2話 卒業式と再出発
気温が日に日に暖かさを取り戻すある日、俺は人生5度目となる卒業式に参加していた。
式といっても過去の4度とは違い王国の中枢、王宮の敷地内にある聖堂にて執り行われた。
都立アウスガルド学院、その首席で俺は卒業を迎えていた。
周りからは凄いと称えられるが個人的には申し訳なさすら感じている。
例えば目の前で頬を膨らませている少女なんかは特に……。
「ねぇ何で勝てないかくらい教えてくれない?普段ぼーっとしてる君に魔法工学、魔法実技でしか勝てないの納得いかないんだけど……。家でどんなけ勉強したの?寝る間も惜しんで勉強してる私が勝てないことに納得がいかない。」
熱烈な猛抗議されるも説明に戸惑う。
前世、というか別世界?の記憶、いや記憶というより過去があるといった方が正確だろうか。そんなイレギュラー、どう説明しろよ案件でもある。
ましてや数学、理科、社会等の基礎学問にいたっては幾分か劣っていると言わざるを得ず、2度目の人生ともなると覚え方も前世での経験が活き、ズル以外の何物でもないからだ。
「学習方法や考え方の違いとしか……。」
俺は適当に言葉を濁した。そもそも彼女は非常に情熱的だ。
何事においても常に全力投球、だからこそ悔しさも一塩なのだろう。
言葉を濁し、冷えてくれるのを祈る他ない。
「まぁそれはそうだよね……。社会に出たらその辺のことはあんまり関係ない。私も期待に応えなきゃだし。」
「期待っていうと王宮魔法士団だっけ?農民の出自では初の偉業だもんな。」
前世でもあったがやはりここでも男女や生まれた家での差別・格差問題というのはあった。
当然、前時代的な風習、社会秩序的なものもこの世界でそれは顕著であり、とても根深い問題でもあった。
家の評価がその子供の評価になり得るからだ。
しかし彼女は努力と才覚で分厚い壁をぶち破ったのだ。
「まぁ無理してでも通わせてくれた親に感謝だわ。あんたはそもそもなんで商会ギルド役員なんかになろうとしたの?引く手数多だったろうに……。」
確かに官僚や軍トップ、貴族階級までさまざまな人たちが俺に進路を提示してくれたが俺は全て蹴って王都にある商会ギルドへと希望をだした。
「親の影響かな。親は基本的に俺達より先に亡くなる道理な訳でそれで親の積み上げた物まで無碍にして良いものかと悩んだ末さ。それに計算は得意だし。それをフルに活かせる職場が商会ギルドだったってだけだよ。」
彼女には言えないが前世ではそのことで多少の悔いはあった。だからこそもし似たような結末を辿ろうとも対応できるようにしておきたいという本心もあった。
2度目の生、未だに頭では理解できていないが知識、経験等そのままなのだから過去の後悔、過ち、それらをなぞらないように生きたいと願うばかりである。
「まぁ男の子ってそういうもんよね。跡継ぎだのなんだのって進路まで縛られるなら確かに嫌よね。女ってだけで低い評価下されるのにも嫌だけど農家に縛られて何も成せないまま終わらないだけ女に生まれて初めて良かったと思えてきたかも……。ごめんね色々話させて、しばらくは見習いで受付とかさせられてるはずだからたまには会いにきてくれてもいいのよ。」
彼女にも思うことがあったのだろう。
そう言い残すと彼女と親しかった学友の元へと走っていった。
「やぁクーネル君、卒業おめでとう。」
不意に後ろから聞き覚えのある声がかけられてビクッと反応してしまった。
「ど、どうも先日のお誘いお、お断りしてし、しまいも、申し訳ございません。」
緩んでいた心がピンと緊張を取り戻した結果、言葉に詰まり、噛みまくってしまった。
俺にそれほどの緊張感を与えた彼は進路提示してくれた公爵家の次男、ツェリー・ヴォー・ヴァーミリオンであった。
「はは、私の方こそ済まないね。君に言われて色々考えてみたら確かに地位だけで社会は回らないよな。いやぁ流石首席、若者に諭されるなんて思いもしなんだよ。何か困ったことがあったらヴァーミリオン家を頼るといい。これ俺と兄上が使ってる別館の住所ね。夕方以降は基本的にここにいるから。ではまた。」
長期保存の効きそうな羊皮紙を両手で受け取りながら一礼した。
「はは、失礼致します。」
諭したつもりもなく俺は苦笑いを浮かべる。
そもそも地位云々については断る口実に過ぎないからだ。
「気持ち悪っ……」
