【第4話:妙な伝承】
(´・ω・) 今回は短かった。
ご笑納くだされい。
……元世界の神様の理不尽な仕打ちに身悶えているうちに、一対の視線が俺を見ていることに気がついた。
「うるるるるるるぅぅ」
溺死しかけていた白狼がいつの間にか気付いて寝袋の山の上で伏せたまま身を強張らせている。
そりゃそうだ。気付いたら巨大な人間が隣で唸っていたらすわ何事かと思うだろう。可哀想に、すっかり怯えてしまっている。
「お、目が覚めたか。大丈夫か---おっとっと」
「うるるるるるるるるるううう!」
うっかりと手を伸ばしかけたら威嚇された。自分の体と同じくらいでかい手が近付いたら、また湖に投げ込まれるかと思うだろう。
ふむ、どうしたもんか。勝手に逃げてくれてもいいのだが、腰が抜けたのかまだ動ける体調ではないのかもぞもぞとはするが立ち上がりもしない。
「あ、そういえば」
猫好きの同僚の家にお邪魔する時によく持っていったアレが、家にいくつも残ってたはずだ。
赤色の小袋を一つ手に呼び出して、切れ目から口を切って少量絞り出す。
「ほれほれ、怖くない怖くない。これうまいぞ、猫用だけど」
絞り出した●ゅ~るをそっと白狼の顔に近づけてみる。白狼は差し出されたものにギョッとしたような顔をしたが、肉色の粘液が近付くにつれ、鼻をスンスンと鳴らして興味ありげに見つめだした。いけるかな?
「ほーれ、うまいぞ。一口、一口だけ舐めてみな」
猫を虜にする魅惑の粘液に抗いきれずに、白狼の鼻先が怖々と突き出され…ぺろりと一舐め。一瞬目を剥き固まって、その後は身を乗り出して夢中で舐め始めた。瞳は紅いんだな、アルビノかな?
ぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろかふっかふっ、ぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろ…………
途中でむせながらも舐めるのを止めない。さすが日本が誇るペットのおやつベストセラー。あっという間に小袋半分ほどを舐め取ってしまった。小袋とは言え自分の大きさに近いものを半分だから、白狼にとってはどんぶり飯何杯分もの量だったろう。
ぺろぺろぺろぺろ、ぺろぺろ、ぺろ、ぺろ………
舐めるスピードが落ち、満足げにけふっとゲップを一つ。その頃には初めの警戒心はすっかりと失せ、目を細めて膨れた腹を横たえている。すっかりと落ち着いたようだ。これならば次にいけるかな。
「おまえまだびしょ濡れだろ。動くなよ、拭いてやる」
寝袋は防水のカバーが付いているから水を吸わない。白狼の体から染み出た水がカバーを濡らして垂れていた。ジーパンのポケットからティッシュを取りだし、バスタオル代わりに体をそっと拭いてやる。始めは毛を撫でつけるように。嫌がる様子を見せないのでだんだんと揉み上げるように。ティッシュを三回使うとすっかり水気は取れた。しかし揉まれた毛がぼさぼさだ。
「ヘアブラシ、は大きすぎるな。なんかブラシ状で小さい物…アレでできるかな?」
洗面台に置いてある歯間ブラシを思い出して一本取り出した。ブラシ部分を使ってそっと乱れた毛を梳いていく。背中から腰へ、腰から尻尾へ。頭から首回り、手足の毛まで梳いても白狼は嫌がらず、かえって満足げにフンフンと鼻を鳴らす。乱れた毛並みはすっかりと綺麗になった。
