【第6話:妙な接触】
(´・ω・) みなさま、こんにちは。あるいはこんばんは。
せっかくの祝日をこれで潰しました……どうぞご笑納下さい。
……川沿いに降りていくうちにだんだんと傾斜は急になり、見える流れは勢いを増していく。
そして木々の間に雑草や、本物の藪が増えてファットバイクでの輪行が難しくなってきた。このまま進むと木にぶつかるか藪に突っ込むか谷川に落下しかねない。しかたなくファットバイクを仕舞い、地を踏みしめてゆるゆると傾斜を下る。
ブランカも下りは苦手なのか足取りは慎重だ。俺の後ろをそろそろとついてくる。
「どこまで続くのかなこの下りは……こんなとこで夜を明かすのはちょっと辛いなぁ」
「あうぅん」
周りはすっかり山の中、という感じだ。開けた平地らしいものもない。ちょっとした隙間を探してテントを立てることはできそうだが、あまり気が進まない。
腕時計の気圧計で高度を測る。元世界と同じような環境なら、ざっと4~50mは下っているようである。この世界的には500mほどになるのか? あの湖は高地か山中に位置していたのだろうか。
「お? なんか水音が変わってきたぞ。近くに何かあるかな」
ざばざばと音を立てていた谷川の向こうから、腹に響くような音が聞こえてきた。そして目の前がだんだんと明るくなっていく……。
「こうきたか…」
開けた目の前は、崖だった。
谷川の流れは途切れ、光の粒が次々と宙に投げ出されていく。滝だ。今まで滝を見上げたことはあったが、滝の上から下界を見下ろしたことは一度も無かった。
「絶景だな…」
おっかなびっくりで崖の縁に近付き、滝の落ちる先を眺める。崖はほぼ垂直に切り立ちけっこう落差がある。俺が“原寸”した時よりも高い。轟々と音を立てる滝壺の周囲の木立と比較して軽く俺の倍、4mはありそうだ。下は当然、経年劣化で積み上がった大小様々な岩でガレ場になっている。
頭から落ちたら原寸大の俺でも死にそうだ。タマタマがひゅっとなる。
「さて、これからどっちに進むかなぁ……と、お? あれってもしかして!」
滝壺から川の流れゆく先、森が切れ草地が広がり出す境の辺りに……小さな家がある。その向こうには集落が。この世界に来て初めて見た人里だ。
「やった、やっと人里に着いたぞ! やったぞブランカ」
「ワン!」
「こうしちゃいられない、まずはこの崖を降りなきゃなぁ」
“縮小”している俺にとっては40m相当の断崖だ。どう降りるか辺りを見渡すが、下に降りる道らしきものもなだらかな坂も見当たらない。
「この崖を伝って降りるのか……俺はなんとかなるかもしれないが、ブランカはどうする…?」
ブランカは崖っぷちに立つ俺を不安気に見ている。こいつにこの崖を降りられるのか。
「ブランカ、この崖の下まで行けそうか?」
とてとて、と近付いてきたが崖の下をちらりと覗き込んだ途端にぴゃっと飛び退った。尻尾が総毛立っている。こりゃあ無理だなぁ。
「俺はこの下に行きたいんだ。ブランカが無理なら、おまえだけ飼い主の元に帰るか?」
「くうぅぅん」
恨みがましげな声を出すなよな。こいつ、ホントに俺の話を分かってるっぽい。
人里が見えてはいるがまだまだ距離は離れている。短時間で済ませるならば案外気付かれないかも知れないなぁ。
「わかったよ、連れて行くから。そのかわり少しの間だけ我慢してくれよ」
崖から離れて、かろうじての足場を確保してから言った。
「“原寸”」
ズシン、、、、、と静かな地響きを立てて視界が一気に切り替わった。目を下ろすと、ブランカは顔を見上げて口を半開きにしている。身をかがめて手を差し出しながら言った。
「ブランカ、下に連れてってやるから、ちょっとだけ我慢しとけよ」
胸側に付けていたボディバッグを外して収納し、身を引き気味のブランカをそっと掴み上げ、反対の手で作業服の胸ポケットをくつろげてそっと落とし込む。
「きゃん!」
ポケットに転げたブランカは中で慌てて立ち上がり、両手と顔をすぽりと縁から突きだした。指先で頭をそっと撫でる。
「イイ子にしてたらすぐに終わるから。怖いんだったら中に引っ込んで丸くなってな」
さて、人目につかないうちに崖下りだ。崖の縁からぶら下がり届かない2m強を飛び降りる。下が岩場なのが気に掛かるが、多少転けても大ケガはしないだろう。
「よっし!」
そろりそろりと崖っぷちに近付いて、身をかがめようとしたその時だった。
バシィィィィッ!
