15話 貴族間の厄介事
「同行というのはこの後の私の業務に同行ということでしょうか? 」
「えぇ。個人的な興味がありまして……お邪魔でしょうか? 」
この後行うのは選別、革の手入れ、販売である。
見学程度なら支障はないだろう。
「午前の見学なら構いませんがひとまず商会ギルドの支部へ話通してくるので商会ギルドのメインホールに集合ってことでよろしいでしょうか? 」
「よろしいですわ。」
そもそもそこまでエスコートするだけの実力も身分も足りてなさすぎる。
なので現地集合をお願いする他ない。
幸い親族が王宮魔法師団にいるうえ辺境伯相手だと王宮魔法師団は誰か1人つけざるを得ないだろう。
商会ギルドまで馬車走らせ帰るとハイネ先輩が入り口に待機しておりハードな革を中心的に回収して作業場へと運んでいく。
その間に俺は受付へと向かい急いでムーティア辺境伯令嬢が自身の作業工程の見学に来られる内容と許諾を取りに行く。
そうこうしているうちにご本人の到着である。
「シャルロットご令嬢、こちらでございます。」
「お出迎え感謝致します。」
支部長も挨拶に顔を出しており軽い自己紹介の後、作業工程の見学が始まった。納入先の書かれた箱が複数用意されており加工しては納入を何度も繰り返し午後になる頃には作業がひと段落ついて納品のために積み込み作業へと移った。
「……後は前日までに取引済みの所へこの革を届けてお金を受け取り帳簿作業となります。」
「そう、でしたらこの後お食事も含めてご招待させてくださいませんこと?」
「構いませんがそれは私1人でしょうか?」
「ええ。」
反応に困る。
普段はパッと食事済ませて手分けして納入し帳簿やって日暮れギリギリになるからだ。
貴族からの食事の招待など絶対内容的にすぐには終わらないだろう。
嫌な予感しかしない。
「えぇ是非彼を連れていってください。彼の作業はこちらで代わりを用意させていただきます。」
支部長の一言で俺は逃げられなくなった。
「お、お受け……いたします。」
観念する他ない。
「ハイネ先輩……そういうことなのでこちらを最優先でついでに今後の革は入荷し次第販売をかける方式へ変更することをお伝え下さい。それと……。」
仕事の引き継ぎのためあれこれ伝え終わるとシャルロットが乗ってきた馬車に乗ることになった。
「失礼致します。」
「えぇ。よろしくお願いしますわ。」
「ご用件は? 」
仕事中、特に興味無さげな様子の後に食事誘うあたり何かあると察した俺は馬車が閉まると同時に尋ねた。
「あら? 察してらしたのね。」
「えぇ。まぁ興味無さそうでしたので……。」
「そう……これから我が家へ向かいます。それでですね……あの……お恥ずかしい限りなんですけども……話合わせていただけませんか? 」
「話とは何の話でしょうか? 」
「……こ、婚約です。」
思考がフリーズした。
こん、やく??
「ふー、何の冗談ですか? 」
飲み込まず聞き返す。
「それはついたら分かるとございます。」
笑顔で誤魔化されたがそうはいかない。
「話を合わせるにも情報不足です。仕事から引き抜いておいてこれは不当です。もし具体的に教えてくださらないのであればお断りさせて頂きます。」
商人相手で駆け引きできるわけもなく洗いざらい聞かせてもらった。
「……なるほど。つまり早期婚約を求められて、偽装でもいいから婚約を取り付けないと、生理的に受け付けられない某大臣の第二子息と婚約する話が取りまとまってしまうから某大臣がムーティアを離れるまでの間だけ婚約者として振舞って欲しいと……。」
同じ貴族階級同士の政略婚、頭が痛い話である。
背景に外務大臣の南部の山脈向こうにある国に対しての経済的な取引を持ち掛けると噂されてる事と勘案するとその際に真っ先に拠点となるのはこのムーティアだ。
その令嬢と婚約させることで影響力確保させようとしているのだろう。
出なければ他の大臣の、且つ階級の高い令嬢と政略婚させる方が政治的な影響力を得られるからだ。
それを捨ててでも同階級の、しかも南部の僻地であるムーティアの令嬢と婚約させようとするのは山脈向こうにある国と関係持って利益を得たい狙いが透けてみえる。
恐らくムーティア辺境伯はそのことも察して令嬢自身が好きな婚約者を連れてこれば的な条件を出したに違いない……。
「……となると別れる口実どうするおつもりですか? 私、貴族どころかこの街の民全員を敵に回しかねない行為ですよね? 」
今この町で商売し始めて積み上がり始めた信用失墜の危機である。
商人的に一大事でもあった。
なるべく穏便に別れる必要もある。
「それについて何ですが父上もこちらの味方です。」
連れてこればどころか凌ぐために連れてこいということだったか……。
「直接エウデア大臣と面会する必要がありますね……。」
