叱咤
さすが、妹が信頼をおく従女だ。
男の僕をこれ以上ないぐらいの美少女に仕上げてくれている。
鏡の前で立ちながら、僕は思わず感嘆の吐息をこぼした。
「悪い虫がつかないか、心配だな」
「それは、大丈夫ではないでしょうか?なんと言っても本日婚約式を上げたばかりですし」
大粒のサファイアとダイヤモンドの耳飾りを取り上げ、僕の耳を飾り付けていくヴィオレッタから冷静な言葉が帰ってくる。それでも、僕は納得せずに腕を組んだ。
「いや、だって…最近は愛人を囲うのが流行りだそうじゃないか。既婚も未婚も、婚約も関係ないなら、ローゼの美貌に誑かされない男なんて、いないんじゃないか?」
聞く者がいれば、兄馬鹿と言われるであろう。
それでも構わないと思うぐらい、僕は妹を愛しているのだから仕方ない。
あるいは僕のことをナルシスト、と笑うかもしれない。
だが、どんなに外見が似ていても、中身の違いは外に現れるものだ。
僕はローゼリンドの儚く美しい姿の中にある、芯の強さが大好きだった。
それは立ち姿や笑い方という仕草の端々に表され、学ぶ姿勢にも見られていた。
そんな彼女を真似るよう、僕はしっかりと前を見据える。
鏡の中から、綺羅星を宿す彼女の瞳が僕を真っ直ぐ見つめ返してくれるようだった。
「そこは大公子様がローゼリンド様を魅了して下さると、期待いたしましょう」
淡々と告げるヴィオレッタの指によってネックレスが取り付けられられていく。
香水瓶を手して戻ってきたダリアが、その話に加わってきた。
「それより、ジークヴァルト様が舞踏会にご出席されない方がご令嬢にもご令息にとっても大問題ですよ!」
「ああ、一応…そうだね、親交を結びたい相手としては、僕は筆頭に上げられるから」
まだ成長期が来ていない僕は、どうしても男としての自信がない。
それに時期当主とはいえ、植物を育む力が乏しいことが、引け目になっていた。
成長期を迎えると共に能力は成長を見せると言われているが、不安がどうしたって纏わりつくのだ。
それでも、公国に二つしかない公爵家ならば、結婚相手としては垂涎の的であろう。
僕の冷淡な反応に、ダリアは金木犀のパルファムの匂いと一緒に、呆れた声を吹き掛けてくる。
「そうじゃなくてですね、ジークヴァルト様が何と呼ばれているかご存知ないのですか?」
「いや、気にしたことがない…というか、僕は地味だしね」
妹や、年より若く見える父への恋慕とやっかみを含んだ噂や評価は、僕の耳にもよく届く。
だけど、僕自身の噂に関しては積極的に耳に入れようとはしなかった。
ときおり漏れ聞こえる評価も、余り良い意味合いじゃないように思えたからだ。
「これを機会に、ご自身のお噂を聞いて来られるのがよろしいかと」
「そうですよね。そろそろジークヴァルト様にも現実を知ってもらわないと」
ヴィオレッタとダリアが顔を見合わせて、重々しく頷きう。
僕は一人、置き去りにされてしまったような気分だ。
いい加減、自分の社交界での評判と向き合って直していけ、ということだろうか。
鏡の中のローゼリンドが、情けなく眉を垂らしていた。
双子の妹にこんな顔をさせるわけにはいかないけど、今だけは許して欲しかった。
「分かったよ…、…ちゃんと聞いてきて直すから」
「はい、ぜひそうして来て下さい」
晴れやかに笑うダリアの言葉に、とどめを刺されたような気分だ。
今すぐ公爵家に戻って庭木を相手にお喋りしたい。
引きこもりたい。
そんな鬱々とした気分を、どうにか立て直す。
一通り準備が終わると、僕は扉に目を向けた。
今まさに、妹が発見されたという知らせが届くんじゃないかと、期待したのだ。
でも、僕の思いをおいてけぼりにして、時間は進んでいく。
日が陰り、夜が深くなっていくのに比例して、僕の心は鉛を詰められていくように重くなり、昏い海の底に沈み込んでいくようだった。
僕は不安を振り払うように、頭を左右に振るった。
公爵家、しかもウィリンデの家系に手を出す恐ろしさは、#十年前の事件__・__#以来、公国民なら皆知っているはずだ。
───だから、大丈夫だ。妹はきっと生きている
僕は何度となく同じこと言葉を心のなかで唱えながら、ヘリオスに迎えに来てもらえるようにと、先触れを出した。