鞭を打つような、何かを切り裂くような鋭い音が響いた、と思ったら、、、、、
「う、うおわあああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!??」
ドゴォ、ゴゴゴゴゴゴ……
「きゃうううううううぅぅん!?」
グワラグワラグラワガラガラガラガガガガガ……
「あ痛でででででででででででででで」
滝ごと辺りの崖が崩落して大量の岩石と水飛沫と共に俺は下まで滑り落ちていった……。
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……俺はバカだ。
崖下のガレ場を見て崖自体が崩落しやすいことを察しても良かったのに。
“原寸”した俺の重さがこの世界では超重量物だと意識していたはずだったのに。
一気に掛かった重圧に、断崖付近の脆くなった岩盤は滝ごとあっけなく崩壊した。地滑りだ。切り立った崖は崩れ、後には水滴り大岩の転がるスロープができていた。
「あ痛ててててててて……」
ゴツゴツした岩のスロープを滑り落ちた尻と尾てい骨辺りが超痛い。遅れて落ちてきた岩が次々と直撃した頭やら肩やら上半身が痛い。でも、まともに地面に落下しなくて良かった。足の骨でも折れたらえらいことだった。
「そうだ! ブランカ!? ブランカ?」
「……」
「ブランカ! おい、ブランカ?」
胸ポケットに指を突っ込んではたはたと揺する。
「くぅ、くうううううぅぅ~ん」
よかった、生きてる。ほぼ仰向けに落ちたから俺がブランカを潰さずに済んだ。とっさに手を上げたから胸に岩も当たらなかった。
「おうおう、びっくりしたよなぁ。すまなかった、まさか崖全体が崩れるとは思わなかったんだよ。しっかしまぁ、大層な崩落だったなぁ……って、、、、、」
おいおいおいおいおい! 崖全体が崩れて、深さのあった滝壺全体が埋まっちまってる。
って事は、そこの水は一体どこへ? 決まってる、下流だ! あの森の端の小さな家と、その向こうの人里まで!!
「やばい!」
降りかかっていた小岩を撥ね除けて立ち上がった。滝壺から溢れた水は一旦川から四方にあふれ出ているが、全体的には下流に向かって集まりかけている。
「やばいやばいやばいやばい!!」
俺のせいで人死にが出る! 鉄砲水が家も里も押し流す!
ばっしゃんばっしゃんばっしゃんばっしゃん!
全身から水を飛び散らせて川原と川を踏みつけて全力で走った。
「うおおおおおおおおおおおおお! 間に合えええええええええ!!」
ばっしゃんばっしゃんばっしゃんばっしゃんどっぱんどっぱんどっぱんどっぱん!
約100mほどを重い登山靴で全力で走った。水の塊を追い抜いた!
川はところどころ緩く曲がりくねっているが構わずばしばし腰丈の木々をかき分けて直線で駆ける!
「ひゃううううん! ひゃうううぅぅぅぅん!!」
ええい、ブランカちょっと黙ってろ! 気が散る!
ええい、まだか! あの家はまだか!?
ずばああああっ!
最後の木立を抜けて目の前が開けたと思ったら足下に小さな家が出てきた。
家の向こう、緩やかに下ったところに小規模の集落が見える。木造の、おもちゃのような小さな家々。その周囲に広がる畑。俺が立てた地響きに驚いた人々がてんでにこちらを指さして叫んでいる。
見下ろすと、小さな家の戸口から若い女らしい顔が覗いてあんぐりと口を開けて見上げていた。
「ここは危ない! 皆の方に行け! 逃げろっ!!」
叫んだが女は顔を強張らせて身動き一つできない。
ああっ、言葉が通じてないのか!
(ココ! アブナイ! アッチイク!! ハヤクニゲル!!)
地団駄踏んで身振り手振りで里の方をビシッと指さすと、女は慌てて家から飛び出した! 一目散に里への道を駆け降りていく。
振り返ると、川上から俺の膝丈近くまで盛り上がった水がゆっくりと迫ってくるのが見えた。川はこの家の辺りで里を逸れるように緩やかにカーブしているが、だめだ、この家ごと川岸を越えて里の方に水が溢れそうだ。
なんか、なんか重い物、壁になる物! 俺のモノで一時的にでも壁になる物をっ!?
あっ!!