エウデア大臣の誘いを断り政略婚を阻み……あぁきっと彼の恨みを買うことだろう。
「つきましては「引き受けましょう。」
咄嗟に口が開いていた。
「ありがとうございます。それで早速なんですが本日大臣との昼食でございます。」
心の準備などこの馬車に乗った時点で保証されてなどいなかったのだった。
辺境伯邸でサイズが微妙に合っていないタキシードに着せ替えられ詰め物などで誤魔化し化粧も整えられる。
今からあの大臣と顔を合わせないといけないかと思うと頭が痛い。
入場の際の確認が行われる。
「……ということで腕組みで2人並んで入場後席までエスコートした上でクーネル様がエウデア外務大臣にご挨拶申し上げる流れとなります。」
執事から説明受けるが全力で逃げ出したい気持ちとは裏腹に……。
「承知いたしました。」
どうにもならず従順になる他なかった。
あまり時間もないようで着せ替えられ今の説明後、すぐに食事会場の前である。
「それではよろしくお願いいたします。」
「エスコートさせていただきます。」
手を取りそのまま腕を組む。
今まで見向きもしなかったが彼女はそれなりに胸が豊満なようで腕を組むと上腕が横側に当たってしまい今まで経験したことのない緊張感が走った。
そのまま入ると上座に大臣がその後ろにジェシカ・グラウディアとフォンナ・ボーティが護衛で立っていた。
3人の眉が同時にピクついたのを見てしまい咄嗟に視線をムーティア辺境伯へ逸らす。
そのまま一礼し腕組みを解き、手を下からそっと支えるように持ち席へエスコートしていく。
彼女の席は当然辺境伯の隣、俺はというと大臣の隣であるすごく気不味い。
「ムーティア辺境伯、彼は? 」
「ははは、娘が自身の結婚相手見つけてきたようでして……すみませんね。」
「いやしかし彼は……。」
「商会ギルドムーティア支部所属、クーネル・ボスティマフティアでございます。
このような場にお誘い頂き感謝致します。
かねてより挨拶の機会をと思っておりましたがこの場をお借りしてご挨拶に伺った次第でございます。」
何も嘘は言っていない。
商人であるなら商売を行う場所の統治者とは接点を持ちたいものである。
ましてや貴族は大口の顧客になり得る。
挨拶はその接点の入り口だ。
自身の存在を認知してもらう絶好の機会と言える。
婚約者のフリをする。これさえなければ……。
「エウデア大臣には申し訳ないのですが娘が彼と婚約したいと言い出しましてね。」
「そうですの。彼はとても聡明で優しく優秀でしてあって数日ですけど意気投合しましたわ。子を孕むなら彼くらいの実績のある人がいいですわ。」
「そ、そう……ですか……。いやお嬢様が望まれてるのなら私は構いませぬ。お二人とも末永くお過ごしください。」
「ありがとうございます。」
お淑やかさ全面的に出していたシャルロットからは想像つかない食い気味の熱量に驚かされてありがとうございますとしかいえなかった。
現にエウデア大臣もタジタジである。
まぁこっちは目論見外れなところが大きいだろう。
その後の食事の味は覚えていない。
そこら辺にいくつもあるような大衆食堂で栄養をただ喉に流し込むだけの俺からしたら別世界の味であるはずなのに彼女の言葉が頭を過り味など無味に等しかった。
その後はエウデア大臣の見送り後ムーティア辺境伯やシャルロット令嬢との会話を挟んだ。
「本日はありがとう。これから数日は娘が君のところに顔出しに来るだろうが仲良く接してやってくれ。変な噂が大臣の耳に触れれば意味がないからな。」
逆の噂に苦しめられそうだがそこの火消しはこの人たちに任せる他ない。
「貴方がよろしければ私はこのまま婚約してもよろしいですわ。」
貴族からの唐突のプロポーズ、本来なら喜ばしいことだがここは南の僻地、将来の親孝行を考えたら頷きにくさはどうしてもある。
「自分程度の人間はシャルロットご令嬢にはとても釣り合いません。
自身の価値はそこまで高くございません。
是非良い殿方をお見つけ下さい。」
自身の価値、あぁこの言葉は前世の俺を蝕んだ毒そのものだったな。
「そう、ですか……。ではエウデア大臣がこの街を離れるまでの3日間、よろしくお願いしますわね。」
3日後に山脈向こうの隣国に旅立つのか。
「承知いたしました。」
それから今後の立ち振る舞いの説明や挨拶回り、着替え諸々終わらせると夕方になっていた。
急いで商会ギルドへ戻るとベスティがハイネ先輩と話し込んでいた。
「遅くなりました。」
既に夕方であり昼食とは一体といった感じで申し訳なさすら感じる。
「あ、サボりだ。」
ベスティの第一声がこれである相当迷惑かけたことが窺い知れる。
「クーネルさん今まで何されてたんですか?」
「貴族に囲まれ食事会です。」
面倒事でもあり察して欲しいこともある。
