16話 久しぶりの外傷
翌朝、いつものように王宮魔法師団の仮拠点へ向かうと俺は正座をさせられて魔女4人から尋問を受けていた。
「……さぁ弁明はあるか?」
発起人はフォンナ・ボーティ、用件は先日の昼食の一件である。
「シャルロット辺境伯令嬢から偽装婚約者を演じろとのお達しでお受け致した次第でございます。」
守秘義務はあるが彼らはそもそも大臣護衛の立場でありながら大臣に嫌悪感を抱いている。
大臣が得することは極力避けるだろうから情報漏洩の心配はしていない。
問題は……。
「だから何?」
笑顔で圧をかけてくるベスティだろう。
さっきからこれっぽっちも仕事の話が進まない。
「だからも何もそれだけです。商人にとって貴族様は大口の顧客ですのでここで活動する上でムーティア辺境伯に取り入れられるように引き受けたまででございます。」
他意は無い、無いが一挙手一投足が首の刃物を左右することは理解できた。
「……嘘はないようね。というか貴方私たち貴族を顧客として接してたのかしら? 」
商人ベースで話す他ないだろう。
一個人の感情など問いただされてる場合ノイズでしかない。
「商人としてはそう接するつもりです。」
含みのある言い方しかできない。
「平行線ね。フォンナ、もう解放してあげましょう。これ以上は何も聞き出せないわ。」
パイルに諭され俺は解放された。
解放と同時に肺に流れ込む多量の空気がとても美味しく感じる。
「ありがとうございます。それで続きですけど、これらの種類をこの割合で集めて下さればこちらが割り振って売りつけてきます。」
「分かったわ。とりあえず幾つか切ってきたんだけど見てくれない? 以前修練してた場所の端に置いてるから。」
「いこうか。」
実際に向かうと山のようにと形容するのがアホらしくなるほど積み上がっていた。
修練場所はムーティアからみて仮拠点の更に奥側、つまり豪邸のような仮拠点が壁になって見えなかったのだ。
仮拠点そのものは7メートルくらい高さがあって山積みの原木は5メートルほど、そんな山が3箇所もできていた。
建物6件くらいは余裕で立ってしまうだろう。
「職人曰く枝は全部切り落として加工しやすい丸太にしてくれると助かるとのことです。
最悪こちらでしますけど……。」
「こんな感じかしら?」
説明中に風が吹き荒れ気がつけば一本丸太が完成していた。
「そんな感じですね。」
本来、人が10分とかかけて行う作業を5秒で終わらせるのは異様な光景なのだが驚かなくなった自分に驚く。
慣れてしまえるものなのだな。
「9本ずつ馬車で運びますね。こっちに積んでいって下さい。」
正直彼らが運んだ方が速い。それはそうだが彼らも常に手が空いてる訳ではないし街中を丸太が飛び交い恐怖しない住民は居ないだろう。
変に混乱招かぬように馬車で仕分けて出荷させるべきだ。
しかし3台支部から持ち出して手持ち含めて5台、馬10頭がかりだというのに馬車がまるで足らない。
ともあれ木材全部の金額を試算しなければならない。
こんなにあっても金貨2枚か……富豪や貴族に繋がらないとこうも価格が落ちるものなのかと痛感させられる。
「金貨2枚かぁ……革って凄かったんだなぁ。」
ベスティはこうは漏らすが一晩、おまけに木材だけで金貨2枚分集まってるだけでも充分である。
「木材だとこんなもんだね。さて枝や飛び散った木屑も利用価値あるので買い取ります。一袋銅貨3枚とかだけど。」
原木3本ほどにつき一袋ほどの木屑が生まれていく。
これらは燃料、燻製時のチップ、紙、最近では固めてマットにするなど様々な用途が見込める。
強いて難点があるとしたら値段が安く嵩張るから輸出向けではないことくらいだろう。
「それでは俺はこの辺で……。」
「待って! まだご飯の約束いつか決めてない。私3日後以降の1週間は夜なら空いてるわ。」
呼び止められて少し考える。
「じゃあ5日後でいいか? 場所は俺が予約しておく。」
そう言い残し仮拠点を去る。
商会ギルドに戻るとシャルロット令嬢とハイネ先輩が話し込んでいた。
「朝の打ち合わせ終わりました。シャルロットご令嬢ようこそお越し下さりありがとうございます。」
「おはようございます。今日からは人目のあるところではシャルロットと呼び捨ててくださいませ。
もし難しいようでしたらシャルちゃんで構いませんわ。」
「ではシャルロットと呼ばせていただきます。」
「敬語もお辞めくださいませ。」
「ぜ、善し……頑張りま……頑張る。」
「クーネルさんが珍しく固くなってる……。」
「ハイネ先輩には打ち明けま……打ち明けるよ?」
「えぇ円滑に進むのでしたら構いませんわ。」
「……というわけです。理解しました? 」
「理解はしました。脳がそれを拒もうと一生懸命ですけど。」
まぁそうだよね。昨日昼食から夕方まで姿消したかと思ったら偽装婚約で貴族の彼氏彼女演じることになるって聞かされたらそうなるよね。
