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貴族社会②

周囲を見回すと、嵐のような熱気は過ぎ去ったようだ。

今度は先程よりも落ち着いた会話が始まる。

みんなの話に溶け込もうと聞き耳を立てていると、恐る恐るといった調子で一人の令嬢が声を掛けてきた。


「あの…ローゼリンド様…、…お尋ねしてもよろしいでしょうか」

「ええ、どうぞ」


僕がおおらかに頷くと、まだ幼い顔立ちの少女は頬どころか首筋まで一気に火照らせて、視線を彷徨(さまよ)わせる。

どうしたのかと目で問えば、熟れきった林檎になってしまった頬を扇子で隠しながら、ようやく言葉を口にした。


「…ジークヴァルト公子様はお元気でいらっしゃいます?」


なぜ、僕のことを尋ねるだけで、彼女はこんなにも赤くなってしまったのだろう?

もしかして、舞踏会の熱にやられてしまったのだろうか。

倒れないか心配になりながら、僕は彼女の問いかけにわざと視線を落とす。


「兄は今病を患っておりまして…しばらくは邸宅で療養することになっておりますの」

「それは…ローゼリンド様も、さぞご心配でしょう。本当に仲の良いご兄妹ですもの」


同情が寄せられると、ちくり、と針で刺されるような心の痛みを感じて、思わず胸を抑える。

痛みに耐える僕をよそに、話を聞いていた他の令嬢からは、深い溜息が吐き出された。


「ああ、あの儚い月の公子様がご病気だなんて、お側にいってお慰めしたいわ」

「そんな大それたことを仰って、他の方に聞こえたら恐ろしいことよ?」

「分かっておりますわ。だからいつもこうやって、ローゼリンド様の側でしかお話しないんですもの!」


夢見るように語る令嬢の言葉が、僕の脳味噌(のうみそ)を思い切りぶっ叩いてきた。

くらくらする頭を抱えながら、周囲で交わされる話に聞き耳を立てていると、徐々(じょじょ)に分かってきた事があった。


それは、僕を巡って血で血を洗う壮絶な戦いが、水面下で繰り広げられているという事実だ。


───待って待って待って、僕聞いてない…そんな話聞いてない!!


心の中の絶叫をよそに、情報は次々僕の耳に飛び込んできた。

どうやら高位の令嬢が家格が下の令嬢達を牽制(けんせい)しているため、令嬢たちの内輪のみで僕に対する憧れ混じりの夢が語られ。

高位の令嬢たちはお互いに睨み合っているせいで身動きが取れない。

そんな状況が作り上げられているらしい。


「憂いのある麗しい顔に、真面目な態度。時期公爵としての気品のあるお姿が見れないだなんて…胸が張り裂けそうよ、私」

「それだけじゃないわ!あの美貌もさることながら、お若い頃から公爵家の運営の一部も任されておられて、才能もあるとのこと。それに何より…まだ、ご婚約者がいないのよ!」


最後の言葉に、周囲の令嬢たちの瞳が餌を前にした獣みたいに輝いて見えた。

僕の背筋に戦慄(せんりつ)が走る。


───…怖い、待って、怖い!捕って食われる!!


内心の悲鳴をどうにか隠して、僕は引き攣りそうな口元を扇子でそっと隠し、今にも戦いを始めそうな令嬢達へと声を掛ける。


「私、少し熱気でのぼせてしまったようです。みなさま、どうそ楽しんでいらして」


言うが早いか、僕は颯爽とドレスの裾を翻して歩き出した。

目指すは、大公城にある自慢の裏庭だ。

エスメラルダ公国を覆うウィリンデ(緑の精霊)の加護により、公国内は常に緑が芽吹き、花が咲き綻ぶ。

カンディータ公爵家が存続する限り、常春が約束された我が国では、厳冬(げんとう)の足音は遠い他国のものでしかない。

だからこそ、どこの貴族も庭作りには力が入っている。

今すぐ緑に癒されたい僕には、うってつけの場所だった。 

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