「こうしてみると、おまえってホントに狼なんだなぁ。しかもとっても綺麗だ。他の狼たちよりももっと毛が白いし、やっぱりアルビノなのかな」
返事のつもりなのかフンと鼻を鳴らし顔を上げる。その様子は気取った令嬢のように凜としていた。
「おまえすっかり馴染んだなぁ…。残念だわ、せめてサイズが同じだったらもっとわしわしと撫でてやりたいのになぁ…」
そんなどうにもならないことをぼんやりと思っていると、頭の片隅にちかりちかりと閃く言葉があった。
「ん…? “縮小”」
ぱっと視界が切り替わった、というか世界が一気に切り替わった。
「う、うおおおおおおおおおおお!?」
いつのまにかブルーシートと寝袋はそのまま、俺は森の中に居た。いや、俺の視点が一気に下がったのだ。山のようにでかい寝袋の上に白狼が鎮座し、いきなり消えた俺の姿を探してキョロキョロしている。
寝袋カバーの生地を掴みよじよじと這い上がった。俺の重さまでも無くなったのか、登っても寝袋は潰れもしない。俺はとても身軽だった。
「よ、よお…」
寝そべったままの白狼が俺の前に。マジマジと俺の顔を見つめている。元世界の大型犬、狼と同じくらいの大きさだ。狼はしばらく俺の顔を見つめていたが、鼻をクンクンとならした後、おもむろに立ち上がって俺の顔をぺろぺろと舐め始めた。
「おっ、おお? やけにフレンドリーだな。わっと、おいおい」
白狼は執拗に顔を…というか俺の口の周りを舐め続ける。まるで、俺の口元に美味いものが付いているかのように。口元??? あっと声を上げた。
「昨日の味噌ラーメンの味か!?」
昨晩鍋から直食いしたラーメン、俺は鍋に口を付けて汁まで全て飲みきった。鍋は湖の水でざっと洗って収納したが俺の顔はそのままだった。今朝も洗顔する前に起こされたのだ。
「わうっ」
ラーメンの味を全て舐め取ったのか白狼が体を下ろして一声吠えた。俺を見上げて尻尾を振って。
「なんだぁ、ホントに狼というよりただの犬みたいだよなぁ。人懐こいにもほどがあるぞおまえ」
ふうと一息ついて狼の側に座り込む。
神様……俺に教えてないこと多すぎです。もしかしてこれって神の試練ってヤツですか?
脳裏に浮かんだ言葉“縮小”、これは神様が言っていた“手加減”ってやつだろう。
それはそうだ。いきなり標準サイズの10倍の大きさの生き物が出現して、なおかつ生を営もうとしたら、辺りの生き物を全て食い尽くさなければならない。動き回るだけでも大災害だ。俺はこの世界に来てからの行動を思い出した。
木刀を振り回して木々をへし折りかき分け、引っこ抜いて大火事を起こし、湖に何度も何度もルアーを叩き込んだ。あちこち歩き回って足跡を付けまくった。
単純に考えてみよう。
長さが10倍ということは面積では100倍、体積では1000倍。俺の体重が約70kgだから、重量比で言ったらこの世界で70トン相当の超重量物だ。90式戦車よりも重い。そんなものが高みから足を踏み下ろすだけで地面は硬く踏み固められてしまう。
「“手加減”できるようにしてくれてありがとうございます、って言えばいいのか? やっぱり始めっからちゃんと教えてくれれば良かったのに……それと」
この寝袋とブルーシートはどうするんだ?