「誰かおらんのか!! 」
唐突にエントランスから多目的室まで届く聞き覚えのある大きな声が聞こえた。
慌てて向かうと某大臣がいた。
「エウデア大臣。本日はどのようなご用件でしょうか? 」
受付が別の人の対応に当たっていたため臨時で対応する。
「小僧、お前か……。ウォドラの使用人に一報送ろうと思ってな。最速で何日かかる?」
ウォドラ、海に面した貿易の拠点であり大臣の家系が長く納めてる西の都会である。ちなみにムーティア付近に流れるテハスト運河を下って行けば到着するが船はジャウダイルのせいで簡単に沈没する。
ここからなら陸路で平原まで抜けてから西方の陸路がよく使われる経路である。
当然徒歩で向かおうものなら1ヶ月以上かかる。
馬に跨るのが最適だがムーティアから平原を抜ける道は道路がガタガタのため馬への負荷が半端ではない。
「最低2週間は必要ですね。ムーティアから平原まで時間がかかるのとそこからもかなり距離がありますからね。」
「2週間……わかった。それでいい。幾らだ?」
最速で出すとなるとそれ用に馬と職員を駆り出す必要がある。
「最速だと金貨1枚、時間を気にされないのであれば銅貨1枚で承ります。」
とんでもない金額差だが大半が人件費だ。こればかりは鉄貨1枚たりともまけるわけにはいかない。
「……銅貨1枚だといつになる。」
こればかりは王都からウォドラまでの次の定期便を調べる他ない。
「王都からの定期便に差し込む形になります。調べてきますので少々お待ちください。」
話しながら受付デスクから紐で縛られたファイルを取り出して確認する。
銀貨で馬を走らせたとしてここから3日は最低でもかかるとして合流可能な日数を素早く求める。
今日からなら馬で向かえばちょうど王都に着く頃に鉢合わせられるだろう。
王都からウォドラまでは17日かかるとして20日が最短である。
「銅貨ですと王都までの定期便ですので3日後出発の10日後到着、その後2週間後に王都からの定期便出発で41日後ですね。
馬を走らせて3日後出発予定の定期便と合流すれば20日ですね。
そちらなら銀貨2枚で引き受けますよ。」
「ならそれで頼む。」
「内容物をお預かりいたします。」
「貴様が邪魔をしなければ済んだ出費だ! 」
ドンッと音を立て悪態を吐きながら置かれた銀貨2枚を回収し領収書を発行する。
「こちらが領収書となります。」
「ふん! 」
荒々しいが危害を加えてこないだけ穏当でもある。
こちらは変わらず淡々と受付するだけだ。
「ご利用ありがとうございました。」
一礼するとシャルロットが寄ってきた。
「お勤めご苦労様です。ではお昼にまた……。」
昼の約束などした覚えがないが偽装目的の大臣の目の前で断ることもできない。
なるほど偽装でも既成事実とはこうして作れるものなのだなと勉強になる。
「あぁ。また。」
短く簡素に答えて手を振ってシャルロットを見送る。
唖然とするエウデア大臣は完全に置いてけぼりであった。
しばらく喪失感漂わせていた大臣もハイネ先輩と向かう先の軽い打ち合わせをしてる間に退店されておりその際に受付の人が顔を見せにきた。
「先ほどは臨時対応ありがとうございました。別件で手が離せなく。」
「構いませんよ。職員たるもの臨時対応くらいは当たり前ですので……。」
「あの……もしかして噂のクーネルさんですよね??」
受付の女性はここで勘づいて尋ねてきた。
「噂が何かは知りませんがクーネルは私です。」
「やはり! あの私コリネと申します。今度お食事でもいかがでしょうか。」
みんな食事食事食事と食事しかないんかとツッコミたくなるが今回の誘いにはなんとなく擦り寄りたい意思が見てとれる。
「すみません。いろんな方から誘われすぎているのでお断りさせていただきます。」
事実既に3人ほどから誘われてる状況だ。いや1人のあれは誘いかどうかはわからないが約束もこれ以上増えると困るし擦り寄りなどもっとゴメンである。
「クーネルさんはお忙しい方なんです。ご理解願います。」
ハイネ先輩が察して間に入ってくれた。
「そ、そうですよね。あの王宮魔法師団にご指名されてますしね。」
噂もこれだなと察せられる。
「ではこれにて。」
この後は各工房に売り渡しつつ要望を聞き次の販促に繋げる必要がある。
その前に昼時であるが……。
ギルドを出ると外に馬車が停まっていた。
馬車の主はシャルロットである。
「お待たせし……お待たせ。」
いまだに敬語をつけかけてしまう。
「お昼食べに行きましょう。」
「……また辺境伯邸?」
「いえ、どこか大衆食堂に入りましょう。噂程度はかけて貰わないと困りますし。」
「では行きつけがあるのでそこはどう?」
少し固いながらも段々と敬語を省くのにも慣れてきた。
「まぁいいですわね。どちら辺ですか?」
