3話 売買流通優遇契約書と指名出張
クーネルが商会ギルドで働き出してから約1年経とうとした春前、2人の顔馴染みが商会ギルドに顔を出していた。
「ここにクーネルが務めてたはずなんですが……ライケンが来たと言えば分かると思います。」
裏で作業していたクーネルにライケンの名が伝わるとついに来たと言わんばかりに飛び上がり来客対応へと回った。
「よぉライナス、ケンティ、本日はどのようなご用件でしょうか?」
名前呼びの後、すかさず仕事口調に戻した。
「今日オフだからね。顔見せにきた。
なんか顔、優れなさそうだな……。」
ケンティから胸に突き刺さる一言である。
クーネルは感じていた、順風満帆のはずの第二の人生、それなのに何か足らない、何かを欲してるそんな乾きを……。
「今日お前の仕事終わったら飲みにいかないか?」
どうやら2人の要件は飲みの誘いみたいである。
断る理由も特にないため引き受けた。
「本日の業務終了時刻は20時なのでそれまでお待ち下さい。」
笑顔でまるで仕事相手のように受け答えする。
見合い、少しの沈黙の後3人は堪えきれず笑い出した。
「似合わねぇというか慣れねぇ。」
「似合わなくはないだろ!」
ライナスに素早く突っ込むと笑ってたケンティが腹を抱え出した。
「積もる話は夜にまた。」俺はそれだけ言い残し2人をギルドの入り口まで見送った。
去り行く背中を眺めながら感じる乾きの正体を探るがこれといって思い当たるものがない……強いて挙げるとするならば珈琲だろうか……。
小さくなる友の背を眺めていると後ろから聞き馴染みのある声に驚かされる。
「あら?サボりかしら?」
「これはこれは王宮魔法師団のベスティじゃないですか……。本日はどのようなご用件でしょうか?」
彼女こそ都立アウスガルド学院次席、ベスティ・ハーネルであり農民出身初の王宮魔法師団員であり1年前に俺に猛抗議してきた張本人である。
「要件ならもう終わったわ。」
一枚の契約書を見せられた。
営業許可証も兼ねた売買流通優遇契約書である。
これは出店を開く際に商会ギルドが後ろ盾になる代わりに売上の10%を商会ギルドへ納めるというものである。
後ろ盾、この場合クレーマーの処理から流通の手配、納税の代行、コンサルタントなどなどその他雑事全般である。
だが王宮魔法師団といえばそもそも支部にそれぞれ薬草やポーション、魔法道具などを売り捌いているはずだ。
売買流通優遇契約書なんてものは不要なはずである。
「??何故魔法師団がそれを??」
思い当たる節がない俺はそう尋ねる。
「サーベイスギルドと取引してたら情報くらい入ってるでしょう?」
それで漸く思い至った。
サーベイスギルド、依頼を受け調査や探索を行う謂わば冒険者ギルドのような存在である。
思い当たる情報、それは未開の南方面の国土開発計画過程で他国と国土の問題が発生しておりサーベイスギルド全体が人員不足に陥っているという話である。
ここ2、3年ほどで発生した問題であった。
「国際紛争とか……戦争にまで発展しないといいが……。王宮魔法師団が絡むと嫌な予感しかしないんだけど……。」
俺は率直な感想を述べた。
南方は人も寄せ付けぬ樹海、その先に断崖絶壁の山脈が広がっておりそこら一帯に生息する魔物が強力なこともありほぼ未開の状態だったのだ。
山を跨げば存在すら知らなかった国がそこにあり山の領有権を主張してるなんて耳が痛い話である。
無論相手国もこの山を越えることは難しく放置状態だったとのこと。
「戦争なんてものはそうそう起きないわよ。ただ相手国により我が国民の死者がすでに出てて王国はその抗議の書面を送りつけるために私たちを使う話になってて支部のないところで売買する人脈がいるからこれがいるそう言う話……。」
国も領土問題となると必死にサーベイスギルドへバックアップを行うようである。
「魔法師団員も大変そうだな……俺はそろそろ仕事に戻るわお疲れ様。」
「またね。」