「“縮小”」
イメージして唱えると、また視界が変わった。
森の木がさらに一段高くなり視界が一気に下がる。いきなり地面に下ろされた白狼が慌てふためいて立ち上がった。俺の尻の下と白狼の足下には、標準サイズになったブルーシートと寝袋が敷かれていた。
「俺のモノにも適応されるのか。まぁそうだよな、着ている物もいっしょに縮んだし。でも、新たに出すのはどうなんだ?」
昨日と同じインスタント麺を出してみる。ドサッ、と音がして目の前に1.5m四方の塊が出現した。白狼は恐れを成してピューッと遠くまで走り去った。大木の影に隠れて恐る恐るこちらを覗いている。
「昨日のまんまか。じゃあ、“縮小”」
俺の手に昨日の片手鍋が出現した。縮小した俺のサイズの雪平鍋が。
どうやら、大きく出すのも小さく出すのも俺の意のままらしい。じゃあ、出した物を大きくするのは…
「“原寸”」
脳裏に浮かんだ言葉を口にすると、ゴン、と巨大な雪平鍋が地に落ちた。
「こうなるのか。まぁ“俺の物は俺のモノ”、俺が自由に使えるのは間違いないってことで」
地面に散らばった物を大小全部拾い上げ収納する。これで、湖の畔に残された俺の痕跡は、巨大な竈と大木の燃えさしだけだろう。
「さて、これからどうするかなぁ。さっきのコロポックルみたいにこの辺りにも人がいそうだし、あまり目立ちたくは無いから、このサイズで移動するしか無いかな」
湖岸に向かって歩き出す。
岸に立って周りを見ると、湖の外周は比較的なだらかで人が通れるくらいには草地が続いている。
「とりあえず、湖沿いに移動して、まともな道が見つかれば人里を探してみるかな」
物置に入れてあったファットバイクを思い出す。あれなら少々の荒れ道でもスムーズに走れるだろう。
“縮小”
声に出さなくても縮小サイズのファットバイクが出現した。ひらりと跨がり湖沿いに走り出す。うん、調子も良いな。
「わうん」
声がしたので止まって振り返ると、白狼がすぐ後ろでこちらをじっと見つめている。
「どした? 朝のコロポックルはおまえの飼い主だったんだろ? 飼い主の元に帰っていいぞ」
「あうん」
?
白狼はまだじっとこちらを見ている。
『白狼が仲間になりたそうにしている。仲間にしますか? Yes. No.』
しばし考えて、呼びかけた。
「おまえすっかり懐いちまったなぁ。じゃあこい。これも何かの縁なんだろうよ」
「わん!」
俺は南に向け、再び走りだした。
……そんな俺達の様子をじっと伺っていた視線にはついぞ気付かずに。
後日、この森の話を他所で聞き、何てこったと頭を抱えることになるとは全く知りもせずに……。
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…………北の深き森の民、ピョンタの族長かく語りき。
先の森の色づく前、獣狂乱し鳥乱れ飛びし日、白く高き頂の麓、獣の山に巨人出現す。
巨人、赤土のごとき肌をし黒き剣を携え、頭に白き雪を戴き、黄金の獣の印を冠す。
獣の山よりしばし、巨人森を睥睨し、大剣振り回し大湖に向け歩み出す。
その歩みの速きこと、その腕の強きこと。
木々を飛び越え、木々を打ち倒し、無数の獣と鳥を追い散らし愚直に大湖に辿り着かん。
巨人、大湖にて石を打ち魚々を追い散らし、木々を倒し大火をもたらす。
その火、森の梢を焦がすほど燃え盛り、白煙もうもうとたなびき森を責め苛む。
夜の更ける頃、巨人、その矛を収め森の闇に沈む。
ピョンタの民に灰狼従え狩りをよくする弓師あり。
巨人隠れし明くる日、夜が白む頃、灰狼の群れ率いて森に入る。
深き森分け入りし弓師、巨人に見えたり。
巨人、青空を切り裂き雲を引き千切りて寝床とし、森の焼き殻を肴に熟眠を貪りたり。
弓師恐れを堪え近寄りたり。
灰狼怯えたりも近寄りたり。
灰狼の中に若き牝狼あり、毛白くして紅き眼持つ異形なり。
牝狼、巨人に惹かれ無心に唇し、巨人無礼に怒りて牝狼を大湖に打ち捨てたり。
弓師、巨人の怒りに心失い一矢放つ。
巨人なお怒りて黒き大剣を打つが弓師辛くも森に逃れたり。
巨人怒髪天を突き、木々を打ち荒れ狂いたり。
大湖の冷水にて白き牝狼命散らしし刻、その想い巨人の怒り解きたり。
巨人、湖水に挑み牝狼の命救い、牝狼、白き乙女に変わりたり。
巨人、白き乙女に心許し、己が身を削りて男の姿を成す。
白き乙女、男に添い遂げ、大湖の畔、深き森に消えたり。
北の深き森の民、灰狼率いし弓師、ピョンタの族長かく語りき…………。
(´・ω・) 2月半ば……お外は真っ白雪景色…