【第5話:妙な比率】
(´・ω・) こんにちは、あるいはこんばんは。
今日もご笑納下さい。
……当初考えていた『人里を探す』という目標はなかなか難しいものらしい。
新世界一泊目のあの場所からかなり遠ざかり湖沿いに進んできたが、たぶん湖の反対側まできているのに道らしい道は見つからない。集落も無い。
そうこう考えてファットバイクで走っているうちに、湖から流れ出る川にぶち当たった。見た目川幅20~30mくらい。地球サイズでは2~3mほどで“原寸”すれば走って飛び越えられるくらいだが、わざわざ姿を隠して逃げてきたのにここで姿を現しては元の木阿弥。
「しかたない、ここをキャンプ地とするか」
日は既に中天を越え、合ってるかどうか分からないが時計は14時を表している。
キャンプでの生活リズムは基本早め早め。日のあるうちから次の行動を用意しないと不慮の事態に対応できないからね。
ずっとついてきた白狼も、走りづめで息が切れたらしい。湖水に顔をつけてがっぷがっぷと飲みまくっている。
「おまえもよく走ったな。えらいぞ。何か食うか?」
今朝の●ゅ~るの残りがある。赤色のパックを“原寸”で呼び出して、切った口に鉄むくのナイフを当てて大きく切り開く。
「地球では感じなかったが、このサイズになると結構良い匂いがするもんだな」
なんか美味そうだ。パックの内側に付いていた粘液を指で掬って舐めてみる……お、淡泊で塩っ気が無いけど結構美味い。
「おーーー、マヨか何かで味付ければ人間でも普通に食える味じゃね? お猫様ってこんなにいいもん食わせて貰ってるのか……太るわけだなぁ」
同僚の家に居た三毛はころりと太っていた。俺が持ち込む●ゅ~るに目が無くて、お邪魔するといつも猫なで声でねだっていたっけ。
「おまえも、食い過ぎるとあんなになるかもな。ははは」
パックを出した辺りからしっかりと擦り寄ってきていた白狼が、開いたパックに顔を突っ込んで猛烈にぺろぺろしてる。やり過ぎ注意だ。
「さて、俺もテントを用意して飯の準備だな、と」
水際から少し離れたところに一人用のドーム型テントを設営する。ペグを地面に打つ音に白狼がちらりと顔を上げたが動じること無くまたぺろぺろ。どんだけ気に入ったのかと小一時間問い詰めたい。
そして湖岸から丸石を適当に拾い竈を作る。
考えてみれば昨晩の竈は石じゃ無くて岩で造っちゃったよなぁ。あれってたぶんコロポックル達じゃ動かせないだろうから、あのまま永久に残ってしまうんだろうなぁ。まずかったよなぁ。
藪…森に踏み込み枯れ枝を探す。昨日は全く気付かなかったが、このサイズ感だと結構あちこちに枝が落ちているのが分かる。さほど離れてないところに立ち枯れしている木も見つけた。
「昨日はこのサイズの木も、引っこ抜いてバンバン燃やしてたよなぁ」
何気なく木肌に手を触れ、ぐいっと押してみる。え、、、、、、
ポクンッ、ボコォッ……ミキミキミキミキ~ィ、ズドーーーン!!
「ええええええええええええ!?」
折れた、折れたぁよ! 根っこがボコリと半分くらい土から跳びだして、そのまま耐えきれずに途中からぼっきりと!! どんだけ枯れきってたのこの木!? 方向を誤ったら俺の上に倒れておだぶつじゃん!