「ここまでお願いします。」
騎手に地図で軽く説明すると行ったことがあるのか理解を示し馬車を進めてくれた。
いつも頼んでいたメニューはもうないので新しく何か頼んでみるのも一興だろう。
2、3分もしないうちに到着しまず自分が降りてからシャルロットをエスコートする。
エスコートし慣れてないせいで所作がどことなくぎこちないがこの際どうでもいい。
「どうぞ。」
椅子を引き座らせ座ったのを確認後自分も隣に腰掛ける。
メニューを広げてどれにするか一瞥し選んだ。
「では私はタウバーニャとパンで。どれにする?私はいつも汁物とパンを頼みます。」
「同じものをお願いしますわ。」
注文も通り軽く話すことになった。
「普段とは違うやつなのでしょうか?」
先にシャルロットが尋ねてきた。
「どうしてそう思った?」
「いえ、いつも頼むものならこれらをいつも食べてますでいいのに汁物とパンと別個で表したのでなんとなく違うのかなと思いましたの。」
当たりだ。
「ここの期間限定メニュー頼んでいたけど期間が終わってね。
汁とパンさえあれば午後の仕事も頑張れるので最低限の栄養摂取感覚で頼んでる。」
「小食ですか?」
「人並みには食べるけど昼は少なめが多いかな。」
これは前世が影響してると思っている。
食う時間を削ってでも仕事をしていた社畜の習慣というのは中々抜けきらないものである。
会話が乗り出した頃、頼んだ物が届き食べ始めた。
タウバーニャは豆ベースのスープである。
ドロっとしたそれを飲み込むと豆の風味と甘味が口一杯に広がった。
独特の豆臭さも相まって甘いのに大人向けな味わいである。
いつも通り素早く食べ終わるとシャルロットは3口目を味わい終えたところだった。
「お早いですわね。」
「ごゆっくりして構わないよ。」
徹底的に教育されたであろう丁寧な食べ方で一口、また一口と少しずつ減っていくのを眺めながら食べ終わるのを見届けると立ち上がり会計を済ませた。
「では私は仕事があるので。」
「はい。頑張って下さいませ。」
「設計図の件お願いします。」
「ふふ。」
「あ、あー設計図は任せるよ。」
「はい。」
シャルロットの満面の笑みは俺には眩しく感じた。
その後は取引ついでに職人と語り今何が売れているかもある程度聞き出せた。
家具だと椅子やタンスが主力であり小物だと皿やスプーンなどの食器類、建材としては常時不足気味といった具合である。
全体的に耐水性のある木材が求められてる感じだった。
この辺で採れる木だとラパチョキやアパキあたりだろう。
今すぐにでも伝える必要性を感じた俺はギルドには寄らずに直接仮拠点へ向かった。
仮拠点の中で出会った王宮魔法師団員のカトゥン・フレドラに尋ねるとベスティは裏の修練場とのことでそこに向かうことにした。
「今ちょうど今日最初の伐採から帰ってきたところだわ。」
「行ってみます。」
「おう。早くしねぇと次の伐採行っちまうぞ。」
そして向かうと絶賛邪魔な枝刈り落とし中であった。
「ベスティ! ラパチョキとアパキを中心に集めて貰っていいですか? 」
「え?? クーネル!? 」
魔法が制御を失い突風が吹き荒れた。
大量の破片が飛び散り頬や腕を擦り傷だらけになる。
「痛え……。」
何年振りの外傷による痛みだろうか。
恐らくリストカット以来であろう痛みに顔が引き攣る。
「ごめん! 大丈夫!? 治癒魔法かけるから動かないで……あ、いやまずは洗わないと……。」
ベスティが詠唱をするとでかい水の塊が現れ落とされる。
地味な重みと痛みを受けた後に治癒魔法をかけられて止血された。
傷はしばらくは治らないだろう。
「ラパチョキとアパキです。こちらの特徴の木を探して下さい。」
特徴を手短に記したメモを手渡した。
絵は葉の形程度であとは全て箇条書きである。
「これ伝えるためだけに??ありがとう。」
伝えるだけというか伝えないと3日では不可能と感じたからだ。
珍しくはないが木の種類は多いため狙わないとこれらの木の採取量も減り売りにくくなる。
明日で集めきる勢いで集めて貰うのが最善と判断したまでだ。
「えぇ。後これ……私が住んでる家です。夜は基本家にいるから何かあったらここにきてくれていいよ。」
ついでに簡単にメモった地図を手渡した。
目標の建物も要所要所に書いてあるため方向音痴でもない限りは辿り着けるだろう。
「わかったわ。後多分2週間は傷塞がらないと思う。ごめんね。」
「いいよ。これくらい。仕事に支障はない。」
要件も終わったため帰ろうとすると身体が急に浮き上がった。
「お詫びとしてはなんだけどギルドまでなら運ぶわ。」
「下ろしてくれ。物のように運ばれても恥ずかしい。大丈夫だ。それよりも木を集めてくれ。」
なぜか不貞腐れるベスティと別れ俺は商会ギルドへ向かった。
毎日投稿したいけど無理ぃぃw
誤字等ありましたらご協力よろしくお願いします。