どすん! と地響きを立てて目の前にベッドが落ちてきた。独り者なのに見栄を張って若い頃に買ったセミダブルだ。俺一人じゃやっと動かすことしかできないくらいには重い。
「くおおおおおおおおお! どっせええええええい!!」
ここぞとばかりの火事場の馬鹿力。ベッドの縁を掴んで水の流れに斜めに当たるように横倒しに立てる。ベッドの裏板に背中を当て、足を里の方に伸ばして衝撃に備えると、それから間もなくどおおおおんっと凄い衝撃が加わった。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
喉も裂けよと吠え声を上げる。
ベッドの周囲に水飛沫が散り上空に虹が架かる。
膝下とはいえ押し寄せる水の力は強く、ベッドごと俺の体を押し倒そうとするが地面にかかとを食い込ませて必死に耐える。ベッドの範囲から逸れた水は里への下り坂を濡らすように薄く広がっていくが鉄砲水はどうやら川に押し戻せたようだ。背中に掛かる重圧がだんだんと失せていくのが分かる、、、、、
「おっ、おっおっおっ!?」
どずうううううん!
必死に押し止めていた濡れ濡れのベッドが勢い余って川に倒れ込む。
背中で押していた俺はそのまま裏返ったベッドの上に身を投げ出した。
「きゃうん! きゃうううううん!」
仰向けになった胸ポケットから混乱したブランカが跳びだしてベッドの裏板の上を駆け回っている。
「うあああああああああっ……やばかったああああああああっ」
俺はひっくり返ったベッドの上で目を瞑り、しばし脱力した。
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……その後、遠くから人々のざわめきが聞こえてきたところでベッドを収納し、川岸に立ち上がって一度後ろ姿を晒してから滝の方に向かって一目散に逃げ出した。そして、滝のそばまで逃げ帰ってから“縮小”して姿を隠す。
後は、鉄砲水で荒れた川を避け、森の中をこっそり大回りして人里よりも下手辺りで川原に出て一泊。次の日に服装を変えて訳知らずの顔をして昨日の人里に向かった。これで突如現れた巨人と旅人風の俺を同一人物と見破る者は居ないだろう。
「あ痛てててて…。全身打撲傷と筋肉痛でボロボロだ」
古いミ●ノの圧縮バットを杖代わりにして歩く俺の足取りは重い。
昨夜、着替えついでに裸で確認してみたが、全身あちこち、特に上半身は青痣だらけ。オマケに頭にはコブと切り傷もついていた。
「あうんわうわうわうあうあうん」
「分かった分かった。昨日は散々振り回して悪かったよ。いいものも食わせてやっただろ? いいかげんに文句を言うのはやめてくれよ」
ブランカも胸ポケットの中で散々揺すられ水を被ってずぶ濡れになり、へとへとのふらふらの状態で休む間もなく俺について森の中を歩いてきたのだ。昨日は●ゅ~るじゃなくうちにあった高級猫缶を出してご機嫌取りをしてやったのに。
「わうん、ぐぅぅ」
「ふう、やれやれ」
とぼとぼと歩くうちに里の入り口が近付いてきた。辺りの草原を見ると、流れ水に押された草は里に向かって倒れかかっているが土地が削られた様子は無い。杭を並べて立てた里の囲いも家々も、鉄砲水の被害は特に無かったようだ。
「※◎◁§@※!?」
門の中から短い槍を持った若い男が出てきた。何か言っている。
「※◎◁§@※ー!」
うむ、わからん。
元世界の神様も言っていた。いわゆるこの世界の『言語基本パック』は無いと。
ある条件が満たされないとそんな便利な設定は使えないのだと教えてくれていた。『鑑定』もそうらしい。
つまり俺はゼロからこの世界の言葉を学び直さなければならないということだ。
「アー、ワタシ、カリバ。アチコチ、アルクヒト、ネ」
身振り手振りで害は無いと伝えようとしたがやっぱり通じない。でもなんで外国の人と話そうとするとカタコトになるのやら。日本人の七不思議だ。
「&⁂♣▷、⊿〒☆!」
男は俺に槍を突きつけて何やら命令している。持ってる物を離せって事かな?
「ん? ん?」
バットと背中のキャンバスバッグを指さして首を傾げる。コレで通じるかな?
ヤリ男が頷いたのでバットとバッグを放り出す。
次いでヤリ男は俺の背後に槍を向けた。後ろに下がってぼやっと立っているブランカの首に抱きつき頬ずりをする。
「ダメ! ダメ! コレ、ブランカ! カシコイ、カワイイ、オトナシイ、ブランカ!」
「あうん」
俺の気も知らずブランカが迷惑そうに顔を逸らす。構わず抱き寄せて頭を撫でる。
「ブランカ、イイコ! カワイイ、ヤサシイ、ワルサシナイヨ」
「®○♥#&¶‡…」
ヤリ男は何やら呆れたような顔をして俺のバッグとバットを取り上げた。槍を振って中へ入れとばかりに促した。
俺とブランカは促されるままに囲いの中に入る。
さて、とりあえずはこの世界の人間との最初の相互接触は成功かな。
(´・ω・) 雪の盛りも過ぎて、今日も穏やかな小雪の舞う日。
一日一日、春に近付いてますねぇ。