17話 コーヒーノキノカジツ
商会ギルドに戻り書類業務を終わらせて翌朝、木を買取に向かうと久しぶりにチャイル・ポーツマスと鉢合わせた。
「チャイルさんお久しぶりです。」
「おやちょうど良かった。毎朝ここに来るってのは本当のようですね。ご苦労様です。
要件がありましてね。この街にガラス職人は居ますでしょうか? 」
「調べ直しますが確か居なかったと記憶しております。」
「そう、ですよね……。」
ガラスは高級品でこんな僻地にそもそも用途がなければわざわざ職人なんて現れない。
「魔道具作成か何かで必要なんですかね?
もしあれでしたらどなたか誘致いたしましょうか? 」
だが王宮魔道具開発局が顧客として居座り続けるなら十二分に誘致するだけの魅力となるだろう。
「いえそこまでしていただく必要はございません。あくまで私の仕事は支部の施設拡充、あれこれ試したりする必要はなく必要な物を必要な分作るだけでいいのです。」
「???では何故探されてるのですか?」
チャイルは大きな袋を取り出した。
中を見るとガラスへ加工前の砂が大量に入っていた。
「これ全部ガラスの元、珪砂ですか??凄い量ですね。どこに……。」
「例の山脈です。どうもあそこは火山らしくてですね。魔物倒しながら周辺探索しているとゴロゴロと出てきたんですよ。」
「ゴロゴロですか……。」
「いえザクザクかも知れませんね。」
「ザクザクですか……。」
「んーワラワラかも知れませんね。」
「ワラワラですか……。」
気まずさの中でとにかく大量の原材料が採れる場所があったのは理解できた。
王国のガラスの原材料の産地はセネドラが9割を占めており近年では枯渇の示唆もされ始めてきている。
輸入路も開拓が進み始めていると聞く。
新たな産地発掘はそれだけで大ニュースであり職人の中には産地に根付こうとする物も少なくない。
「まぁこっから先は商会ギルドの仕事ですね。情報提供ありがとうございます。」
「いえいえ。もし誘致できそうでしたらご連絡下さい。恐らく3ヶ月ほどはここにいると思いますので……。」
その後は金貨3枚で木を買取無事2日で目標額達成、あとはこれらを職人にそれぞれ割り振って販売をかけるだけである。
「意外とあっさり集まったわね。」
「2日で累計240本はあっさりとは言いません。」
しかも驚くべきなのは見渡す限りどこも更地になってもおかしくない量なのに熱帯林は更地になっていないことであろう。
恐らく密度を一定にするかの如く間引く程度に伐採して広範囲から掻き集めきったのだろう。流石王宮魔法師団、国に永続的利益を齎すその姿勢、資源管理の意識が高い。
「では今日以降は支部建設の資材集めだね。これは建築向きの木材リスト、後こっちが小物、デスクやら椅子やらだね。に向いてる木材リスト。」
あとは彼女に全て任せても問題は起きないだろう。
「分かったわ。今後の売買どうしようかしら。急ぎのやつはもうないのだけれど当初予定していたポーションが全く売れてないから何か対策すべきかしら? 」
「魔法陣書いた札でも売れば良いんじゃないか? 」
「それは無理よ。私たちが使う分しか書かないように法律で縛ってあるの。一般人が掻き集めて国家転覆狙われても面倒だからね。」
あれ?でも商会ギルドでは魔法陣の販売も……。
ここで1つ思い当たる節がある。
彼らは魔法の専門家、方や商人は素人である。俺のようなアウスガルド学院卒で魔法陣に知り尽くした商人は希少といえる。
そしてそんな俺でも彼らからすれば素人である。
故に禁止されたのだろう。
俺は商人やる上で必要な法律しか覚えておらず細部までは網羅していない。
「とはいえ誰が描こうと物が一緒なら変わらないけどね。ふむ……別の方法考える必要あるな。」
「その辺は支部建ててからでいいわよ。どうせ居残り組との顔合わせ必要でしょ?」
「居残りというのは護衛の?」
「そ、んで支部団員になるね。私含めて……。」
「売り上げが活動資金になる感じかな?」
「んーその辺は守秘義務あるかな。」
「そう。稼ぎはほどほどでいいんだな?」
「急ぎじゃないってだけよ。王宮魔法師団も何かと入り用なの。」
「善処するよ……。」
ベスティと別れた俺はギルドへ向かうとやはりシャルロットが待っていた。
「おはようシャルロット。今日はこれから職人さんの元へ回ってきます。ついてくる?」
「えぇそうさせていただきますわ。」
ハイネ先輩と共に売却物の仕分け作業を行い大量の木屑はギルドに卸し出発となった。馬車3台に辺境伯令嬢を引き連れての移動は目立ちちらほらと噂話をしている人たちが見受けられる。
一軒目に木を2本、2軒目に残りの25本を売却し仮拠点まで取りに馬車を走らせる。
そして3件目以降へ売り込む、これの繰り返しだ。
時にはギルドへの売却を打診されることもあり簡易的な売却契約書を交わし買取する場合もありそれらはギルド支部へ預けて買取金額分を支部よりいただく流れとなる。
木材全ての売却が終わる頃には日は暮れ宵の帷が降りていた。
「ようやく終わりですか?」
「えぇ後は記帳や書類整理を終えれば帰宅かな。」
「では私はこれにて……明日からはいよい着工ですわね。よろしくお願いしますわ。」
「もう書けたんだね。」