「ワン! ワンワンワンワン! ワン!!」
白狼が吠えている。辺りから鳥が羽ばたく音と警戒の声が響いてくる。
慌てて戻ってみると、●ゅ~るのパックから離れて湖水の際まで遠ざかり、こっちを向いて吠えていた。そのまま近寄って呼びかける。
「すまんすまん。薪拾いしてる時にうっかり枯れ木を触って倒しちまった。脅かすつもりは無かったんだよ、ほら、大丈夫だから続き食べな」
ゆっくり手を伸ばして、そっと頭を撫でる。
白狼は「なにやってんのよあんたは?」と言わんばかりのジト眼をして俺を見上げている。ちなみに白狼はメスだった。*の下にタマタマが無かったから。
おっかなびっくり●ゅ~るの元に戻る白狼を追い越して再び森に踏み入る。倒木の元まで戻り、じっくりと観察してみると……この木なんか変だ。
倒木は枝の方はすっかりと乾いて枯れ、倒れた拍子に無数の薪を辺り一面に散らしていたが、折れた幹の割れ目はまだ木目がくっきりと鮮やかで、触ってみるとしっとりとしている。跳び出た根もまだまだ硬さがありしっかりしていて……中心辺りの太い根がぼっきりと折れて白い割れ目を見せていた。第一、根元には新しい若枝が何本か生えている。
「この木って…下の方はまだバリバリ元気だったんじゃ………!!?」
目を疑った。
倒木の根元、俺が立っていた足下に、、、、、くっきりと食い込んだ ブーツの足跡が刻み込まれていたのだ。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇
……夕食も採らず、丸太に腰掛け焚き火を見つめている。
火は良い。温かい、明るい……そして色を変え揺らぐ。火の粉を散らす。赤色の中に闇色を孕む。
ちょうど今の俺の心のように。
神様が俺をこちらに送り出す時に言った。
『……後は、向こうの人に合わせて“手加減”できるようにしておいたから、上手くやってほしいね』
“手加減”だ。
“縮小”でもなく“ 減衰”でもなく“ 手加減”と。
つまり、縮小時の俺の力は 抑えられてはいるが、 この世界の人間と全く同じではないということなのだろう。
さっき、倒木と同じくらいの太さの元気な木に触ってみた。
そっと押せば何も起きなかった。少しずつ…少しずつ力を増して何回か試していくうちに、生木は葉を散らすほど大きく揺れ動いた。揺れが収まってから足を動かすと、ブーツの跡がくっきりと地に刻まれていた。
動揺した俺は、倒木に歩み寄って瓦割りのように力を込めて殴ってみた、、、、、今座っているこの丸太だ。
ごぉんと音を立てて二つに折れた。俺の拳には擦り傷しか付かなかった。
「……元の姿でもバケモノ、小さくなってもバケモノか、ハハッw」
失敗した。大失敗だ。
過去の記憶などに拘らず、自分自身になど拘らず、完全に 真っ新にこの世界の人間として生まれるべきだった。
「『スー●ーマンの苦悩』かよ。子どもの頃●ーパーマンには憧れたけど、いざ自分がそうなると笑えねぇ」
彼は孤独だった。 世界で超人はただ一人。世界に受け入れられたいと切に願い、その力故に 別世界の人として生きていく。
俺は何の拍子にか元世界から弾かれ忘れ去られ、元世界での 存在 意義にしがみついたために新世界ではバケモノとなる……。
「くぅん」
なぜか足下に蹲った白狼がじっとこちらを見上げている。慰めてくれるのか?
「おまえにも名前を付けてやらないとなぁ……。んんーーーーーーーー、 ブランカ、でどうだ?」
「わうん?」
「俺の知ってるお話の中で最も有名なメスの白狼だよ。 純白のおまえにぴったりの名だ」
「わん」
ブランカは顔を伏せ目を閉じた。
「なんだろなぁ……思えば遠くに来…ゲフンゲフン」
あ、やめて! それ以上いけない
◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇
……結局晩メシも食わずテントに引っ込んで寝た。
目が覚めるとなぜかブランカも寝袋の横に寝そべっていた。いつ入り込んだんだコイツ……
「あ~、腹減った。結局何も食わなかったからなあ」
寝袋から這いずり出てテントを抜け出すと、もうすっかりと日が昇っていた。
竈の燃えさしを掻き立てて、丸太から毟り取った木片を放り込むと煙が立ち上り、赤々と火が燃え上がった。
米が食いたい。“縮小”して出したメスティンに無洗米を入れ、計量カップに汲んだ湖水を注いで火に掛ける。おかずはどうしようか……そう言えば、冷蔵庫の中身ってどうなっているんだろう?
思い起こすと冷蔵庫にもいろいろ入っていた。てか、どうしてこんなに精細に冷蔵庫の中身が思い浮かぶ?