「……で今は今後の収支について話し合ってました。
目標金額集まってとりあえずひと段落ですけど明らかに革の需要が下がってます。
在庫処分したらそれほどの量を必要としないでしょうね。
クーネルさん今後どうされますか?」
「ファーファーラットの毛皮の追加は本部に頼みましたけどそれ以外の革は他の街への輸出へ方向性を変えてよろしいかと。」
別にこの街だけが需要ではない。
魔角鹿はともかくとして蛇、鰐、魚あたりの革は向こうでは珍しい。
特にジャウダイルなどの強いやつはそもそも狩れる人材が稀だ。
「となると換金速度が落ちますね。」
「追加資金って機材ですよね?必要金額はどれくらいですか? 」
「そうね。……金貨5枚は最低いるかしら。最低限の機材は持ち込んでるんだけど支部として欲しい機材がいくらかあるわ。」
「……となると革の輸出はギルドに一任させるべきだろうな。ポーションの売り上げはどれくらい? 」
「ここの人達ポーションに頼ったことないみたいでサーベイスギルドに直接売りつけた以外は全く。現状備蓄行き。」
ある意味輸出と同じ手立てを取らざるを得ないということか。
「かなり限られてますね。」
ハイネ先輩が漏らした言葉に一同唸る他ない。
「金貨5枚の期限は?」
結局いつまでにいくらそれ次第なところはある。
革の需要は王都にいけばここでの生産では供給を満たせないほどあるわけでいつかはお金に変えられる。
「3日以内。」
3日、大臣出立の日と同じだろう。
「……1日あたり金貨1.3枚ちょっとか……いけないことはなさそうですけど……。」
供給が追いついたのなら相場より安く叩き売ればかき集めは可能である。
だがそれでも一般人が高級革製品を買える値段には下がらない。
つまり下げたところで結局製品が売れず加工止まりでは結局工房が損失を喰らってしまう。
工房からすれば他の街に輸出しようにも換金まで時間がかかる上にそれまで耐えられる体力は僻地の工房にはない。
「……革以外の工房が求む物を売買しましょうか。皆さんであれば大量の木材だろうと石材だろうと手に入りますよね?
例え余ったとしても支部の建設へ回せます。」
「なるほど。……確かにそうですね。」
「そういえばこの辺で石材ってどうされてるんだろ?ほとんど木製だけど石材使われてるところもあるよね?魔法??できなくはないけど……。」
商会ギルドに所属している石工の工房は一件、ここを訪ねてみる他わからないだろう。
「となると木材中心になりますね。
箇条書で使い勝手の良い木の見極め方書いて来るので少しお待ち下さい。」
スラスラスラと持ち歩いてるメモ用紙に書き連ねて手渡す。
「こちらが要点です。
向いてる木の種類一覧とこれがその中でも加工向きの木になります。」
「え、太ければ良いってもんじゃないんだ。」
「えぇ木次第なんですけど折れやすい木は建築方面に向きませんし重たい木を小物にすると不便です。
適材適所なんで基本使えない木はないんですけど需要でそれぞれの相場が変わります。
後曲がってる木、枝が多すぎる木は加工には向きにくいです。
向きにくいだけならまだしも枝元の木目が違うため一部職人が選り好みをし買い取らないこともありえます。」
職人には職人の拘りとプライドがありそれらを尊重する必要がある。
こればかりはこちらが譲歩する他ない。
「分かった。今から数人動かして取りにいかせるね。明日職人さん達に同行させてよ。どんな木が良いか直接聞きたいし。」
「それは構いませんがこちらで聞きますよ?」
ベスティが不機嫌そうな顔をする。
「そんなに私といるのが嫌かしら?」
嫌……というかこの3日間はシャルロットが顔見せに来る予定である。
来られると周りからの視線的にまずい。
ここは体裁を保つことを優先するべきだろう。
「……嫌とではないですが昼食の一件で厄介事に巻き込まれているのでできれば3日後以降にお願いしたいです。」
やんわり断ったがつまるところ追加の目標金額集まるまでは無理ということである。
某大臣へ向けた体裁のためとはいえこれだけは譲れなかった。
「……分かったわ。なら任せる。」
「今度飯奢るよ。」
これが俺にできる精一杯である。
「クーネルさん、俺はどこ回りますか? 」
次に言うことを察しているのだろう。
「木材に関する工房は数多いから大変ですね。とはいえムーティア北部に集中していますし東部と西部で分けましょうか。東部の方が少ないのでそのまま東から南部回って行って3件、残り1件は西が担当する感じにしましょうか。」
「承知しました。じゃあ西回ります。」
「いやいつも大変な方回られてるので件数多い西ルートは私が回りますよ。午後以降働けてないから落ち着かないんです。」
こうして王宮魔法師団支部作成は第二フェーズへ移行した。
誤字等ありましたらご協力よろしくお願いします。