仕事中ということもあり長い立ち話は憚られたため早々に話を切り上げて別れた。
戻ったクーネルを待ち構えていたのは次席が残した厄介ごとにまつわる大量の書類である。
「ハイネ先輩、これは?もしや王宮魔法師団との契約の?」
ハイネ先輩、俺の先輩ではあるのだが立場は学歴のせいで俺の方が上であるちょっと不思議な関係性だ。
現に現在進行形で書類を持ってきて貰ったところである。
「それ以外もありますがそうですね。これで全部です。」
紙は30年ほど前から大量生産されてるらしいがそれでもそこそこの値段はするわけで……目の前に置かれた書類の山となると紙代だけで人、1人を半日は雇えるだろう。
急ピッチで作成された契約内容や概要、必要事項等書かれた書類に目を通し予算計上する必要がある。
急いで座り書類に目を通し始めた。
1枚目、2枚目と手際良く処理しだそうとした俺の手はたったの3枚目で止まる。
ギルド職員の指名があったからだ。
「あのハイネ先輩……。」
思いがけず先輩を呼んでしまう。
「あぁそれですよね。うんやっぱりそうなりますよね。流石首席、人気者ですね。」
他の仕事の書類も運ばれた理由が判明した。
契約に際し多額の追加料金を支払えば確かに対応者を指名することは可能である。
だがそんなのはごく稀だ、そもそも人を指名せずとも誰かしらがギルド内で任命され対応にあたるからだ。
ましてや王宮魔法師団との取引であれば俺よりも高位の職員があたる案件である。
推薦人に思い当たる人物は1人しかいなかった。
「ベスティ……厄介事持ち込むなよぉ〜。」
部屋には嘆きに呼応した笑い声が聞こえてきた。
「アウスガルド学院首席ともあろう方でも嘆くのですね。」
年上に敬語を使われることには慣れたが小っ恥ずかしくて書類へ目線を落として話した。
「先程この契約書を受け取りにきた女性は同期かつ次席です。仲は悪くないですけど何かに吹っ掛けては成績で勝負を求められていました。」
話しながらも書類を整理し直し再び処理し始めた。
「首席の学生話聞かせて貰えるのですか?」
「……いえここで辞めます。」
小っ恥ずかしさを紛らわすための話が小っ恥ずかしかったため無理に切り辞めた。
そして先輩の補助もあり黙々と進めていく。
一連の書類を一通り処理したところで異変に気がつく。既存の契約ではどう足掻いても採算が取れないのだ。
この契約はギルド支部からの補給地から遠くかつ規模が大きくなるにつれて採算が取れない傾向にある。
人件費が売り上げのパーセンテージが下回るからである。
相手が売り上げさえ出せれば良いが王宮魔法師団は売り上げや販路拡大が目的ではなく何かあった時用の保険目的なのは明白であった。
だが契約は既に交わされており王宮魔法師団相手に契約破棄は不可能に近かった。
「課長に伺い立ててきます。」
ハイネ先輩にそう言い放ち席を立ち上がったところでまるで予期していたかのように課長が入ってきた。
ちなみに実家のお隣さんである。
「ケイラス課長。王宮魔法師団との契約についてなのですが……。」
と語り始めたところで手を挙げて静止させられた。
「あぁそれね。採算が合わないだろ?知ってる。俺も部下に付き添って契約に立ち会ったからね。
それ半分王命みたいなものだから採算度外視で通して構わん。
後、君はその書類よりも今週分の他の計上を済ませておいてくれ。
指名されたことはもう目を通しただろ?」
まるでではなく本当に予期していたのだろう答えが帰ってきた。
となると書類に記載されてる分では足りないだろう。
「……ということはもしや医療物資も不足するのでは?相手は山脈奥のデルシア王国だけでなく道中の自然も牙を向きます。例え相手国との争いがないにしてもこの手の消耗品は飛ぶように売れるのでそれを手配して損失分を補填してよろしいでしょうか?」
例えポーションを王宮魔法師団が打ったとしても包帯などは商会ギルドの支部が売ることになる。
