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貴族社会①

ヘリオスが僕を迎えに来ると、再び馬車に乗り込むことになった。

向かった先は公城にあるホールだ。

城の中で最も広く、太陽の広間と呼ばれるホールの中は、人の見分けもつかないほどに暗い。

呼び込まれる貴族たちは中に入ると、訝しむようざわめきを広げていった。


騒ぐ人々を無視して、最後に大公閣下とヘリオス、そしてローゼリンドの名が呼ばれる。

その瞬間、一筋の光が尾を引きながら天井へと走り、弾けた。

無数の宝石が詰まった宝箱をひっくり返したかのような、美しい光がホールの中を満たす。


その輝きは、大公家が受け継ぐ、アウレウス(黄金の精霊)の光だ。


降り注ぐ光に感嘆の吐息を漏らした人々が、ホールの中央に立つ僕とヘリオスに気付くと、次々に歓声を上げた。


貴族を驚かせよう。

案外お茶目な大公閣下からの発案は、格式と伝統を重んじる貴族にも受け入れられたらしい。 

大公家が代々受け継ぐアウレウス(黄金の精霊)の光を見て、文句を言える者もいなかったというのもあったのかもしれないが。


人々のざわめきを掻き分けるように弦楽器の音が優美に、鳴り響いた。

今日のファーストダンスは、僕とヘリオスによるワルツだ。

互いに向き合い挨拶を終えた後、目元で優しく笑うヘリオスが、僕を抱き寄せ囁き掛ける。


「よろしく、ローゼ」

「こちらこそ、ヘリオス様」


笑ってみせた僕だが、内心では冷や汗を流していた。

高いヒールに、柔らかい生地が幾重にも重なるドレスでの踊り難さ。

コルセットは容赦なく身体を締め付け、肋骨を軋ませる。

このファーストダンスが一番の山場になるだろう、と予想していたが想像以上だった。

こんな辛い思いをしてたなんて、本当に世の令嬢たちの努力には頭が下がる。


しかし、どんなに辛くても表情はあくまでも優しく、優雅に。

仄かな微笑みを宿した瞳で、見る者を魅了しなければならない。

ヘリオスの上手いリードでドレスの裾を翻せば、ふわりと踊る蝶と薔薇。

輝く銀糸の髪を靡かせると、賞賛の声が上がった。


「なんて優雅なんでしょう…」

「あのドレス、素敵だわ。さすが公爵家ね」


扇子の奥で口々に取り交わされる言葉が、漏れ聞こえてくる。

どうやらファーストダンスは成功だったらしい。


───お、終わった…っ、あとは挨拶だけだ


最後まで気持ちを途切れさせずに頭を下げると、山場は終わりを告げる。

あとは未婚の令嬢や令息たちにとっては出逢いの、親世代の貴族たちにとっては社交の場へと変わっていった。


僕はヘリオスと共に必要な貴族と挨拶を交わし、そのあとは一度分かれて、同性との交遊関係を広げていく。

僕とヘリオスが離れるのを待ってましたとばかりに、令嬢たちは凄まじい勢いで、優雅に迫ってきた。


「ご機嫌よう、みなさま」


格上の者から声を掛けられてから、話さなければならない。

そんな貴族社会の不文律(ふぶんりつ)を守りながりも、喋りたくてうずうずていた令嬢たちは、僕が挨拶をした直後に次々口を開いた。


「今日はまた一段とお美しいわ、ローゼ様っ!星を従える月の女神とでも申しましょうか…」

「ドレスは帝国お抱えの仕立て屋が作ったとお聞きしましたが、まさにローゼ様のためだけに作られたものですわ」

「本当にご婚約おめでとうございます。ローゼ様、いいえ、未来の大公子妃様!」


頬を火照らせ、迫りくる彼女たちの熱気に当てられて、僕は少しばかり体が後ろに反ってしまう。

驚きに瞳を瞬かせてから居住まいを正すと、薄紅色の唇を開いた。


「ありがとう、皆様」


妹の柔らかく甘い声は、綿菓子に似ていると僕は思っていた。

だから、頬張れば甘く、名残り惜しさを残して消えていくお菓子を思い出しながら、イメージを声にする。


瞳に宿す綺羅星の輝きを瞬かせ。

淡い薄紅の柔らかな唇を、早咲きの薔薇の蕾のように瑞々しく開きてみせる。


妹のように微笑むと、令嬢たちの喧騒(けんそう)が一時静まり返り、誰からともなく憧れを含んだ、震えるような吐息が零れ落ちる。

声を掛けるタイミングを見計らっていた令息達は、心臓を押さえて声を失い、頬をさっと染め抜いていた。


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