冷蔵室の中身どころか冷凍室の奥の奥まで、まるでうちの冷蔵庫が目の前にあるかのように思い浮かぶ。あ、スーパーで買った三日前の総菜がそのままだったわ。野菜の煮物とほうれん草の胡麻和え。茶箪笥の中には魚の缶詰各種が…サンマ缶にするか。
“縮小”と言いかけてふと思った。
この世界のブランカが“原寸”した餌を食べたら腹は満たされていた。
今のサイズの俺が“原寸”した食事を採ったらどうなるのだろう? 腹は満たされるのだろうか? それとも全部食べきっても満たされないのだろうか……?
“原寸”
パックに入った総菜と缶詰が原寸大で出てきた。パックの蓋は簡単に剥ぐことができたが缶詰の蓋が…大きすぎて力があってもめくれない! ちょっと考えて、“縮小”して蓋をめくってから“原寸”した。
総菜は冷えていて匂いはあまりないが、サンマ缶は常温だったので辺りに醤油の香りがぷんと匂い立つ。いつのまにかテントから出てきたブランカが、鼻をスンスンして口から涎を垂らしている。
「うおいチョット待て! 缶に口を突っ込もうとするな! こっちに取り分けるから!」
パックの蓋を皿代わりにして巨大缶の中からサンマを一切れ取り分けてブランカを引き離す。
「ほれ、こっちくえこっち!」
「わうっ」
ぺちょっ、ぺちょっ…ペロペロペロペロはぐっ、はぐっ…
「わうっ♪」
どうやら甘辛味も気に入ったようだ。ペロペロはぐはぐと食べていたと思ったら……味が濃すぎたのか湖に駆けていって、がぶがぶと飲み込んでからまた駆け戻ってくる。
「ごめんな、かなり味濃いよな。ほら、コレといっしょに食えばいいんじゃないか」
炊きあがったメスティンの蓋を取って“原寸”し、ステンレスのボウルに一杯分ホカホカご飯を掬い取ってサンマの汁の上にのっけてやる。米粒一つ一つがまるでアーモンドのようにでかい。汁とご飯をしゃもじで混ぜ、ついでに煮物の大根一切れと胡麻和え一本も取り分けて隣に置いてやる。熱せられた蒲焼きの汁がさらに香り立ち、なんだか甘い匂いだけで腹が膨れてくるようだ。
「さて、俺も食うかな……」
◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇
結論!
どんな仕組みになっているのかは全く分からないが、“縮小”した俺が“原寸”の飯を食うことで食材を大幅に節約できる!
結局、俺とブランカは用意したメシを食い切れずに残してしまった。当たり前である。いくら美味しくても千人前の総菜と味の濃い缶詰千個分といつもの千倍量の白米を一気に食えるはずも無かったのだ。
仕方なく食いかけのものはそのまま収納した。どうやら収納されても冷たい物は冷たいまま、温かいご飯はホカホカのままらしいので、次の食事もまた同じ味を楽しめるはずだ。
“俺の物は俺のモノ”、恐ろしい能力である。
「ふう、満腹満腹。さて、そろそろ出発するかなぁ……今日から川下に向かってみるか」
沸かしたステンレス瓶に“原寸”した茶葉を数片入れたお茶をちびちびと飲みながら考える。
ほどほどに水量のある川だ。下るにつれてさらに大きくなり人里まで注いでいる可能性は十分にある。何よりも川沿いならば水の確保が容易だ。川魚も捕れるかも知れない。
「ブランカ、こっちに行こう。いよいよ湖とお別れだが、大丈夫か?」
「ワン!」
細めたブランカの目が、何となく笑っているように見えた。
「ありがとな……ついてきてくれて」
下る前に革ジャンとジーンズ姿からポケットの多いカーキ色の作業服に着替え、迷彩色のキャップを被る。ステンレス瓶にライターやツールナイフ、エマージェンシーシートなどを納めた黒のボディバッグを身に付け、腰のベルトには鉄むくのシースナイフ。ファットバイクに跨がって準備完了。
「よし、いくぞ!」
「わうん!」
まだ見ぬ人里を目指して、俺達は進み出した。
(´・ω・) コロナが少し落ち着いてきたと思ったら、今度はインフルエンザの知らせが…。
まだみんなマスクしてるのになんでだろう?