そこの輸送もついでに行い売り上げを狙っておこうという腹積りである。
「その辺の調整は君の担当だろ?指名なんだから……好きにすると良い。しっかりやれよ。」
「はい。」
「他に要求があるなら今のうちに言っておくといい。」
「では荷車一台追加で手配してこれらも運送します。恐らく魔法師団相手に売れると思いますので……後、もし追加で必要な物は支部を通して要求するのと1人助手としてつれて行っていいでしょうか?」
「確かにな……なるほどそれなら助手の人件費込みでも採算とれそうだな……構わん。で誰をご指名だ?指名相手の許諾さえあれば誰連れて行っても構わんぞ?」
俺が指名する人など1人しか居なかった。
20時、約束の時間ギリギリまで仕事に追われていたがほどほどで切り上げ走るようにギルドを出ると入り口に2人が待ち構えていた。
「「ふっ!1分遅刻!」」
1分どころか5分も遅れたというのに冗談が細かい奴らである。
「すまん遅れた。打ち合わせてまでふざけてるあたり1時間外で待たせても平気だったか?」
冗談を冗談で煽り返した。
「洒落にならんぞぉ泣くわ!」
「そうだそうだ。今日はとことん飲むぞ〜!」
乗り気な2人には申し訳ないが今日はほどほどで上がらせて貰う予定である。
「悪いが事情があってな1時間しか付き合えねぇ詳しくは飲みの席で話す。」
「構わん1年ぶりだぞ。飲めるだけで最高!」
飲みの席に着くと早速仕事で出張とだけ伝えた。
ついでに遅れた言い訳にしておく。
「若きエースはなんと忙しいことか。お前もたまにはちゃんと休めよ?」
「こいつ飲みに誘った理由は仕事休みだからじゃない!なんとこいつ政略婚決まった。」
「おい!なんで俺より先にバラす!なんだその成し遂げたかのような顔やめろ!くそ!どっきりさせるつもりだったのにぃ!」
話の飛躍が半端でなく頭が処理を拒んでいた。
「ライナス……相手は?」
一旦処理する時間確保のため相手を聞き出す。
ボーティ伯爵家、三女、王宮魔法師団員歴5年目とのことだった。
「年……上?美……人?」
処理を拒む脳との戦いは熾烈を極める。
「おーいクーネル?戻ってこい!鬼のような仕事量で脳でもやられたか?」
「バラされたけど……驚いてる??」
食事を摘みお酒を流し込み脳のストッパーが外れたことで漸く情報の処理が終わった。
お相手が王宮魔法師団ということでついでに出張が決まったことを話した。
無論守秘義務がどこまで及ぶかわからない以上王宮魔法師団に指名されたことも地名も伏せた状態である。
「いつ戻れるんだ?」
これに関しては自分もよく分かっていない。
契約書には指名の契規満了時期が明記されていないのだ。
「さぁね。今回異例づくしでね。王都には戻らないかも知れない。」
電撃発表で賑わっていた空気が一気に冷めてしまった。
「じゃあ定期的に文送れ!そしたら送り返してやる。」
婚約が決まった命令口調の貴族様の目には涙が浮かんでいた。
ちなみに俺はライナスが泣いた所を見たことがない。
この時点で察してケンティに尋ねた。
「こいつもしかして弱い?」
ケンティは言葉にはせず頷いた。
「え?誰が弱いって?泣くぞぉうおぉぉ。」
泣きながら更に飲もうと酒を注ぎ始めたライナスをみてギョッと身構えたが注ぎ終え手に取る瞬間にケンティがしれっと水の入ったコップと入れ替え同時に飲み干した。
「そうそうライナス、君は強いよ。」
頭撫でながら酔っ払いを宥めるケンティ、これも初めて見る光景である。
「こいつはなぁ技でぇ俺は力なんだよぉ俺はぁ弱くない!先輩にぃ勝てないけど弱くない!あぁぁあぁぁ。」
お店の人も苦笑いでこちらを眺めており居た堪れない気持ちが湧いてきた。
結局1時間も飲まずにお開きになり支払いを済ませて2人と別れるのであった。
次回、恋愛モノを描くために盛大に前振りします。
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