「はい。土台は2日前に書きましたし要望はその時に全て聞き受けていましたので夕方以降こつこつと書き上げておきましたわ。」
「ではまた明日。」
「はい。また明日。」
シャルロットを見送りギルドへ戻ると記帳作業を進めハイネ先輩の分とを合わせて合算していく。
それらの作業を終えるとようやく帰路に着いた。
家に着くとベスティが待っていた。
「やぁベスティ。」
「遅い。またシャルロットご令嬢? 」
「と仕事だね。木材関連の工房は多いからね。」
「ん。これ前言ってた植物? なんか前飲んだスープに入っていたのにも見えるんだけど。」
そう言って渡されたのは縦長で肉肉しい葉っぱと真っ赤な小ぶりの果実だった。
それを見た時に俺は目に見えて動揺し過呼吸気味のまま果実を指で押しつぶした。
中には2つ向かい合う果実のサイズの割に大きな種子、楕円を半分に割ったような断面に一筋の溝、紛れもなくコーヒーノキの果実だった。
「こ、これだ。あったんだ。」
前世と同じような動植物は既に確認済みだ。
鶏、豚、牛、羊、馬などの家畜から手長エビ、鮎、ザリガニなどの水生生物、麦、米、野菜類などの植物まで細かな分類は知らないが同じような動植物はいた。
だからもしかしたら……そんな考えはあった。
「何これ?種に要があるの?」
「明日! これの場所……と思ったけど明日から着工だったな。支部作れたら……教えてくれ。これのあった場所。」
「支部待たなくても教えるわよ。どうせ3日後に食べにいくじゃない。その時教えるわよ。」
そういえばご飯連れて行くと約束していたな。
「分かりましたけど直接見たいです。」
「それもそうね。なんかね。おかしかったわ。怪奇現象疑ったもの。」
「魔法ですか? 」
この世界の怪奇現象なんて大半が魔法で説明がつく。
「いやそんな感じじゃない。とにかく気味が悪かったわ。」
「???王宮魔法師団から見ても気味が悪い?」
何の冗談だろうかと思う。
「じゃあまた明日。」
「あぁまた明日。」
翌日、着工の日が訪れた。
朝早くに馬車10台体制で仮拠点へ向かうと大量の木が浮き上がり始め、瞬く間に空を覆っていった。
「なんだぁあれぇ!!」
「……ひえぇぇ。」
「に、逃げろ。」
大量の木々による圧倒的な威圧感にまさに阿鼻叫喚、それは馬にも広がり大混乱を引き起こしていた。
「ふー、面倒ですね……。」
「よしよし大丈夫大丈夫。クーネルさん馬あやし終わりました。で後ろどうします?」
「どうもできないですね。とりあえず一頭馬切り離して静止させてきます。」
会話しながら切り離しを完了させすぐに後方へ走らせた。
自由を手にした馬は荷車を引く馬を次々に抜き去り最後尾を追い抜かすと余裕を持った位置で大きく嘶かせる。
「馬を宥めて下さい。あれは王宮魔法師団が浮かせてるだけです。我々が運ぶのは彼らの荷物とかなので前進して下さい。」
たった一言で約半数は落ち着きを取り戻し始めた。
まだ半狂乱の馬には近づいて寄り添い直接宥めた。
馬も意図を読み取れたのか横につくなりブルブルと口を振るわせ宥めようとしてるように見える。
馬同士コミュニケーションがあるのだろう。
俺の宥めが効かないやつも馬のおかげで収まり始めた。
ようやく全てを隊列を止めて振り返るとそうこうしているうちに空に浮き上がった木々は整列して門目掛けて列をなしていた。
先頭を引っ張るのはもちろんベスティである。
「ベスティ。街中ではその運び方できないぞ。」
「分かってる門の手前のところまで運ぶだけよ。後クラウド先輩が建築用に土固めて石材作ってくれてるからそれ運んできて! 」
「皆さんに伝えてきます。」
再度馬を走らせて荷車の元へ戻ってきた。
「では行きますか。」
商会ギルド役員は3つに分かれた。
1つは王宮魔法師団の荷物持ち、これは馬車2台で対応。
1つは建築用石材運搬、土を魔法で固めそのまま焼きを入れることでかっちかちの石へと変質させてある。
最後は仮拠点を粉々にした後の土を大量に運ぶ係である。
運び終えると商会ギルドの助っ人をギルドへ帰して残ったメンバーで土台作りから始まった。
魔法でどんどん地面を圧迫させて凹ましていく。
凹んだ側から仮拠点後の土を投入して更に凹ます。
これを10数回繰り返してかっちかちの土台完成である。お次はここを掘って行く必要がある。
本当は掘ってから固めたいのだがそんなことをすれば王宮魔法師団の強力な魔法に空洞が耐えきれない。
そしてこれに関しては掘削に適した魔法は無いため地道に掘って行くしかなかった。
「山に穴開けたりするなら簡単なんだがな。」
カトゥン・フレドラがぼやきながらスコップを振りかぶった。
「フレドラ先輩が爆破させたらせっかく固めた土噴きあがっちゃいますもんね。」
ベスティが軽く笑うが笑い事では無い惨状が軽く脳裏に浮かんだ。
「僕の魔法で空洞作ろうにも大空洞となると流石に圧縮限界に達してそれほどの広さしか確保できないからね。
ある程度掘れたら僕に任せてよ。」
ガーディ・パーディアは頼もしい限りだがそれなりの広さ、覚悟は必要である。
やっと喫茶店のための植物登場……長えよ。
ということで今後もお付き合いいただけると幸いです。
誤字等ありましたらご協力よろしくお願いします。