変な持ち上げられ方に薄気味悪さすら感じて去りゆく背中を呆然と眺めながらそう吐き捨ててしまった。
「あのヴァーミリオン家に気持ち悪ってお前凄えなぁ」
隣から聞き馴染みのある声と共に学友達が姿を現した。
「違う違う、そうじゃないそうじゃない。彼に言ったわけではないそもそも独り言だ。忘れてくれ。」
咄嗟に否定しようとつらつら言葉が溢れ出す。
「はは、わかってるよ。お前がちょくちょく独り言漏らすことも誰かに対して文句や嫌味の1つも出さねぇこともよ。何せ皆等しく接して丁寧な物腰から一部から聖人扱い受けるほどだしなぁ。」
時代が違えば扱いが変わる。俺が当たり前だと前世で刻み込まれたものも当たり前でない場所では異質な存在となる。
「そんなからかってやるなよライナス。貴族様からしたらやっぱりクーネルのような人って嫌いか?」
「まさか、好きの裏返しさ。」
「「気持ち悪い。」」
学友との何気ない会話、ハモった勢いのまま3人で笑い合った。
「あ、貴族だからって特別扱いしないでよ?これからも友達として接してくれ。」
最初に声をかけてきたライナスは下級貴族の生まれでその横のケンティは彼の家とは古い付き合いの名家であった。世間一般的には俺よりも大当たりな生まれである彼らだが俺が聖人扱いされ出した当たりから面白いって宣告されたのち友達となり一緒に行動する様になった者たちである。
「2人とも軍だっけ?おめでとう。」
「おうよ俺らがお前を守って差し上げよう。」
「巡回中にたまには顔出しにいくよ。」
「いや仕事に集中してくれw」
「それじゃあ俺たちはもう行くわクーネル首席、おめでとう。またな。」
「2人とも達者でね。」
手を振り学友を見送った俺は少し空いた穴を感じつつ帰路に着いた。
王都の大通りを下り、街外れの一つ手前の中通りへと曲がる。
ここら一帯は商人の集う住宅街、主要道路に程近く地価も王都としては下から数えた方が早い方で何より周辺に溢れんばかりに住まう中流国民の密集住宅街、仕事、値段、客、どれをとっても商人にとっては最適な場所である。
その中で三階はあろうかというほどの大きめの家、2件に挟まれるように建てられてある一階建ての小さな家へと帰ってきた。
「ただいま帰りました。」
長い寮生活を経て久々の我が家への帰宅、匂い、明かり、そして返事として聞こえて来る声、懐かしい空間である。
「おぉ2ヶ月ぶりだな。少し身長伸びたか?母さんは寂しがっていたぞ。」
父さんが書斎より顔をだす。
「ただいま父さん、母さんは?」
「張り切って食事用意してくれてるよ。今日はお祝いだとよ。先に座って待ってろもうじき帳簿の整理終わるからさ。」
「ご苦労様です。」
肉親に労いの言葉をかけつつリビングへの扉を開く、差し込む灯りに目が眩む。直後俺は倒れていた。
何があったか気づいたのは書斎の前で倒れていることを知覚した後である。
「か、母さん!?ちょ!!どうしたの!?」
「はぁ〜久しぶりのクーネル、私のクーネル、暖かい……。」
母のその反応はさっぱりわけがわからないがどうやら扉を開けた途端、母が抱きついてきて張り倒されたようである。
「あの動けないです母さん。話はお聞きしますからリビングで座りませんか?」
「もう少し、もう少しだけ体温を、感じさせて、抱きしめさせて。」
ダメだ話が通じてないようだ。しばらくこのままなのだろうか。段々と汗が滲み出て暑さだけが増していく。
「母さん、にぃに困ってるよ。」
騒音というか奇行?に気がついたのか奥から妹がやってきた。
「おぉアル、久しぶり、元気そうでなにより。……助けてくれ。」
「ふんっ、やだね。」
即答で振られる。
「なんだなんだお隣様に迷惑かかるから騒ぐなよってエミィ……ちょっと待て!誰だその男!」
もうボケ過多すぎてどこから突っ込めばいいか分からなくなる。
俺は起こしかけてた上半身を諦めさせて仰向けになった。
親にも言えない秘密を抱え得てるのに温かいこの家に前世での家族との日々が頭を過り涙が堪えられなかった。
「え、にぃに泣いてんじゃん……キモっ。」
2度も親に恵まれた人生、前回は優しい親に親孝行しきれずに片方を失った。
その分も纏めて親孝行する決意を堅めるのだった。
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